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ロストクラウン  作者: 柿の木
第四章
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11、虚実の宵




「どうぞどうぞ、おかけ下さい。お茶いかがです? あ、確か甘いものもあったと思うのですが」


 クラウスは白磁の丸いカップを手早く揃えて、にこにこと見慣れないお菓子を出してくる。

 連行された凪屋の一室は、完全な異国だった。

 黒いテーブルには、変わった形のランプが一つ。

 窓の日覆いは、細かい木で組まれている。

 勧められたソファにも、見かけない模様の柔らかい布が掛かっていた。

 

「外国には、あまり行かれませんか?」


「はぁ」


「私の母は…、隣国の生まれでして。血ですかね、落ち着くんです。凪屋さんがご厚意で誂えて下さって」


 ということは、そもそも滞在場所はGDUではなく、凪屋に決まっていたと言うことだ。

 ねえ、と彼は王子らしからぬ気安さで、隣に座った姫に同意を求めた。

 ポートリエ姉妹から連絡を受けたのだろう。

 GDUから戻って来たと言う彼女は、呆れたように微かに息を吐いて「話が変わっています」と指摘した。

 そして長い髪を背に流して、フィルに向き直る。


「…試合の後に、すみませんね。お弟子さんは?」


「さっきちょっと体調悪そうだったので、あの二人に任せました。あまり広めたいお話でもなさそうですし」


 リーゼは渋ったが、流石に凪屋で滅多なことはないと思ったのだろう。

 口止めされてくるだけだから、と前置きして、


「せっかく凪屋に来たんだから、二人に案内してもらえば? デザートカンパニーもそうだけど、ここは滅多に入れねえよ?」


 と、フィルが軽く勧めると、とりあえず納得したようだった。

 更に姉妹が「それなら!」と意気込んだので、最後は半ば引き摺られるように行ってしまった。

 イリアは頷いて、微笑む。


「そう。あの子たち、凪屋の次期エースなんて言われて周りに一目置かれているから、同世代の友人があまりいないようで。あのお嬢さんが、良いお友だちになってくれたら嬉しいです」


「…そーですね。うちも二人きりなので」


 リーゼに切磋琢磨する同僚とやらは、作ってやれそうにない。

 イリアは「では」と空色の瞳を、優雅にティータイムを楽しむクラウスに向けた。


「私から、さっさと説明させて頂きますね。殿下が話されると、長くなりますから」


「姫は本当に、気持ちの良い話し方をされますね。私も」


「お察しの通り、あまり良い話ではありません」


 無視して、進めた。



 良くあるんですよ、こういうことは。

 クラウスはそう言ったが、このご時世に陰鬱な話もあったものだ。

 ガーデニアの大会を観戦する第七王子の暗殺。

 それを仄めかす脅迫状が、ご丁寧にGDUに送られて来たと言う。

 王族という立場に加え、クラウスの母は外国の出身。

 その悶着は彼が王位継承権を放棄することで終わったはずだが、未だに思い出したように標的にされることがあるそうだ。


「母もそういうことには慣れっこで。親子で気にしない癖がついているんですよ。だから、GDUにも大袈裟に考えなくて大丈夫です、とは言ったんですけれど」

 

 クラウスはそう口を挟んだが、GDUとして堪ったものではなかったのだろう。

 万が一にでもガーデニアの行事に参加した王族が暗殺されたなんてことになったら、今度はGDU解体どころでは済まない。

 1stたちが緊急に集まり、対策を練った。

 そして、大会中はイリア・リリエルがその御身を守り、滞在場所も公式の発表を偽り凪屋に定めた。


「今のところ、殿下を狙うような人物は確認出来ていませんが、大会は始まったばかり。まだ油断は出来ません」


「私も大丈夫だとは思うのですが、こうして守ってもらえると安心なことは確かですから、つい甘えてしまって」


 クラウスは肩を竦めて、情けない表情で笑う。

 慣れてはいけないことに、慣れてしまった人だ。

 イリアも彼の笑みを見て、そっと眼を伏せた。


「…事情は、わかりました。口外しないとお約束します」


「ありがとうございます。この話は、GDUの上層部と1stしか知りません。すみませんが、お弟子さんにも、内密にお願いします」


「はい。……――は?」


 フィルの問い返しに、イリアは「言った通りです」と頷く。


「てことは、ポートリエ姉妹も知らないってことですか?」


「そうです。殿下は嘘の事情で、凪屋にご滞在されていることになっています」


「私が凪屋の姫と良い仲で、ってことになっているんですよ。実際こんな素敵な方ですから、あながち嘘ではなくなって」


「下世話な事情をでっちあげましたが、同じような説明をお弟子さんにもして頂けると助かります」


 また、無視した。

 フィルは「構いませんが」と答えて、イリアを見つめる。


「―――本来の事情を、何故俺に?」


 GDU上層部にも、1stにも、フィルは属さない。

 二人の恋物語で、フィルも十分に納得したはずだ。


「…貴方だからですよ」


 イリアの返答は、静かだった。


「フィルくん。私は、もうその束縛は、終わっても良いと思っているんです」


 彼女の視線が、フィルのタグを掠める。

 終わっても良い。

 その意味を理解しても、今更強い感情は湧かなかった。

 ただ、その言い方は。

 不愉快だ。


「貴方は、修羅場を潜っている。本当の事情を説明したのは、他でもありません。貴方は大会の参加者。もしもの時、力になって欲しいだけです」


「…随分と、勝手を言いますね」


「勝手は十分承知です。そもそも、『私たち』は、貴方に勝手しか言っていませんから」


 やり取りを静観していたクラウスが、納得したように一つ頷く。


「…なるほど。先程姫が本来の事情を話すと言った時は驚きましたが、色々、あるようですね」


「ええ。彼は以前、規約を破って行動した」


 彼女は、言った。

 止めようとしたフィルに構うことなく、何故か痛みを堪えるように瞳を伏せる。


「本当に、とても下らないことで、彼は罰を受けているんですよ」


 凪屋の姫は、フィルではなくクラウスを見つめる。

 波打つブロンドの髪が、その横顔を隠した。






「……専用の檻があって、とても綺麗な砂獣がいたんです。前夜祭のための獲物だったそうなんですけど。私、図鑑でも見たことなかったです」


 トラムを待つ、束の間。

 心地良い夜風が興奮気味のリーゼの髪を揺らす。

 行儀良くベンチに腰掛けてはいるが、凪屋見学は相当に楽しかったようだ。


「アクアさんとアロアさんも、捕獲に関わったんだそうですよ。額の角がとても高額で、値段聞いてちょっと怖くなりましたけど」


 リーゼの声が遠い。

 とても、下らないことで、罰を?

 何故、1stである彼女が。


「…………フィルさん?」


「………」


「フィルさん」


 はっと隣を見ると、心配そうな表情のリーゼと視線がぶつかった。


「悪い。何?」


「何って…、大丈夫ですか? フィルさん。その、ショックなのは、わかりますけど」


「ショックって?」


「…だから、あの二人のご関係ですよ」


 実は良い仲で、という嘘。

 ああ、と納得しかけて、フィルは慌てて首を振る。


「違ぇって。俺、あの人、ちょっと苦手だし」


「あんな綺麗な方なのに、ですか? え、大丈夫ですか?」


「…それ、どーいう意味の『大丈夫』?」


 リーゼは楽しそうに笑った。

 揺れる肩が、腕に当たる。


「それとも、リンレットさんみたいな方が好みなんですか?」


「何で、リンレット? ルレンさんに殺されるわ…」


「あ、それは言えてますね。カディさんも、大変です」


 心底同情する口調が可笑しくて、フィルもつい笑う。

 リーゼはふっと首を傾げた。


「ちょっとは元気、出ましたか?」


 彼女はようやく見えて来たトラムの灯りに、ぱっと立ち上がる。


「明日も試合ですよ。フィルさんはリーダーなんですから、ちゃんと休息を取って下さいね。絶対、凪屋の姫に、謝ってもらうんですから」


「さっき青白い顔してたやつに言われるとはなー」


「私、体調管理はしっかりしてる方ですから。言われなくたって、今日は早めに休みますもん」

 

 しっかりしているが、言い方がまだ幼い。

 その拗ねたような返答に、フィルは笑いを堪える。


「わかってるって。そーだな、姫に、謝ってもらわないとな」


 ありがとな、と心配症の弟子に礼を言う。

 リーゼはふいっと、停車したトラムに顔を向けて。


「心配したくて心配してるんですから、良いんです」


 謎かけのように、呟いた。





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