23、狂宴の残火
GARDENIA NEWS 1170.5.27
バッシュ・アルカーナ議長 年内にも『リィンレツィア』ルートを視察か
連日お伝えしている、「フィリランセス極地再開発支援政策」に関して、新たな情報が入って来た。
月移りの会議で大々的に政策を発表したアルカーナ議長は、年内にも『リィンレツィア』ルートを視察、具体的な再開発支援計画を立てるとみられる。
この件に関してはガーデニア市議会も協力体制にあることを明らかにしており、非公式ではあるが議長の政策に異を唱えるガーデニア砂海案内組合との摩擦が心配される。
また、アルカーナ議長は「研究者との連携も強化」と発言しているが、ガーデニアの砂海研究機関は早い段階で協力関係を否定。
今後要請があったとしても、政策には賛同しない考えのようだ。
一方、首都の研究機関は我々の取材に、
ふっと肩を揺さぶられて、意識が浮上する。
ああ、またか。
深い沼から、必死にもがき出るような、どうにも慣れない感覚。
意志の力を総動員して、何とか目を開けて。
読み切れなかったガーデニアニュースのページを閉じ、情報端末の電源をやっと落とした。
もう、それだけで疲れる。
椅子の背もたれに寄りかかると、彼女が心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「…すげー眠いだけだから、もう大丈夫だって」
ミルクティー色の髪を揺らして、リーゼは頷いた。
冗談抜きで、死ぬところだったんだよ。
フィーくんはどうしてそう、僕の寿命を縮めたがるのかな?
リーゼには、目を覚ました途端に泣き出され。
見舞いに来たティントには、静かにそう言われた。
無限ループで説教をくらうより、遥かに効く。
フィルの実感としては、死にかけたと言うより「怖いくらい寝た」程度だから、尚更、申し訳ない。
「やっぱり、もう少し入院していた方が、良かったんじゃ」
「どっちにしても、寝てるだけだしな。案内所の方が、楽だって」
「……」
リーゼは瞳を伏せた。
この子には心配ばかりさせている気がして、辛い。
「そんな顔、すんな。リーゼのお陰で、これくらいで済んだんだし。ほんと、ありがとな」
「私は…、私はただ、気付いただけです。解毒薬を作って下さったのは殿下だし、材料を集めて下さったのは、リンレットさんにカディさん、白焔さんです。ルレンさんに凪屋の姫まで手伝って下さって」
「………そーだな。皆のお陰か。ちゃんと、改めて、お礼しないとな」
リーゼにも。
彼女が気付かなかったら、恐らく原因を特定出来ないまま手遅れになっていただろう。
「…穢竜の毒、か」
クラウスを狙った彼が、刃に仕込んでいた毒。
リーゼはフィルの左手に視線を落とす。
「あの人…、結局首都送りになったそうです。今回は白焔さんを狙ってたんじゃ、なかったんですね。どういう人だったんでしょうか」
「………」
そういう仕事を請け負う輩か。
或いは、個人的に何か意図があったのか。
フィルは首を振る。
どちらにしても、首都に送られたのなら向こうで暴かれるだろう。
息を吐くと、リーゼがまた顔を覗き込んだ。
「フィルさん、また眠くなってません?」
「…バレたか。こう、所構わず眠いのも、考えもんだなー…」
命にかかわる毒性は薬で何とかなったが、この眠気だけは抜けるまでしばらくかかるそうだ。
どれだけ寝ても、しばらくすると強烈な睡魔が襲って来る。
お陰で退院はしたが、厳しく自宅療養が言い渡されていた。
「滅多に寝顔とか見れませんから、ちょっとレアな気もしますけど」
「面白いもんでもないし、もう見飽きたろ? 俺も流石に寝んの飽きて来たんだけどな」
リーゼはやっと「そうですね」と笑った。
「眠気覚ましに、何か飲みますか?」
「…うう、頼む」
案内所から部屋に入ると、リーゼは慣れた様子でカップを用意する。
その小さな背をぼんやりと見ながら、フィルはベッドに腰掛けた。
穏やかなとは言い難い、真っ白い光が窓から射し込んでいる。
もう、すっかり夏の様相だ。
ふぅっと、意識が持って行かれそうになる。
ただ、あの時とは違い恐怖は伴わない。
「耐えられなさそうだったら、横になって下さいね? また、頭打ちますよ」
辛うじて返事をして、フィルは大人しくベッドに横になった。
ほっといて、適当に帰って大丈夫だから。
ごめんな。
伝えようとしたが、やはりもう言葉は出て来ない。
「………さん、コーヒー………、もう、寝ちゃい……た?」
彼女の声がして。
隣が、僅かに沈んだ。
指先が、頬にかかった髪を払う感覚。
心配しなくて、いいのに。
とさ、と振動があって、背中に何かが当たった。
そのまま、心地よいあたたかさが伝わってくる。
あれ?
飲まれかけた意識が、首を傾げる。
でも、まあ、もう眠いし。
リーゼが、何かするとも思えない。
疑問は、背中越しの熱に溶けて、消えた。




