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ロストクラウン  作者: 柿の木
第四章
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19、襲撃




 フィルがリーゼの手を引いたのと、扉が開いたのは、ほぼ同時。

 その向こうにいた人物は。


「――あ」


 リーゼが、声を上げる。

 彼女の肩越しに見えた人影は、嫌に姿勢が低い。

 攻撃体勢だ。

 ふわりと、ターバンの尾が翻った。

 音も立てずに振り抜く手には、銀色に光るもの。

 息を飲んだリーゼを引き寄せて、間に割って入った。

 防御に翳した左の掌に、焼けるような痛み。


「フィルさ」


「リーゼ、殿下を。1032にコール」


「は、はいっ!」

 

 背後へと逃したリーゼに指示を飛ばして、ホルダーから引き抜いた叡力銃を間髪入れず撃った。

 彼は力を抜くような動きで、それを躱す。

 この、至近距離で。

 彼の背後、扉の向こうに護衛たちが倒れているのが見えた。

 生きていると良いが。


「…レイさん、だっけ? 随分乱暴な訪問で」


 この時期暑そうな、肌を隠す服。

 そして、見慣れない柄のターバン。

 襲撃者は。

 リーゼが面影を辿った、野良の残党だった。

 ウェルトットの時と違い此度は因果が読めないが、クラウスを狙って来たことは確かだろう。


「………」


 彼は、無言でフィルを見た。

 ゆったりとした服で隠されてはいるが、かなり小柄だ。

 涼しげな目元には、驚くほど敵意がない。

 けれど。

 踏み込んで来る。

 初動が、速い。


「…っ!」


 撃ち放った叡力弾を、また避けられる。

 銀閃を掻い潜って、その足元を払った。

 彼は床に手をついて、ぱっと体勢を整える。

 その手が、撓った。


 刃が飛ぶ。


 息をする間も、ない。

 反射的に剣を抜いて、その銀色を辛うじて叩き落とす。

 同時に、引き金を引いた。

 右足。

 バランスを崩したように見えたのは、一瞬。

 斬りかかって来る。

 受け流した剣が散らす、火花。

 狙いを定めた叡力銃が、手の中で僅かに滑る。

 銃口の先には、やはり静かな瞳。

 殺気も、覇気も感じない。


「そろそろ止めねぇ? 俺もあんまり、後味の悪いことはしたくないんだけど」


「………」


 沈黙、か。

 フィルは、叡力カートリッジを入れ替える。

 弾き出された色のないカートリッジが、音を立てて落ちた。

 見慣れた赤が、揺れる。

 ほんの僅かに、彼は瞳を細めた。

 感情は読めない。

 だが、それでも人間だ。

 フィルは引き金にかけた指に、力を入れる。

 彼の爪先が、床を蹴った。

 やはり、動いた。


「先読みし過ぎ」


 フィルは叡力銃を撃たなかった。

 気付いたようだが、一拍遅い。

 回避に転じた小柄な身体を、勢いをつけて蹴り飛ばした。


「…ぐ」


 壁に叩きつけられて、彼は初めて声を上げた。

 不意は突いたが、思ったより浅い。

 刃を構え直した彼が、


 吹っ飛ぶ。


 ふわりと、ブロンドの髪が舞った。

 飛び込んで来た姫の、容赦のない一撃。

 椅子とテーブルを道連れに、彼は床を転がった。

 そのまま、起き上がらない。

 彼女は円月輪を、指先でくるりと回した。


「…良かった。間に合いましたね」


 イリアは部屋の隅に退避していたクラウスたちを確認して、息を吐いた。

 リーゼに庇われていたクラウスが、泣き笑いのような複雑な表情を浮べる。


「…姫」


「もう、大丈夫です。ご安心ください」

 

 立場に錯誤があるが、まあ、これはこれ。

 姫は手早くGDUに連絡を入れ、襲撃者を拘束する。

 倒れていた護衛たちも、駆けつけた応援が介抱していた。

 彼らも、どうやら生きてはいるようだ。

 フィルは剣を収めて、叡力カートリッジを拾い上げた。

 ぱた、と雫が落ちる。

 リーゼが、慌てたように駆けて来る。


「フィルさんっ、血が」


「ああ、うん」


 最初の攻撃で、斬られた掌。

 傷自体は深くはない。

 だがその手で叡力銃なんて使っていたものだから、なかなか凄惨な見た目になっている。


「大丈夫ですか!?」


「早く手当てを!」


 青い顔をしたリーゼとクラウスを落ち着かせるように、「大丈夫だって」とゆっくり答える。

 近寄って来た姫が、リーゼと代わるようにフィルの手を取った。

 

「出血はしていますが、見た目ほどの怪我ではありません。ですが、試合が心配ですね」


 彼女は、眉を寄せた。

 そういえば、試合。



「あー、いた! イリア先輩、コロシアムの人が探してましたよ? もう試合始まりますし、殿下も一緒に」


「いたいた! イリア先輩、もう決勝の点呼始まるみたいですよ? 殿下も、早く」



 揃って部屋に駆け込んで来たのは、凪屋の色違いの姉妹だった。

 彼女たちは明らかな戦闘の痕跡に、言葉を失って入口で固まる。

 

「アクア、アロア。詳細は後で。もう決勝が始まるんですね?」


「「え、は、はい」」


 同じように言葉を詰まらせながら、姉妹は姫に頷いた。

 イリアはフィルに向き直る。

 そして、囁くほどの声で「ありがとう、ございました」と礼を口にした。

 結果的に、彼女の『勝手』を聞いてしまった。

 フィルは苦笑して、首を振る。

 

「救護室で止血はしてもらった方が、良いでしょう。ここは貰いますので行って下さい」


「了解です」


 まだ青い顔をしているリーゼを呼んだ。

 彼女はフィルの手を痛々しそうに見て、その袖口をそっと握る。

 血で汚れるのも構わず、白い指先に力を入れた。

  

「フィルさんっ!」

 

 クラウスに呼ばれて、フィルは振り返る。

 

「…すみません」


 絞り出すような、謝罪。

 彼が悪いわけではないのに。

 影の射す表情を隠すように、クラウスは俯く。


「ご無事で、何よりです。例の『作戦会議』はまた、後ほど」

 

 フィルの返事に、クラウスははっと顔を上げて、ようやく笑った。





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