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ロストクラウン  作者: 柿の木
第四章
92/175

21、悪夢



「……フィルさん?」


 指先が、冷たい。

 リーゼは彼の手を包んで、温める。

 力の抜けた左手は、微かな反応すら返してくれない。

 どうして?


「これは…」


 シルトが脈を取っていた手を浮かせた。

 倒れ込んだフィルの身体を支えたまま、カディに小さく首を振る。


「あんまり、良くないね」


「わかりました」


 カディは淡々と頷いて、フィルを抱え上げた。

 リーゼの手から滑り落ちた左手が、だらりと垂れる。

 息が、止まるような気がした。

 リーゼは、小さく呻く。


「ほら、しっかり。君の面倒まで見てらんないよ?」

 

 諭すように言って、シルトがリーゼの背を軽く叩いた。

 

『…え、えッ!? だ、大丈夫ですか?』


 状況の変化に、実況のラテが身を乗り出す。

 さっさと歩き出したカディに代わって、シルトが手を挙げて、言った。


「大丈夫じゃなさそうだから、試合終了ってことで」


「え、えーっ! 決勝だよ!?」


「私たち、優勝しちゃうよ!?」


 少し離れて事態を見守っていたポートリエ姉妹が、動揺したように追い縋る。


「だから、決勝とか言ってる場合じゃないんだって。わかんない?」


 躊躇いもなく、シルトは試合を蹴った。

 しんとしていた客席から、批難なのか、どっと声が上がる。


「付き合っていられませんね。行きますよ」


 振り返りもせず、カディがフィルを抱えて舞台を降りた。

 


 

 患者を待ち構えていた救護員が、慌ただしく狭い処置室を行き交う。

 ベッドに寝かされたフィルはぐったりとしていて、リーゼが何度呼びかけても反応がない。

 カディとシルト、そして合流したリンレットも、幾度となく彼の名を呼んだ。

 重なる声が、焦りを帯びる。


「諦めないで、呼びかけて下さい」


 救護員が言った。

 諦めないで?

 そんな、状況?

 リーゼは手を伸ばして、フィルの頬に触れた。

 迷子と戦ったあの時だって、一時間後には平気な顔で起きて来た。 

 大丈夫、きっとすぐ眼を覚ます。

 けれど、そう、どうしても信じられない。

 だって、目の前にいるのは、ただの人間だ。

 この命を救って、夢をくれた、ただの。


「…っ、フィルさんっ! 嫌です、起きて下さい! フィルさんッ!」


「リーゼちゃん…、落ち着いて」


「なんで」


 きっと、全部、悪い夢。

 その証拠に、こんなに実感がない。


 原因が。

 このままだと。

 医療院の方に。


 断片になった言葉が、嫌にはっきりと鼓膜を揺らす。

 険しい顔の救護員がどこかに通信を入れながら、「彼、持病は?」と問う。


「そんなの…、ないよ。フィルは、案内人だよ?」


「…眠い、とは言っていましたね。確か、倒れる前も」


 リンレットの肩を支えて、カディも答えた。

 ここでは、対処し切れないと判断したのだろう。

 救護員が搬送の手配を始める。


「胸が痛いとか、頭が痛いとかは?」


「眠い、としか聞いてないな。試合前、少し顔色が悪かったけど。それより前はどうだったわけ?」


 シルトが、リーゼを気遣ってか、静かに訊いた。

 それより、前。

 リーゼは思い出したように息を吸う。

 斬られた、左手。

 彼を傷付けたのは。


「…毒物の検査、出来ますか?」


 自分でも信じられないほど、冷静な声。

 彼を傷付けたのは、第七王子の暗殺を目論んだ人だ。

 リーゼはもう一度、「毒物の検査です」と繰り返した。


「は、はい。出来ますが」


「お願いします。私、行かなきゃ」


 どこへ、と背にかけられる声を無視して、リーゼは救護室を飛び出そうとして。

 入って来ようとした誰かと、ぶつかる。


「あ」


 尻餅をついたのは、クラウスだった。

 彼は凪屋の姫の手を借りて、慌てて起き上がる。


「フィルさんの、具合は」


「殿下っ!」


 リーゼは、ばっと彼の胸元を掴んだ。

 驚いて目を見開く彼に、詰め寄る。

 眠い、とフィルは言った。

 そして目を覚まさない。


「良かった。今、殿下に会いに行こうと」


 リーゼは震える声を、飲み込む。

 これが、もし悪い夢でも。

 あの人を失って、たまるか。


「お願いします。力を、貸して下さい」


 止まりかけた思考が辿り着いた、あってはならない可能性。

 でも、彼は。

 作れないことはない、そう言っていたはずだ。

 リーゼは深く頭を下げる。

 砂獣研究の第一人者は、リーゼを見つめて、頷いた。






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