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ロストクラウン  作者: 柿の木
間章
95/175

0、休日




「言っておくけどね、僕、あんたのこと父親だと思ったこと、ないから」


 ああ、腹が立つ。

 折角良いデータが取れたのに、テンションだだ下がりだ。

 取り次がなくて良いと言っているのに、血縁があるというだけで律儀に回って来る通信。

 ティントは、溶管の中の叡力を睨んだ。

 透き通った紫。

 きちんと調整が済んだら、やはり彼に試し撃ちを頼もう。

 

「は? まだそんなこと言ってんの。やるわけないじゃん。あんたの面目? まだ潰れてない面目があったんだ。そりゃびっくり」


 回線の向こう、つらつらと嫌味を重ねる男。

 父親?

 こいつの血が自分に流れているとは、到底思えない。

 データをノートに書き取りながら、舌打ちする。

 実験に付き合ってくれていた美人の編集担当さんが、態度の悪さを窘めるように首を振った。

 ごめんねー、でも仕方ないじゃん?

 

「僕もあの子も、あんたの『物』じゃないんだよ。思い通りになるなんて、恥ずかしい勘違いも程々にしといたら?」


 切ろうとした通信に、アイツお決まりの台詞が入った。

 お前もリーゼも、あんな野蛮な人間と付き合うから。

 そう言われて、黙っていられるはずもない。

 母が死んだ時、一緒に泣いてくれたのはフィルだった。

 帰って来ない誰かさんに代わって、研究者になりたいという夢を後押ししてくれたのは、彼の師匠。

 

「彼を侮辱するのは、許さない」


 ねえ、わかってんの?

 あんたの「優秀な息子」を、誰が支えてくれたのか。

 少なくとも、押しつけるように金だけ出して『親』を気取るあんたじゃない。 


「…同じことを、あの子に言わないようにね。一緒に寝るくらい懐いてるし、僕以上に怒るかもよ。関係が修復不可能になったら、困るでしょ? じゃ、もうこっちに通信入れたりしないで。あんたに関わんの、時間の無駄」


 何か言いかけるのを無視して、思いっきり通信を切る。

 すっきりしない胸の内を見透かすように、編集担当さんが眉を寄せた。

 あの論文に知的好奇心を刺激されたと言う彼女は、こうしてせっせと実験に参加しに来る。

 今日は一応休日なのに、熱心だなー。


「中断しちゃったねー。じゃ、もっかい抵抗数値計測しよっかー」


「構いませんけど。え、寝ちゃったんですか?」


「ん?」

 

「寝ちゃったんですか? 妹さんとご友人」


 ティントは、うん、と頷く。

 ようやく彼が退院したその日、時間を見つけて案内所に駆けつけたら。

 二人仲良く、背中合わせで寝ていた。

 後遺症のあるフィルもそうだが、彼の容体が安定するまで殆ど眠れていなかったリーゼも、限界だったのだろう。

 まあ、気持ち良さそうに、ぐっすりだ。


「二人とも猫みたいに寝ててさー、ちょっと笑えたよー。起こすの可哀想で、毛布かけて冷めたコーヒー飲んでたら、目覚ましたけど」


「………ディナルさん」


「なにー?」


 彼女は「いえ」と、何故か諦めたような表情で首を振った。

 叡力を溶管の中で揺らして、実験装置に固定する。

 かちん、と心地良い音。

 

「恐らく数日内にご友人か妹さんに激怒されますね」


「へ? 何で?」


「ご自分で考えたらどうです? あーあ、ディナルさんみたいな友だちがいなくて、本当に良かった」

 

 ちら、と冷たい流し目をくれる彼女は、あの論文の一件以来、何か容赦がない。

 ティントは実験室の遮光カーテンを丁寧に引いて、装置の電源を入れた。

 微かな稼働音。

 落ち着く。


「僕もフィーくん一人で間に合ってるしなー。ごめんね、お友だちになれなくて」


「いいえ。お友だちになれなくて、嬉しいです」


 混ざり合った叡力が、分離する。

 赤みを帯びる紫。

 やはり、純粋な圧縮エネルギーの方が強い。

 

「ご友人とは、どう知り合ったんですか?」


 二つの叡力、それぞれの抵抗数値を記録しながら、彼女がふと訊いた。


「え、なになに、気になるのー?」


「ええ、哀れなご友人がどう捕縛されたのか、興味ありますね」


 捕縛は、してないけど。

 ティントは笑う。


「フィーくんはさー、ホント、昔からあんな感じだったよ」


 ティントは装置のスイッチを切り替える。

 分離した叡力が、再び透き通った紫色に戻る。

 うん、順調。 



 今より好き嫌いの激しかった子ども時代。

 飛び抜けた知能を持て余していたティントの理解者は、母だけだった。

 勿論、友だちなんているはずがない。

 通っていた砂海研究機関の末端教室には、それなりの家柄の子どもが集まっていたはずだが。

 当時のティントから見たら、彼らはまだ人間の知性のかけらもない、動物。

 異端者と見れば、集団で排除にかかる低能ぶり。

 いじめという名の人権侵害に、心底うんざりしていた。


「本を盗んだり、ひとを突き飛ばして遊んだり、悪質だよね。窃盗に集団暴行、有罪確定。犯罪者だ」


「それを颯爽と助けてくれたんですか? ご友人が」


「まあね」


 良くある話過ぎて、反吐が出る。

 教室を出ても、執拗に絡んで来る群れ。

 もう面倒で面倒で、子どもだけでは立ち入りを禁じられていた旧区まで、逃げた。

 けれどその日は、妙にしつこい。

 入り組んだ坂道で、持っていた本を引っ張られて抵抗した。

 生意気だと罵った彼らに、体当たりされて、頭を打った。

 痛かった。

 別に小さなこぶが出来ただけだったけれど、多分、一生忘れられない。

 いや、忘れたくない痛みだ。

 そして、そこに現れる、教室では見かけない黒髪の少年。


「親に甘やかされて、図体だけ大きくなったような奴らなんて一蹴だったよ。後で訊いて納得したんだけどさー、フィーくん、お師匠さんに拾われるまでは路上で暮らしてたんだって。そりゃ強いよね」


 連中が人間に進化し切れていない「動物」なら、彼は純粋に「獣」だった。

 小柄な彼が集団を圧倒する様は、当時の捻くれたティントですら、ちょっと凄いと思ったくらいだ。


「それで、仲良くなったんですか。割と、普通ですね」


「えー、感動でしょ。全ガーデニアが涙するでしょ?」

 

 まあ、実際はそこで美しい友情が芽生えたわけではない。

 ティントは装置の電源を切った。

 もう一度、負荷レベルを変えて実験を始める。

 地道だ。


「…助けてなんて言ってない。正義の味方にでもなったつもり?」


「は?」


 怪訝な顔をした彼女に、ティントは吹き出すように笑った。

 あの時のフィルの顔も、多分一生忘れない。


「可愛くないでしょー。でもさ、ホントに、何様って思ったんだよね。いじめられてた可哀想な奴なんて、絶対思われたくなかったし」


「…………」


 お礼言えなんて、言ってない。

 見てんの気分悪いから殴っただけだし。

 でも何それ、腹立つ。


 フィルはそう言って、あの鳶色の瞳を不機嫌そうに細めた。


「言い返されてさー、その通りだと思ったよ。でも謝れなかった。代わりに、殴った」


「はい? 殴った? 仮にも助けてくれた子を?」


「そー。持ってた本の角で、頭を思いっきり」


 がつん、と。

 ティントは手ぶりで再現する。

 流石に、そう出るとは想像出来なかったのだろう。

 彼はあっさり、殴られてくれた。

 痛かっただろう。


「唖然って感じだったよー。でもやられたまま黙ってる子じゃない。しっかり、同じとこを殴り返されたよ。律儀にね」


「………良くそれで、今も付き合いがありますね」


「ホントだよね、僕ら凄くない?」


「主に凄いのは、ご友人です」


 確かに。

 また、装置の電源を落とす。

 もう少し威力を落とさないと、安定しないかも。

 

「しかもさフィーくん、僕を殴ったとこだけ、お師匠さんに見られてたんだよ」


 助けた相手に殴られ、挙句、やり返しただけで師匠に怒られる。

 フィルにしたら、踏んだり蹴ったりだ。

 その後、彼が無駄に暴力を揮ったという濡れ衣は晴れたけれど。

 

「フィーくん、お師匠さんに頭押えつけられて、無理やり謝らせられてさー。あの不本意そうな顔、今思い出しても笑っちゃうよー」


「最悪ですね」


「っていう素晴らしい出逢いでね」


「どこが?」


 素晴らしいでしょ?

 ありきたりで、きらきらもしていない。

 ごく普通の、出逢い。

 僕ららしくて、素晴らしいじゃん。  


「まー、今みたいに危ないほど仲良くなるには、もうちょっとだけ時間がかかったんだけどさー」


「…ディナルさんは、語学を勉強し直した方がいいかと」


「そう? フィーくんにもよく『何語喋ってる?』って言われるよー」


「褒めてませんから」


 ティントはデータをまとめて、計算を始める。

 やはり、まだ実用化は遠そうだ。

 ただ一歩一歩、研究は着実に進めるもの。

 欲を出して焦ると、碌なことにならない。

 

「でもちょっと、羨ましい気もしますけどね」


 彼女は滅多に見せない優しい顔で、微笑んだ。

 ティントは「そうでしょ?」と、強く頷く。

 そうなんだ。

 彼がうっかり死にかけたりしたら、頭真っ白になるくらいには、大切に想ってるんだよ。


「さー、じゃあ、感動の友情物語の後は、反発係数を調べまーす」


「別に感動はしませんでしたよ」


「またまた、泣きそうだったくせに」



 ねえ、僕ら、試しに「友だち」にでもなってみる?

  

 勇気を振り絞った、あの頃の僕。

 彼は「えー」と意地悪く笑って、


 お前、ホントに捻くれてる。

 試しで良いわけ?


 嫌とは、言わなかった。


 





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