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ロストクラウン  作者: 柿の木
第四章
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18、恋路惑い




「ああ、すみませんね。今日は決勝だと言うのに。お時間は、大丈夫ですか?」


 コロシアムの貴賓室は、控室の並びの最奥にあった。

 入り口を固める護衛は張り詰めた空気を纏っていたが、ご本人は何も知らないとはいえ随分とのんびりしている。

 今度は一緒について来たリーゼが、部屋の中を興味深そうに眺めた。

 テーブルにかけられたクロスも、見慣れぬ柄の織物。

 凪屋同様、この部屋も調度品が完全に異国のものだ。


「決勝だからでしょうか。今日は警護が随分慎重で、お呼び立てしたのはこちらなのに、遅くなってしまって申し訳ありませんでした」


「いえ、大丈夫です」


 勧められて、フィルとリーゼは椅子に腰掛ける。

 クラウスの傍に控えていたイリアが、「では」と軽く頭を下げた。


「私は外にいますので、ごゆっくり。と、言っても試合開始まであまり時間がありません。影響がないよう、ご注意を」


「え、外ですか?」


「ええ、出たところにいますので。何かありましたら、お声をおかけ下さい」


 クラウスは慌てた様子で、「それは駄目です」と首を振った。


「…ですが」


 イリアは困ったように、小首を傾げる。

 彼女としては、クラウスから離れたくないのだろう。

 だが、肝心の彼は事情を知らない。

 もう一度、首を振る。


「そうですね。外の屋台で売っていた、あの不思議な色の飲み物。あれを、買って来て頂けますか? ああいったものは、なかなか口にする機会がなかったので、とても気になっていたんですよ。その、それまでには、話も終わらせておきますから」


「…殿下」


「すみません。姫、お願いします」


 深く頭を垂れたクラウスに、イリアは溜息を吐いた。


「わかりました。そんなにかかりませんから、お話は早目にどうぞ」


 すれ違いざま、イリアはフィルに目配せをする。

 敢えて口にはせず、そのまま部屋を出て行った。

 かちゃん、と鍵がかかる音がする。

 クラウスはそれを見送って、安堵したように椅子に座った。


「その、王子殿下。ご内密のお話でしたら、私も」


 言いかけたリーゼを、彼は「いえいえ」と遮った。


「寧ろ、いて下さった方が好都合と言いますか。女性の意見も聞きたかったので」


「はい?」


 こほん、と咳払いをして、クラウスは身を乗り出す。

 フィルとリーゼも、自然と耳を寄せる。



「その、実は、彼女のこと、本気に…、なってしまいまして」



「「……………」」


 本気に。

 先に反応したのは、リーゼだった。


「ちょっと、待って下さい。『本気になってしまった』って、姫とのこと、元々本気じゃなかったんですか?」


 そこか。

 クラウスはきょとんとして、それからさも当然と頷いた。


「私も彼女も、立場があります。お付き合いは、お付き合いとして、楽しんでいたつもりだったのですが」


 本当に、良い仲だったのだろうか。

 本来の事情を知っているフィルも、うっかり騙されそうなレベルだ。

 誤魔化し方が、堂に入っている。


「面倒なものですよね。けれど、好きになった方に想いを告げて、いずれ添い遂げる。そういう当たり前のことが、出来ないこともあるんですよ」


「…………」


 そう言われて、リーゼは頷かなかった。

 年頃の女の子だ。

 頷けなくて、いい。


「それで」


 フィルは先を促す。

 クラウスは、継承権を放棄していてもフィリランセスの第七王子。

 そして凪屋の姫は、GDUを、クラウンを支える1stの一人。

 障害しかない、恋路だ。


「…そもそも姫は、どう思われるかと。お付き合いをしている方が他にいるかもしれませんし、伝えるべきか」


 しゅん、とクラウスは俯いた。


「フィルさんは、姫と付き合いも長そうですし。その、何でも構いません。何か、ご助言をと思いまして」


「…えっと、知り合いではありますけど、姫のプライベートは全く。結婚していないことは、確かですが。詳しいことは、凪屋のポートリエ姉妹とかにお聞きになった方が良いかと」


 そうは言っても、あの姉妹には切り出し難い話かもしれない。

 それにしても。


「……さっさと姫本人に、言ってしまった方が良いんじゃないですか?」


「言ってしまった方が…、ですか」


 自信のない様子は、とても年上には見えない。

 あんなに遠慮なく姫に絡んでいたのに。

 フィルは苦笑する。


「悩んでいても、仕方ない。彼女は砂海案内人。しかもクラウンに忠誠を誓った、1stです。悩んでいる間に、手の届かないところに行ってしまったら、それこそどうしようもないでしょう」


 クラウスは目を丸くして、「意外と、積極的なお考えで」と失礼なことを言う。

 フィルは首を振った。

 幸か不幸か、実体験ではない。


「案内人の間では、良くある話です。本気になってしまったんですよね? じゃあ、仕方ない。言うべきです」


「案内人…、ですもんね。明日も、隣にいられるとは限らない」


 リーゼが、ぽつりと呟く。

 目を閉じて、クラウスは息を吐いた。


「……そうですね。当たって砕けろ、というやつですよね」


「いえ、砕けろとは」


 よし、と彼はテーブルを叩いた。


「そうと決まれば、時間もありません! ぜひ協力して下さい」


 切り替えが早い。

 クラウスはフィルの手を握って、「さあ、作戦会議です」と意気込んだ。

 今から?



「殿下」



 タイミング良く、部屋の外から声がかかる。


「ああ、はい」


 クラウスが返事をして、リーゼが代わりに立ち上がった。

 フィルも腰を上げようとして、手を引かれる。

 クラウスが、「あ、すみません」と握っていた手を離した。


「リーゼ」


 呼びかけに、彼女は不思議そうに振り返った。

 けれど、その手元。

 鍵は、すでに開けられていた。

 




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