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ロストクラウン  作者: 柿の木
間章
96/175

1、お茶会をするなら




「騙されてない?」


「騙されてるよ!」


「騙されてません」


 リーゼは小さな銀のフォークで、噂のフルーツタルトを崩して、口に運んだ。

 甘酸っぱいフルーツは新鮮で。

 さくさくのタルト生地からは、バターの風味。

 すごく、美味しい。


「えー、ホントに大丈夫? ちゃんとお休み貰えてる?」


「ねー、ホントに心配だよ。ちゃんとお給料貰えてる?」


 アクアとアロアは、うんうんと頷き合う。

 今日は色違いではない双子は、反動なのか、がらりと違う服装だ。

 榛色の髪を編み込んで、ふわりと肩に流したアクアは、レースが可愛らしい清楚なロングスカート。

 同じ色の髪を高く結い上げたアロアは、シンプルなボーダーシャツに動きやすそうなショートパンツ姿だ。

 可愛い双子だとは思っても、あのポートリエ姉妹だとは思わないのだろう。

 証拠に、誰も声をかけて来ない。

 三区にある、隠れ家みたいなカフェ。

 ガーデニアニュースでも紹介されて、天気の良い休日の今日は、とても混んでいるのに。


「どちらもちゃんと貰えてますよ。ちょっとびっくりなくらいに」

 

 リーゼはアイスティーを一口、飲む。

 タルトの甘さが、すうっと流れていく。

 心地良い冷たさ。

 砂海科を卒業した春はとっくに過ぎて、季節はもう夏。

 ついこの間、不安ばかり持ちきれないほど抱えて、ガーデニア行きの列車に飛び乗ったような気がするのに。


「でもね、リーゼちゃん。先輩の看病は時間外労働だよ?」


「そうそう、リーゼちゃん。ご飯作りに行くなんて、以ての外だよ?」


「………」


「「やっぱり、行ってるんだー」」


 きゃあきゃあ、と彼女たちは声を立てて笑った。

 リーゼは「だって」と、つい言い訳をする。


「いつも朝食を頂いていますし、結構な頻度で昼食も奢ってもらってます。それくらいは、して当然ですよ」


 給料だって、出せるかわからないなんて言っておきながら、今のところ月毎、多くはないがある程度まとまったお金を渡してくれる。

 案内人として砂海に赴くなら、いつだって装備はきちんと整えておかなくてはならない。

 必要だろ? と言われたら、「要りません」と突き返す訳にもいかなかった。


「絆されてない?」


「絆されてるよ!」


「…今放っておいたら、フィルさん、ご飯も食べずに寝てそうなんですもん」


 世話を焼きたくて押しかけているのに、彼は酷く申し訳なさそうで。

 結局強制的に、休暇を言い渡された。

 今日だって、行って良いなら様子を見に行きたいのに。

 アクアとアロアは「ふぅん」と訳知り顔で、少し身を乗り出す。


「確かに優しそうだし、顔も悪くはないけど。3rdだよね? あの人」


「リーゼちゃんくらい可愛かったら、もう少し上のレベルも狙えるよね?」


「…何の話ですか、何の」


「「将来性がなー」」


 失礼な。

 リーゼはタルトを大きめに崩して、頬張る。

 3rdでも、十年『タグ付き』をしているのだ。

 しかも一人であの案内所の看板を守って来たのだから、将来性なんて保証されているようなもので。

 あれ? 将来性?


「リーゼちゃん、顔真っ赤!」


「そんなに? そんなに?」


「違いますっ! そうじゃなくて」


 そうじゃなくて、何だろう。

 リーゼは慌ててアイスティーを飲んで、息を吐く。


「そうじゃなくて、もうちゃんと案内人をしてるんですから、将来性とか、おかしいと」


「甘いよ、リーゼちゃん」


「甘い、甘い」


 双子は同じタイミングで、タルトの最後の一口を頬張った。

 

「将来性があるって言うのは、デザートカンパニーのカディさんみたいな人のことを言うの!」


「そうそう、格好良くって実力もあって、GDU変えちゃいそうな人のことを言うの!」


「アクアさんとアロアさんは、カディさんみたいな人が好みなんですか?」


 リーゼが首を傾げると、二人はフォークを咥えたまま唸った。

 そして、好みとは違うけどー、と失礼なことを口にする。

 

「結婚するなら、カディさんかな」


「恋人にするなら、あの人。ほら、リーゼちゃんと同じチームだった、銀髪の人の方が楽しそう」


 何やら、難しい。

 リーゼはアイスティーのグラスで、指先を冷やす。

 二人は更に考え込みながら、続ける。


「だってさ、私たち案内人じゃない? だから、そういうのって慎重になんないと」


「そうそう。恋愛と結婚って、やっぱり違うじゃない?」


「そ、そうですか?」


 恋愛の延長線上に、「結婚」があるのでは?

 残念ながら経験のないリーゼは、首を傾げる。

 二人の言い分も、全くわからないとは言わない。

 けれど。

 

 好きになった方に想いを告げて、いずれ。


 王子殿下の言葉が、ふと過った。

 そう、リーゼにはそちらの方が、納得が行く。


「…そう言えば、殿下と姫ってあれから」


「あー、イリアさんたち?」


「うー、何もなかったみたいだよ?」


 興味本位の問いかけに、姉妹は「ねえ」と互いに不満そうに頷いた。

 殿下がガーデニアにいたのは、彼が目を覚ますまで。

 大会も終わって、すでに四日が経っていた。

 殿下は毎日のように時間を作っては、昏々と眠る彼を見舞いに来てくれた。

 彼が目を覚まして容体が落ち着くと、切々と後遺症の説明や注意点を教え込んであっという間に首都に帰ってしまった。

 彼のため、本当にぎりぎりまで、滞在を延ばしていたのだろう。

 そうか。

 進展を訊くのは、失礼極まりなかったかもしれない。


「でも、私、殿下とイリアさん…、上手くいかないじゃないかって思ってるんだ」


「うん、私も。上手くいってほしいけどね」


「そう、なんですか?」


 確かに、フィリランセスの第七王子とガーデニアの案内人。

 大変なことは多いかもしれないけれど。

 双子は少し声を抑えた。

 あのね、と言い出して、途端に泣きそうな顔になる。


「イリアさん、砂海で恋人亡くしてるんだって」


「恋人じゃないよ。確か、片想いだったんだよ」


「そうだっけ」


「そうだよ」


「……」


 結構前に、少しだけ話してくれたんだよ。

 姉妹はそう、瞳を伏せた。

 氷の溶けたグラス。

 アイスティーの色が、薄まる。


「だから、もう恋はしませんって言ってた。おかしいよね? でも」


「たぶん、本気だと思うんだ。だから、なんだかんだ言って、きっと殿下から逃げちゃうよ」


 それは。

 ガーデニアの誰もが認める、1st。

 あの強くて綺麗な人が、口にしたとは思えない言葉だ。

 だからだろうか。

 酷く、哀しい。


 本気になってしまったんですよね?

 じゃあ、仕方ない。

 

 殿下を後押しした彼の言葉が、また胸を痛くする。

 案内人の恋は、命懸け。

 明日、相手が、自分が。

 砂海で命を落とすかもしれないから。

 

「…言うべきです、か」

 

「えっ、なになに、リーゼちゃん! 告白するの?」


「えっ、ほんとに、リーゼちゃん! 言っちゃうの?」


「もう、何でそうなるんですかっ!」


 ころっと表情を変えた姉妹に、リーゼは溜息を吐いた。

 そういう話が好きなのは、わかるけれど。

 標的が自分だと、とても疲れる。

 二人は、にやにやしながら「言っちゃえば良いのにー」と無責任に言った。

 

「男なんて、砂狼みたいなもんだよ。可愛い子が押したら一発だよ!」


「そうそう、どんなに鈍感そうでも本性は砂狼だよ。押しちゃえ、押しちゃえ」


 凄い言い草。

 想像しかけた脳を、リーゼは強く首を振って止める。

 とんでもない。

 彼はまだ後遺症で大変なのに、無理に決まってる。


「て、そこじゃないですっ!」

 

 自分で突っ込んだ。

 彼は、師匠だ。

 これ以上どうこうなろうなんて、まだ、考えてはいけない。

 こちらの気も知らずに、アクアとアロアは「想像しちゃった?」と楽しそうにころころ笑う。

 リーゼはふいっとそっぽを向いた。


「…今度、良いお店見つけても、誘ってあげません」


「えーッ!? うそうそ、冗談だよ。リーゼちゃん」


「そうそう、怒んないでよ! ねー、ごめんってば」


 ささやかな意趣返しは、意外と効果があったようだ。

 二人は半分本気で謝り倒すと、リーゼの機嫌を取るように話題を変える。


「そうだ! ね、三区(ここ)、良い洋服屋さんあるんだよ。行かない?」


「そうだよ! 砂海にも着て行けるきちんとしてて、でも可愛い服も置いてるんだよ? 行こうよ!」


「え」


 それは、少し興味がある。

 仕方がないとは言え、仕事の時は大体砂海科の制服のままだ。

 あの制服は、一応卒業後も使えるようにと縫合してあって、不便はないが。

 如何せん、「いつも同じ服」感が半端ではない。

 ちゃんと洗って、着回してるんです。

 そう彼に言っておきたいが、特に何も言わない相手に敢えて断わるのもどうかと躊躇っていた。


「ね、行こ、リーゼちゃん」


「行こ、行こ」


 二人は、残っていたアイスティーを一気に飲み干して立ち上がる。

 そして、鏡映しの愛らしい顔で微笑む。


「「彼が思わずどきっとしちゃう服、見立ててあげる」」


「……だから、いい加減、その話題から離れません?」



 ねえ、フィルさん。

 ちょっとだけ、ティントさんに振り回される貴方の気持ちが、わかったような気がします。









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