2、この道を真っ直ぐ
「いえ、ですから、安全のためにお願いしております。ガーデニアご到着時でも構いませんので」
通信相手はやけにドスの効いた声で、『これだから、大手は嫌だわ』と言った。
怒鳴られるより遙かに凄味がある。
『別に難問吹っかけてるわけじゃないでしょ? 何が駄目なのよ』
「…お客様、デザートカンパニーのご利用は初めてでしょう。ご身分を証明出来るものをご提出頂けないと、ご依頼は受諾しかねます」
砂海舐めてるのか。
長く付き合いのある客ならともかく、自己申告「商人」の怪しい新規を連れて歩くなど勘弁だ。
『だから、そういうもんはないって言ってんでしょ? アタシはじいさんの代から旅廻りの商人なの。故郷なんてとっくの昔に捨てちゃったわよ」
「旅廻りって、いつの時代ですか」
つい、突っ込んでしまった。
しかもこのご時世、「故郷を捨てた」?
ふざけてる。
これは、実は巧妙な悪戯通信なのでは。
『あら、アナタ。客の商売、馬鹿にする気?』
「滅相もない。馬鹿にしているのは、お客様の方かと」
『言ってくれるじゃない。もう、いいわ。予定は狂うけど、いつものとこに案内頼むから」
無論、砂海案内というのは客あってこそ。
けれど、客は「客」であって「神様」ではない。
譲れない一線を「まあ、いいか」と曖昧にすることは、互いのためにもあってはならないのだ。
「その方がよろしいかもしれませんね。ご希望に添えなくて、申し訳ありませんでした」
謝罪だけは、嫌味に取られぬよう真摯に口にする。
通信相手は、鼻で笑った。
『アナタ、客に媚売らないのは好感持てるけど、融通効かないのは減点ね。イケメンボイスで特別加算しても、合計十点ってとこかしら。砂海案内人としては赤点よ、赤点』
「…案内人としての評価は、砂海に出て初めてつけられるものかと」
『あら、そう? アタシはそうは思わないけど』
相手はそれだけ言って、通信を切った。
疲れた。
はあ、と息を吐いて固定通信機を置くと、同僚のエイダが申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみませんでした…、カディさん。お休みなのに、対応を代わって頂いてしまって」
「いえ、構いませんよ。あの手の客を相手にするのは、苦手でしょう?」
「…わかってはいるんですけど。すみません。はっきり断わるの、難しくて」
エイダはしゅん、と肩を落とす。
今日は通信担当の彼女は、真面目で頑張りやだが、相手に気を遣い過ぎる気がある。
通信対応で、「あの、でも」と必死になっているのを見かけて、「ああ、変な客に当たったな」とすぐにわかった。
代わったら、想像以上だったが。
「本当に、ありがとうございました。私も早くカディさんみたいになれるように、頑張ります」
彼女は両手でガッツポーズを取って、きらきらした瞳でカディを見上げた。
そのイヤホンのタグには二本線。
立場的には、同じなのだが。
カディは軽く首を振って、「それじゃあ、お疲れ様です」と通信室を後にした。
デザートカンパニーのエース。
そう呼ばれることに、多少の気恥かしさはあっても重責を感じることはなかった。
見上げれば、いつだって頂点の見えない「砂海案内人」。
それでも、認可を受けてから出来るだけの努力をして来た。
もっと、上へ。
もっと、上へ。
そうやって積み重ねて来たものが評価されただけ。
「エース」と呼ばれても、自分は何も変わらない。
そこで、立ち止まったりなどしない。
照らされた砂すら、息を潜めるような静寂。
いつもは誰かしら訓練に使っているが、今日は珍しく人影もない。
訓練砂場。
カディはその中央で、相棒のアックスを握った。
誰もいないのなら、好都合だ。
遠慮なく、鍛錬が出来る。
基本の型から、ゆっくりと。
重さのあるカディの武器は、型を流すだけでかなりの運動量になる。
融通効かないのは、減点。
そうかもしれない。
或いは、あの腹の立つ3rdや野良なら、適度な心配りで減点をされない対応をして見せるのかもしれない。
「………っ」
振り下ろしたアックスが、重い風音を立てた。
ただ、上を目指して来たはずだ。
なのに、気が付くといつまで経っても同じところでもがいているような気がする。
見上げて、そこに彼がいると。
「カディ」
ばっと振り返ると、彼女はその勢いに驚いたように目を丸くした。
栗色の髪が、動きに合わせてさら、と流れる。
「リンレット、さん? どうしたんですか、今日は仕事入っていましたよね?」
カディは袖口で汗を拭った。
アックスを砂に立てると、リンレットはとことこと寄って来た。
綺麗に結われた長い髪。
砂避けのローブを羽織った彼女は、完全に仕事モードだ。
それがね、と困ったように笑う。
「フロート三つ目くらいで、お客さんダウンしちゃって。ガーデニアにとんぼ返りだよ。訊いたらさー、昨日友だちとお酒飲んでたんだって! 信じられる?」
「それは、また。お疲れ様です」
「門で合流した時から、ちょっとお酒臭いって思ってたから、やっぱりって感じだけど。磁気酔いなんだか二日酔いなんだかわかんなくて、結局キャンセル料も取れなかったし」
リンレットは息を吐いて、「苛々しちゃって、ちょっと発散に来たんだけど」と、カディを見上げる。
「カディこそ、今日お休みだよね? 訓練?」
「ええ、まあ」
「真面目だねぇ。ベッドでごろごろしたり、友だちと遊びにいったり、しないの?」
「そういう休みも嫌いではないんですけどね。何だか、落ち着かなくて」
「そっかぁ……、ね、ちょっとだけ、愚痴聞いてもらっても、良い?」
「喜んで」
リンレットは安心したように「ありがと」と礼を言って、砂の上に腰を下ろした。
カディも、その隣に座る。
膝を抱えたリンレットは手を伸ばして、砂に線を引いた。
大きな丸。
いや、猫だ。
「何か、あったんですか?」
まさか客に何かされたのだろうか。
いや、彼女くらい強ければ、そうそう手なんて出せないはずだが。
カディの心配を見透かしたように、彼女は笑って首を振った。
「別に何かされたとかじゃ、ないんだけど。何て言うか、女の子ってだけで、舐められてるなーって」
「はい?」
「お客さん。多少酒臭くたって良いだろ、みたいな? 二日酔いじゃないんですかって訊いたら、大声で『磁気酔いだ』って怒鳴るし。父さんとかカディ相手だったら、絶対そんな風に言わないよねって思ったら、苛々して」
リンレットはせっかく描いた猫を、手で払うようにして消す。
立てた膝に顎を乗せると、じっと乱れた砂を見つめる。
「怒鳴られたから、睨まれたから、キャンセル料取らなかったわけじゃないもん。判断がつかなかっただけだもん」
「…リンレットさん」
「で、すっごく腹が立ったから、顧客情報にきちんと書き加えてやった。今度、デザートカンパニーに依頼して来たら、大変だよ? あの人」
ころっと、良い笑顔。
業界最大手のデザートカンパニーには、それこそ様々な依頼が舞い込む。
一度「要注意」と判断された客は、かなりの確率で依頼を蹴られる羽目になるだろう。
仕方がない。
案内人も、命を賭けて仕事をしているのだ。
「ざまあみろ、ですね」
「でしょ?」
逞しい。
無論、それで吹っ切れたわけではないのだろう。
リンレットは常より覇気のない調子で、笑った。
女の子ってだけで
凪屋の姫が1stに昇格して、砂海案内業における女性の地位というのは随分と向上した。
それ以前にも、何人か女性の1stがいたそうだが、彼女ほど知名度はなかったし目立つような活動もなかった。
いや、1stに上がるような女性たちだ。
カディが知らないだけなのだろう。
「少なくとも」
「え?」
「リンレットさんは、素晴らしい案内人です」
カディは、言い切る。
リンレットがどんな顔をしているのか、見る余裕はなかった。
彼女の指先を、視線で辿る。
「保証します」
もっと、上手く伝えられたら良い。
錯乱や誘導に特化した彼女の砂海案内は「怖いことが少ない」と高く評価され、女性や子ども連れのリピーターが多い。
それが、どれだけ凄いことか。
偉大な父親を持ち、けれど奢ることなく自分を卑下することなく、同じ道を自分の速さで進むことが。
リンレット・クロトログという一人の案内人として、2ndのタグを掲げることが。
どれだけ。
何かを描こうとした指先が、止まった。
伝われば、良い。
きっと自分は。
「貴女みたいな、案内人になりたいですよ」
どんなに迷っても、真っ直ぐ、ただ自分らしくいられたら。
見上げた先に誰がいたって、心が騒ぐことはないだろう。
「…………カディってば」
呼びかけに、はっとした。
耳まで熱くなるのが、わかる。
相当恥ずかしいことを口走った自覚があった。
けれど、反射的に上げた視線の先には、リンレットの笑顔。
ありがと。
すぐ隣にいなければ、聴こえないほどの囁きだった。
「褒め過ぎだよ。カディこそ、うちの自慢の案内人なのに」
「融通効かない、赤点案内人らしいですけど。自分は」
顔の熱を逃がすように誤魔化した。
有難いことに、リンレットは身を乗り出して食いつく。
「え、何それ、そんなこと誰に言われたの!?」
カディが通信の話をすると、彼女は「なんだ」と首を振った。
「お休み返上して鍛錬なんてしちゃうカディが、赤点なわけないよ。まあ、でも、融通効かないって言うのは、当たってるかも?」
「そうですね。あの人なら…、もっと上手くあしらうんでしょうね」
「やだな、カディはカディでしょ。それに、父さんみたいになるのは良いような悪いような」
そっちか。
リンレットは、ぽんと手を打った。
「どっちかって言えば、カディはフィルみたいな案内人目指した方が良いんじゃない?」
「………は?」
「そうだ! ね、これから一緒にお見舞い行こうよ。カディも心配してたじゃん?」
「してません」
「またそう言うー」
リンレットは不満そうに頬を膨らませる。
そんな顔をしたって、うっかり頷いたりはしない。
心配していた?
冗談。
砂に放ったアックスを拾って、カディは立ち上がった。
「融通効かないので。敵を見舞うような真似はしませんよ」
「え、フィルは別に敵じゃないでしょ? 一緒にチームで戦った仲だよ?」
敵ですよ。
いつものことだ。
全く、伝わってない。
哀しいような、有難いような。
首を傾げたリンレットも、釣られて立ち上がる。
「カディってば…、よくわかんないよ」
「そうですか? 見舞いはご一緒しませんが、食堂で一息つくなら御馳走しますよ? どうですか?」
「えっ…、えー」
カディは言うだけ言って、彼女に背を向けて歩き出す。
きっと、彼の見舞いを選ぶのだろうけれど。
弱音を吐くくらいには心を許してくれているのだから、明日はどうなるかわからない。
大丈夫だ。
これから、いくらでも追っていける。
彼女の背中も。
彼の背中も。
「で、どうしますか? リンレットさん」
カディは振り返って、微笑んだ。




