8、不慮の邂逅
砂避けのローブを羽織った四人。
そのうちの一人は、デザートカンパニーのタグ付きだ。
ということは彼から教えを受けている三人は、リーゼの同期だろう。
彼女が反応したということはそちらも知り合いなのかもしれない。
明らかに、リーゼの歩調が遅くなる。
フィルは所謂同期に縁遠いが、何となく気まずいだろうことは理解出来た。
だが今更引き返す訳にもいかない。
タグ付きの彼は、すでにこちらに気付いていた。
砂海でも目立つ赤味の濃い茶色の髪と瞳。
フィルより僅かに背の高い彼は、物理的にも見下ろす姿勢で白々と言った。
「何だ、3rdの。砂海で会うのは久しぶりですね」
「どーも、カディ。ご無沙汰」
フィルと彼が挨拶を交わす頃には、彼が連れていた二人もリーゼを見ていた。
合流すると、自然とタグ付き同士、タグなし同士が向き合う形になる。
「3rdなのに弟子取ったんですか?」
「事情があって、臨時講師してるだけ。てか、名前で呼んでくれますー?」
「3rdを3rdって呼んで何が悪いんでしょうか」
そういうカディはタグ付きの2ndだ。
それも案内業界の大手デザートカンパニーで2ndをやっているとなると、かなりの実力者である。
フィルには到底振り回せそうにないアックスを涼しい顔で振るう彼は、ガーデニアニュースで案内業界若手のホープと紹介されたこともある、デザートカンパニーのエースだ。
砂獣退治で一緒に仕事をしたこともあるが、フィルも彼の腕前は認めている。
が、どうも嫌われている。
心当たりがないこともないが、フィルはカディの態度に疲れたように額を押さえて言う。
「んな、かっかしてっとリンレットに嫌われるぞー」
「なっ、どうしてそこにリンレットさんの名前が出てくるんですか!」
動揺したカディに、フィルがにやりと笑う。
そうは見えないが、カディはフィルより二つ年下。
階級云々はともかく、これくらいの仕返しは許されるだろう。
肩を怒らせたカディに、連れの少女がのんびりと声をかけた。
「カディせんぱい、お友だちですかぁ?」
もう一人の少女が、何が楽しいのか彼女の腕を引っ張って忍び笑う。
その隣にいる少年は、リーゼに「久しぶり」と声をかけた上で、やや強張った表情のままフィルにも目礼した。
今度はカディが疲れたような顔で「友だちじゃありません」と低い声で答える。
二人の少女はその答えに反応もせず、黙ったままのリーゼにちらちらと視線を送った。
「ね、リーゼさん砂海科の制服のままじゃない?」
「あ! ホントだぁ……」
聞こえているだろうに、リーゼは何も答えない。
毅然と顔を上げ、恥じる様子は欠片も見られなかった。
悪気があるのか、ないのか。
少女たちは顔を見合わせて笑う。
「カディせんぱい。3rdってタグ付きの中でも一番下ですよね?」
「……3rdの意味としては、その通りですよ」
やや投げやりな調子の先輩には目もくれず、「リーゼさん、3rdに弟子入りしたんだね」と囁き合う。
そうか、とフィルは単純に驚く。
確かに3rdという立場上、侮られることや嘲笑の対象になることなど慣れたものだ。
けれどそれはあくまでフィル個人に対する評価。
今更、気にもしなかったのだが、予期せず押しかけ弟子を受け入れて状況はどうやら変わったらしい。
フィルにはフィルの事情があって3rdという立場にあるのだが、こちらも訳ありのリーゼを思うとやはり申し訳ない気持ちになる。
これは迂闊だった。
嫌な思いをしただろうとリーゼを窺うと、彼女もフィルを見ていた。
真っ直ぐにこちらを見つめる金色の瞳には、やはり恥じるような色はない。
どちらかといえば心配そうな顔をしていたリーゼは、さっと視線を少女たちに向けた。
今度は、明らかに敵意を込めた鋭い眼。
怯んだ少女たちは、「ごめんね、別に、悪い意味じゃないから」と弁解する。
或いは本当に、悪気はないのかもしれない。
うんざりとばかりに、やり取りを見守っていたカディが息を吐く。
「……下らない喧嘩は止めて下さいね。とにかく予定通り休憩にします。各自、しっかりと水分を取って身体を休めて下さい」
はぁい、と返事をした少女たちが、リーゼに向き直る。
「ね、リーゼさん卒業以来だよね? どこに就職したんだろうって心配してたんだよ。せっかく会えたんだし、一緒に休憩しよーよ」
「………」
リーゼは一瞬、明らかに嫌そうな顔をする。
彼女は助けを求めるようにフィルの方を見たが、休憩を先延ばしにするほどのトラブルではないと判断したフィルは、苦笑して首を振った。
間をとりなすように少年が「休憩ちょっとだし、いいじゃん」と控えめに言って、リーゼは諦めたようだ。
フィルたちから少し離れたところで、一期生たちは微妙な空気のままお喋りを始める。
それを見送って、カディは何度目かの溜息を吐いた。
「砂海科は確かに優秀な人材が集まっているようですが、どうもあのノリは理解しかねます」
「十六歳だろ? 多少は仕方ないかもな。まあ、好んで連れて歩きたくはないけど」
実際連れて歩いているカディは額を押さえた。
そして思い出したように、素っ気なく言う。
「……まだうちに来て二日目ですが、デザートカンパニーの案内人が失礼なことを言ったことに変わりはありません。失礼しました」
「いーって。3rdが実力ないって判断されるのは当たり前のことだし。でも、リーゼに事情があってうちに来たことは確かだ。あんま、からかわないでやって欲しいな」
「もう『うちの子』贔屓ですか? 贔屓ついでに貴方も少し弟子に恥ずかしくない階級に上がったらどうです?」
カディは吐き捨てるようにそう言った。
一期生たちは興味が武具に移ったのか、それぞれの武具を見せ合っている。
リーゼの銃に気付いた少年が何か言って、それにリーゼが答えている。
少女たちは叡力銃以前のものを見たことがないのだろう。
一人が手を伸ばして、リーゼが首を振るのが見えた。
「聞いてます?」
「聞いてる、聞いてる。その内、試験受けるって」
「……貴方のそういうところが嫌いなんです」
低い声に、フィルは彼を見た。
カディには嫌われているが、この青年のこういうところをフィルは割と嫌いではない。
「GDUが憎いなら、クラウンまで昇りつめてGDUを変えれば良い。それが嫌なら首輪を捨てて『野良』にでもなれば良いんです。それを、3rd程度でいつまでもだらだらと。見てて苛々します」
「……俺、GDUが憎いなんて言ったっけ?」
「貴方の師匠を殺したのは、GDUでしょう」
フィルはカディの言葉に笑った。
「師匠を殺したのはGDUじゃない」
「……貴方」
不愉快そうにカディが眉を顰めた瞬間、押し殺した声が耳に飛び込んで来てフィルは振り返る。
リーゼの声だ。
そのリーゼが必死になって手を伸ばし、少女の手から銃を取り返そうとしている。
少年と、もう一人の少女はただおろおろと二人の掴み合いを見ている。
どうしてそうなったのか。
少女は銃を握った細い手を高々と掲げ、銃口を空へと向けていた。
その無邪気な顔には罪悪感の欠片もない。
別段、咎められることだとは思っていないのだろう。
「やめて」
リーゼの泣きそうな声に、乾いた発砲音が重なった。
ぱぁん
「すごーい! 本当に『叡力装填式銃』じゃないんだ。弾が出るなんて、びっくり」
楽しそうに声を上げる少女の手から、リーゼがようやく銃を奪い返す。
「っ! 何て、こと!」
真っ青な顔をしているのは『タグなし』の中ではリーゼだけで、少女も少年も、リーゼの剣幕にきょとんとしている。
撃った当人は、リーゼの口調にむっと頬を膨らませた。
「何で? そんなに怒らなくてもいいじゃん」
「……ッ、フィルさん!」
肩を激しく上下させて、リーゼがぱっとこちらを向く。
フィルは叡力銃をホルダーから抜いて、苦笑しつつ手招きをした。
駆け寄って来たリーゼの頭を宥めるように優しくぽんぽんと叩いて、しゃがむように促す。
「信じられませんね。砂海であんな音を出して喜べる案内人がいるなんて。自殺志願者ですか? 構いませんけど、巻き込んで欲しくはないものです」
突き放すようなことを言いつつ、戸惑う『タグなし』たちをカディが呼ぶ。
まだ状況の呑み込めていない彼女たちも、カディがアックスを手にしたのを見てぎょっとした。
「そこの彼女に言われなかったんですか? 砂獣が音を聞きつけて寄って来るから撃つなって」
「え……、えっ、でも」
ようやく事態が理解できたようだ。
少女は途端におろおろと周囲を見渡した。
「言い訳は生きて帰れたら聞きましょう」
しゃがんだ四人を守るように、フィルとカディが背中を向けて立つ。
吹きつける風の音、砂が流れていく音。
ローブを掻き合わせ、丸くなって震えている三人に対して、血の気の失せた顔をしてはいるがリーゼはお守りに渡した銃を握り、銃口をしっかりと地面に向けていた。
「来ると思いますか?」
カディの声も、固い。
フィルはその問いに答えずに、笑う。
指先や首筋で感じる、気配。
来る。
砂の波間に、金色が煌めいた。




