10、色映しの姉妹
タイミングが悪かった。
ラテの柔らかい声が、試合の決着を告げる。
ショー専門だったというのも納得の、戦い。
揃ってお辞儀をする凪屋のチームは、実に様になっている。
観客は立ち上がって、口笛を吹いたり声をかけたり。
客席をぐるりと半周なんて、とても出来る状態ではない。
しかもそれが落ち着くと、一気に観客の退出が始まった。
「…リーゼ、もう見つかんねえって」
それでも控室の方まで例の人影を追って来たのだが、そこで完全に見失ってしまった。
リーゼはまだ少し白い顔をしているが、だいぶ落ち着いたようだ。
諦め切れないようにきょろきょろしていたが、観客たちの喧騒が遠くなって仕方なく頷く。
「こっち来たってことは参加者かもしれねえし、じゃなくても試合見てんなら向こうが気付くかもだろ」
「………」
リーゼの暗い表情に、フィルも困って思わず息を吐く。
これ以上、探しようがない。
「…すみません。きっと、何かきっかけがあれば、思い出せると思うんですけど」
「謝ることはないけど。んな気になる人だったのか?」
「気になる、というか…」
リーゼは自分でも確かめるように言葉を探す。
けれど、結局力なく首を振った。
「上手く言えないです」
「そっか」
しんとした通路に、先程までの大歓声は跡形もない
帰ろう、言いかけたフィルは、言葉を飲んだ。
ほんの少し控室の扉を開けて、その隙間からこちらを窺う瞳。
目が合った。
フィルに気付かれてあっさりと出て来たのは、残念ながら探し人ではなかった。
ぎゅっと手を繋いで身を寄せ合う様子は、タグが付いているのが冗談に見えるほど幼い。
「…何、サイン?」
「…何、それとも握手?」
少女たちは揃って、同じ方向に首を傾げた。
「ポートリエ姉妹」
リーゼが驚きを含んだ声音で、小さく呟いた。
試合の時と変わらない、水色と黄緑色の服。
並んで立った彼女たちの顔は、正直見分けがつかない。
「双子、だったんですね」
「知らなかったの? でもサインくらいあげるよ?」
「知らなかったんだ。でも握手くらいしてあげるよ?」
「……あの、別にお二人に用があるわけではないので」
失礼しますと、リーゼはさっさと頭を下げた。
それが、どうも気に障ったらしい。
姉妹はフィルとリーゼの行く手を塞いだ。
「聞いた? アロア」
「うん、聞いた。アクア」
「普通に喋って下さって大丈夫です。私たち、お二人のファンではないので」
ああ、そこで油を注いじゃうわけ。
はっきりと「興味ないんです」と言われて、二人は眼を丸くして顔を見合わせる。
けれどフィルの予想に反して、彼女たちは安堵したように笑った。
「そうなんだ。勘違い」
「だね。確かにお仕事用だけど、喋り方は癖になっちゃってるから、ごめん」
二人はワンピースの裾を少しだけ摘まんで、頭を下げた。
肩から、するりとお下げが落ちる。
「私、アクア・ポートリエ」
「私、アロア・ポートリエ」
端的な自己紹介に、フィルは唸る。
水色がアクアで、黄緑色がアロア。
服が変わったら、絶対わからないだろう。
リーゼは余裕が戻って来たのか、簡単に挨拶を返す。
ついでにフィルも名乗ったが、姉妹はリーゼに興味があるらしい。
「リーゼちゃん、私たちの前の試合に出てたよね」
「出てた出てた。まだ『タグなし』なのに凄いねってアクアと話してたの」
「あ、ありがとうございます」
頑張った試合を褒められて、リーゼは頬を染めた。
二人はそれを見て、笑う。
「リーゼちゃん、かわいい」
「うん、かわいい。ね、私たちの試合も見ててくれた?」
期待の籠った瞳に、リーゼは頷いて、
「普通の案内人の戦い方とは、全然違いましたね。踏み込めば良いのに踏み込まなかったり、わざわざ危ない避け方をしたり、痒いところに手が届かない感じでした」
実に素直に、感想を述べた。
アクアとアロアはまじまじとリーゼを見て、それから気分を害した様子もなく、上機嫌のまま「そう」と同時に頷く。
「痒いところに手が届いちゃ、面白くないでしょ?」
「痒いところに手が届くのは、クライマックスで良いの」
「やっぱり、わざとやってたんですね」
「あれは『舞台』だもの。砂海ではやらないけど、舞台にいる時は、私たち『演者』なの」
「紆余曲折。攻めて攻められて、大団円。ね、お金貰ってるんだもの。『舞台』は面白くないと」
討伐ショーメインの案内人。
その矜持だ。
はっとしたリーゼに、姉妹は「ねえ」と笑いかけた。
「リーゼちゃん、私たち友だちにならない?」
「私たち、きっと仲良くなれると思うんだけど」
「え? えっと」
リーゼは戸惑った末に、助けを求めるようにフィルを振り返る。
砂海関係ならともかく、口を出すような話でもなさそうだ。
彼女たちの方が幾つか年上だろうが、同年代の案内人仲間はいて損はない。
本気で助言が欲しかったわけではないのだろう。
リーゼは身を乗り出す二人に、少し恥ずかしそうに「私で良ければ」と答えた。
姉妹は「きゃあ」と声を上げて、子どものようにはしゃぐ。
その声を聴きつけてか。
彼女たちの出て来た控室から、ひょこっと顔を出した人。
「双子さん。お腹も空いて来ましたし、そろそろ凪屋に帰りませんか? 姫が身代りの方を連れてGDUに向かって、随分経ちますよ」
茶褐色の髪が、さらと揺れる。
その人はフィルとリーゼに気付いて「おや」と眉を上げ、すぐに笑みを作った。
「これは、お二人とも。二試合目も楽しませて頂きましたよ」
「…殿下?」
間違えようもなく、クラウスだ。
瞬間、ポートリエ姉妹がぱっと駆け寄り、何か言いかけた彼をぐいぐいと控室に押し込めた。
そして、ばん、と乱暴に閉められた扉。
二人は、ゆっくりと振り返る。
「…どうする? アロア」
「…どうするって、聞かれちゃったし」
二人は溜息を吐いて、「ごめんね」と謝った。
そして、さっと円月輪を構える。
フィルは一応リーゼを背後に庇ったが、叡力銃をホルダーから抜くことはしなかった。
姉妹は申し訳なさそうに、けれど拒否を許さない口調で、
「「二人とも、一緒に来てもらうね」」
凛と声を重ねた。




