13、彼の地を守る者
ラテの合図の前に、その人は手を伸ばした。
軽く開かれた大きな手。
「君たちは面白い戦い方をするから、とても楽しみだよ。お互い、正々堂々戦おう」
それは、真摯な言い方だった。
イグの自警団。
お前がリーダーなの、楽勝じゃん、という対応をした多くの対戦者とは違う。
隙がない。
リーダーである彼の隣に整然と並んだメンバーも、誰一人、3rdと油断してくれていない。
それは、こちらのメンバーにも伝わっているようだ。
初戦と同じ、リーゼを除いた四人。
それなりに戦闘経験のある顔触れ故に、彼らが予想以上にやりそうだとわかるのだろう。
フィルはその手を握り返し、
「こちらこそ、お相手出来て光栄です」
と、素直に答える。
彼は笑い皺を深めて、上品に笑った。
自警団の副団長を務めているという彼は、ほんの少しレイグに雰囲気が似ている。
細身のおじさんだが、相当だ。
交わした握手で、そうとわかる手をしている。
「それと…、間違っていたらすまない。君はもしかして、あの時、イグに来てくれた案内人かい?」
「人喰い騒ぎの時、ですか? 招集を受けて行きましたが、憶えているんですか?」
突然の問いに、フィルはまじまじと彼の顔を見た。
九年も前のことだ。
案内人仲間ならともかく、向こうで憶えている人がいるとは思ってもみなかった。
イグでは、かなりの被害が出た事件。
ユニオンが手当たり次第救援に向かわせた案内人を、いちいち憶えていられるような状況ではなかったはずだ。
彼は頷く。
「私は、あの時怪我をして死に損なってね。自警団の仲間や、助けに来てくれた案内人たちが戦って、そして斃れて行くのを、救護院のベッドで見ているしかなかった。案内人の中にはあんな年若い子もいるのに、と悔しくてね」
黒髪はガーデニアじゃあまり見かけないから、と彼は穏やかに言った。
影のない調子で話してくれたが、向こうのメンバーが気遣わしげに彼を窺う。
そう、彼らにとって、あれが過去のことであるはずがない。
「…この話はまた改めてしよう。お礼もしたいが、今日は絶好の試合日和だ。まずは、この一戦を楽しみたい」
「はい」
「あの時の少年が君ならば、シミュレーションが無駄にならないよ。全力で、行かせてもらう」
今度は、酷く確信を得たような鋭い眼。
この人も、獣だ。
『それではー、始めっ!』
ラテの試合開始の合図に、カディとシルトが動く。
姫に「元凶」と言われてから初戦のような立ち回りはしなくなったが、やはり競うように駆ける。
イグの自警団相手に、このメンバーはトト・ゲームよろしく賭けだったかもしれない。
だが、リーゼの連戦辞退で決まっていた流れだ。
さて、どうなる。
間合いは全く違う二人だが、踏み込みの潔さは似ている。
狙った相手は違うが、まずは様子見などと間怠いことはしない。
観客から、黄色い悲鳴。
攻め込まれた団員二人は、全く同じ動きでその一撃から逃げた。
完全な、退避。
カディとシルトの追撃を、後方で隊列を組んだ残りの二人が、前に出る形で遮った。
それも、カディとシルトの動きを妨害だけして、間合いの外へと距離を取る。
割り込んだリンレットの陽動にも、乗る気配はなかった。
上手い。
「これはどっか叩かないと無理そうだな。カディ」
『何、ですか?』
流石に深追いを避けたカディが、フィルの通信に応答する。
「そっちの茶髪のやつ、まず片付けよう」
『茶髪の奴って、どっちですか』
「さっき援護に入った中堅どころのやつ。リンレット、いつも通り撹乱。引っ掻き回して良いから」
『りょーかいっ!』
短刀を握ったまま、リンレットは軽く手を上げた。
「シルトはカディを援護。間違っても、獲物を取り合うなよ? カディは一撃で決める気で行け」
自警団からの攻撃は、未だ緩いまま。
完全に、力量を見られている。
カディとシルトが本来通りに動けるなら、戦闘能力自体は少し彼らを上回だろう。
だがその差を易々と埋める、連携。
揃いの長剣は、幅のある片刃。
それを見慣れぬ構えでこちらに向け、リーダーの彼がふっと微笑んだ。
「…………」
『行きますよっ!』
カディが叫ぶ。
二人に先んじて、リンレットが前に出た。
案の定乗っては来ないが、視線を奪う。
同時に、フィルは叡力銃を構える。
「ラギ、クロ!」
副団長に呼ばれて、躊躇いもなく二人が身を屈めた。
一人は、狙いに定めた団員だ。
「!」
隙の多い体勢を取った仲間に、残りの二人が大きく剣を振り払ってフォローに入る。
フィルが誰を撃つか、あの一瞬で判断して指示を出した。
彼が、また笑う。
「さて、自警団の本領、発揮させてもらおう」
動く。
最初の狙いを追っていたカディが、咄嗟に、リンレットを守れる位置に入る。
シルトが「なら良いでしょ」とばかりに、カディの代わりに深く攻め込んだ。
待ち構えるように、団員二人がシルトに長剣を向ける。
同時に、リーダーが動く。
狙いは。
フィルは咄嗟に、シルトの援護に引き金を引く。
叡力弾を受けた一人が、腕を押さえて剣を取り落とす。
もう一人は、シルトの手甲を危なげなく剣で受けた。
追撃にカディが動くが、間に合わなそうだ。
そして。
重い風切り音。
装填は、まだ終わらない。
砂を蹴って、彼の脇を抜ける。
耳元を掠めるように、振り下ろされた長剣。
「フィル!」
リンレットが鋭く叫んだ。




