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ロストクラウン  作者: 柿の木
第四章
88/175

17、気配

 



 砂海に出る時ほどではないが、随分と朝早くにリーゼが案内所まで来た。

 決勝の朝。

 眼が覚めてしまって、と申し訳なさそうなリーゼに、いつものように朝食を用意した。

 ベッド脇の小さな窓から見える空は、連日の青空も休憩とばかりに薄らと雲がかかっている。

 コーヒーにミルクと砂糖を入れて、リーゼはくるくるとスプーンを回している。

 まだ、回す。


「何、リーゼ緊張してんの?」


「えっ?」


 リーゼは顔を上げる。

 フィルは頬杖をついたまま、「初めて砂海に出た時より、顔強張ってるし」と笑った。

 彼女はむっと肩を怒らせたが、すぐにすとんとその肩を落とす。


「だって、あの人のこともありますし」


「あの人、ね」


 ウェルトットで、リーゼを砂海に連れ出した人物。

 野良の残党が口にした「もう一人の仲間」だ。

 サナに頼んで情報を集めてもらったが、わかったのはエルランス地方出身であるということと、「レイ」と名乗っているということくらいだ。

 それも、大会エントリー時に残された必要最低限の情報で、真実かはわからない。


「ま、少なくとも今回の大会じゃ、シルトに接触するようなことはなかったみたいだし、試合にしても、普通に参加してる。ポートリエ姉妹んとこに負けてからは、サナさんの記者仲間も見かけてないって話だし」


「そう…ですよね」


 潰された野良の一団の残党として、シルトに意趣返し。

 それも果たし切れたとは言えないような状態で、かつての仲間を捨てて、大会に参加。

 気にならないと言えば、嘘になるけれど。


「あんま悩んでても、今日の試合に響くぞー」


 気を紛らわせるように、フィルは軽くからかう。

 リーゼは「そうなんですよね」と、困ったように笑った。


「まさかですよ。決勝メンバーは絶対、私を除いた四人だと思っていましたから。その、本当に良いんでしょうか?」


「イグの自警団との試合で、リンレットが結構無理してたからなー。流石に、連戦が響いてんだろ。心配しなくても、リーゼなら問題なく戦えるって」


「…頑張ります」


 気合いを入れるように、リーゼは強く頷く。

 戦いのレベルとしては、恐らく昨日が最も辛かったはずだ。

 気は抜けないが、ここに来てカディとシルトもだいぶ連携が取れて来た。

 連戦の疲れは予想以上にあるが、それは凪屋も同じはずだ。

 勝てない戦いではない。


「もう、決勝なんですね。リンレットさんが言っていた通り…、あっという間でした」


「だなー。大会が終わると、本格的に夏か」


「これだけ活躍したんですから、仕事増えると良いですね」


「……う、ですね」


 夏頃に必ず予約を入れてくれる常連はいるが、心当たりは今のところその一件のみ。

 自分の食扶持もそうだが、リーゼは何かと入り用だろう。

 仕事ねえな、残念。

 じゃ、済まない。


「今度は、イグとか、行ってみたいです」


 リーゼはカップを両手で包んで、ようやく落ち着いた表情を見せた。

 何だかんだ、上手に緊張を解せる子だ。


「まだ『エルラーラ』しか歩いてねぇもんな。でも『リィンレツィア』ルート、結構キツイぞ」


「…やっぱり、女王宮が近いからですか?」


 まあ、そんなとこ。


 

『こちら1032、イリア・リリエルです。朝からすみません、フィルくん』



 突然入った通信に、答えようとした言葉を飲み込む。

 首を傾げたリーゼに、イヤホンを指で叩いて通信を知らせた。


「はい」


 彼女が個人的に通信を入れるとなると、話は大体想像がつく。

 応答すると、イリアは端的に『伝えたいことが二つほどあって』と前置きをする。


『昨夜、GDUに不審人物が侵入しました』


「は?」


 端的過ぎる。

 重大な話が、耳を素通りしかけた。

 今、何て言った? この人。


『人的被害は幸いにもありませんでしたが、来賓室と資料室、情報管理室に侵入の痕跡が残っていました。痕跡だけで、盗まれていたものはないそうです』


「ちょ、」


『GDU本部が人員を割いて捜査をしていますが、例の脅迫状を送りつけて来た人物の可能性もあります。公にはしない予定ですが、貴方には、伝えておこうと思いまして』


「待って下さい。何ですか、それ」


 リーゼがコーヒーカップに口をつけたまま、驚いてフィルを見た。

 ごめん、と手で謝る仕草をして、フィルは案内所に出た。

 後ろ手に部屋の扉を閉めて、声を抑える。


「GDUに侵入者? んな警備甘くないでしょう、あそこは」


『そうですね。ですが、あったことは仕方ありません』


 イリアは、まるで他人事のような冷静さで答える。


『もう一つですが』


 事務連絡かよ。

 ここで、フィルがとやかく言うような話ではないけれど。


『殿下が、今日の試合前に会って話したいことがあるそうです』


「……構いませんけど? こんな状況下で、随分余裕ですね」


『何でも、私には聞かれたくない男同士の話とか』


「いやいや、危険を冒してまでする話ですか。それ」


 あの王子殿下も、なかなか変わり者だ。

 観戦の中止とまでは言わないが、警護を固めて大人しくしていた方が良いのでは。

 回線の向こうで、イリアが微かに苦しげな吐息を漏らした。


『……殿下には、GDUの件はお話ししていませんから』


「え」


『侵入者が、殿下を害そうとする人物と同一犯か、まだわかりません。殿下は…、大会も、ガーデニアご訪問も、とても楽しんでおられます。無闇にお気を煩わせることは、したくないんです』


 声に慕わしさが滲んだのは、一瞬。

 もしかして、この人は。


「……わかりました。男同士の話だか何だか知りませんが、伺いますよ。凪屋に行けば良いんですか?」


 仕方がない。

 フィルは渋々了承する。


『いえ、コロシアムの貴賓室に来て下さい。私には聞かれたくないそうですが、他は別段構わないと仰っていたので、お弟子さんも一緒で大丈夫ですよ』


「了解」


『…フィルくん、ごめんなさいね』


 フィルはイヤホンを押さえていた手を、下ろした。

 部屋に戻ると、コーヒーを飲み終えたリーゼが食器を洗っている。


「何について謝ってるのか、わかりませんが」


『………そうですね』


 フィルは首元に手をやって、通信を切った。






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