表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストクラウン  作者: 柿の木
間章
98/175

3、冷たくて甘いもの




「…………夜店の通りで売ってた、アイス」


「はいはい」


 何が食べたい、と訊いたら、これだ。

 まだ赤い顔をしたコウは口元まで毛布に埋まって、何故か不安そうな顔をする。

 

「…兄ちゃーん」


「良いから寝てなって。買って来るから」


「うん…」


 初夏と言うには本格的な暑さに、シルトは窓を開ける。

 吹きこんで来た風に、コウがとろとろと目を閉じた。

 慌ただしく過ぎた祭の後。

 誰かさんがやっと目を覚まして、やれやれとウェルトットに帰って来たら。

 コウが、風邪でダウンしていた。

 ガーデニアの大会。

 その人混みで、要らないものを拾って来たらしい。

 無論命に関わるような話ではない。

 数日ベッドに放り込んで、宥めすかして栄養のあるものを食わせればこの通り。

 もう、大丈夫だろう。

 シルトは部屋を出て、店に顔を出した。

 世間様は休日らしく、昼前だと言うのになかなか混んでいる。

 厨房でオーブンを覗き込んでいた親仁が、シルトを振り返った。


「…どうだ?」


「ん? まあ、昨日よりマシなんじゃない? あれこれ食べたいって言い出すくらいには回復してる」


「そうか」


「って訳で買い物行って来るよ」

 

「…戻って来たら、手伝え」


「了解」


 ガーデニアニュースの宣伝効果は絶大だ。

 お陰と言うべきか、以前は地元の酒場だったのが、観光客も楽しめる大衆食堂に転身。

 店主は何も言わないから、良い変化なのかもしれない。

 が、一人で店を回すのは少々厳しそうだ。

 シルトは客層の変わった店内をちらと見渡して、頷く。

 気は進まないが、帰って来たらウェイターの真似事くらいしないと晩飯が危うい。

 香ばしい匂いが漂う厨房の裏から、外に出た。




 兄ちゃん、と呼ばれることに違和感を覚えなくなったのはいつからだろうか。

 

 家族だとか、仲間だとか。

 そういうものに、自分は縁がないと思っていた。

 気付いた時には頼れる相手はどこにもいなくて、まして背中を預けるような友がいるはずもない。

 後ろ暗い客を連れて砂海を歩き、どことも知れぬ路地裏で寝た。

 あの頃命を落とさなかったのは、奇跡に近い。


 砂海孤児


 分類するなら、シルトもコウもそういう名で呼ばれる。

 十数年前まで、それは野良などより遥かに問題視されていた。

 砂海で家族を失ったか。

 或いはその家族に、砂海に捨てられたか。

 どちらにしても生き残った子どもが行くところはなかった。

 まだ腑抜けていなかったユニオンが、総力を挙げて対策を練るまでの月日。

 パン一つ買えるか買えないか程度の金を稼ぐため、どれほどの子どもが砂海に消えただろうか。

 まあ、手っ取り早く「砂海に人を置き去りにするのは殺人に値する」とユニオンが罪を定めたのは評価出来る。

 腹立たしいのは、ユニオンが名を変えた今でも砂海に子どもを捨てる奴がいることだ。

  

 謝ってくれたから

 いいよって、許してあげたんだ


 コウは、文字通りシルトが砂海で拾った。

 フロートから離れたところを一人ふらふらしていた子どもは、事情を問うたシルトに自慢げにそう答えた。

 本物の、馬鹿だ。

 捨てられたのに。

 死ぬところだったのに。

 許してあげた?

 ただその言葉に。

 何故か、救われた気がした。

 

 だから、家族なんて鬱陶しいものは要らなかったけれど、コウが「兄ちゃん」と呼ぶのを認めたのだ。




 まだ賑わいの淡い夜店の通り。

 目がちかちかするようなカラフルな屋台で、アイスが売っていた。

 なるほど。

 子どもが目を引かれそうな店だ。


「へえ、それで白焔さんが。優しいですねぇ」


 シルトが近寄ると店員は驚いたように目を丸くしたが、事情を聞いて安心したようにそう言った。

 アイスを紙のカップに詰めながら、店員は柔らかい声で続ける。

 

「何か意外ですね。大会でも準優勝までされたウェルトットの英雄さんが、弟さんのためにアイス買いに行くなんて」


「そ?」


「いやいや、悪い意味じゃないですよ!?」


 そんなに怯えなくても良いのに。

 店員は「だって白焔さんって」と随分実像とかけ離れたイメージを語りながら、次々カップを袋に入れていく。

 明らかに、注文より多い。


「…孤高の人って感じで。でも、逆に安心しました。普通に友だちもいる、弟さん想いのお兄ちゃんだったんですねぇ」


「友だち」


「大会、お友だちと出られてましたよね? これ、弟さんのお見舞いと準優勝のお祝いも兼ねて、奮発しときました!」


 どうぞ、とぱんぱんになった袋を押しつけられる。

 流石に眉を潜めたシルトに、店員は恥ずかしそうに首を竦めた。


「すみません。その、勝手に嬉しくて。ウェルトットの英雄さんが普通の方で」


「普通の人で嬉しいわけ? 良くわかんないんだけど」

 

 ひんやりとした袋を抱えて、シルトは苦笑する。

 『白焔』として有名になってから、こんなことを言われたのは初めてだ。

 店員は力強く頷く。


「ウェルトットの、英雄って感じがしますから」


「は?」


「謎だらけの孤高の英雄だと、ウェルトットの人っぽくないじゃないですか。ガーデニアなら、クラウンとかいますし合う気もしますけどね」


「………」


「あー、ごめんなさい! 気にしなくていいので、持ってって下さい! 今度はぜひ、弟さんと一緒に食べに来て下さいよ」


「まあ、気が向いたらね」


 軽く礼を言うと、店員はようやく落ち着いたようにほっと息を吐いた。

 



「そんなに買って来たのか」


 砂狼のスープの味を見ながら親仁が言った。

 丁度客足もピーク。

 驚くべきことに、店の外にも行列が出来ていた。


「店員が妙なテンションでおまけしてくれてね」


 厨房の保冷庫に袋を突っ込んで、シルトは「手伝うよ」と店内を見渡す。

 けれど親仁は何故か首を振った。


「いい。まずコウに、食わせてやれ」


「手伝えって言ってなかった?」


「泣いてる」


「はあ?」


 何で?

 親仁は手は離せないと、首だけで早く行けと急かす。

 全く、揃いも揃って振り回してくれる。

 シルトは仕舞ったばかりの袋を引っ張り出して、コウの部屋に入った。

 出かけた時と同じように、コウはベッドで大人しく寝ている。

 毛布が小刻みに揺れているのは、親仁が言った通りコウが泣いているからだ。


「何、何で泣いてるわけ?」

 

 顔を覗き込むと、目を真っ赤にしたコウが「うう」と嗚咽を漏らした。

 額に手をやったが、熱が上がって来たわけではなさそうだ。

 寧ろ、下がっていそうなのに。


「兄ちゃー…ん」


 ぱちりと瞬いた瞳から、ぼろぼろと涙が落ちる。

 

「あいすー…」


「………」


 マジ泣きするほど食べたかったわけ?

 親仁が急かすわけだ。

 けれど妙に笑いが込み上げて来る。


「ちゃんと買って来たって」

 

 取り出したアイスのカップをコウに渡してやる。

 コウはまだしゃくり上げながら、のろのろと身体を起こした。

 

「適当に食べれるだけ食べなよ」


「…うん」


 スプーンで掬ったアイスを、コウはゆっくりと口に運ぶ。

 いつもは何でも掻き込むように食べるくせに。

 瞳に残っていた涙を、コウはスプーンを持った手で拭う。


「泣くほど好きだったっけ? アイスなんて」


「…………うん」


「ふうん」


 さっきまで泣いていたはずのコウは、もう食べ物に夢中だ。

 また少し、熱っぽかった顔がすっきりしたようにも見える。

 冷たいものも、悪くはなかったようだ。

 

「じゃ、店手伝いに行くから。何かあったら呼びなよ」


「うん」


 コウはせっせとスプーンを動かしながら、上の空で答える。

 何だ全く。

 親仁が泣いているとか言うから、それなりに心配したのに。

 まあ、悪化しているよりは良いけれど。

 

「兄ちゃん」


「何?」


 扉に手を伸ばしかけて、シルトは振り返る。

 コウは嫌に満足そうな顔で、「いってらっしゃーい」と呑気に手を振った。


 

 本当に、これだから「弟」ってやつは。

 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ