9、夕暮れの面影
「リンレットさんの言っていた意味、わかったような気がします。何て言うか、こう、痒いところに手が届かない戦い方ですね」
難しい顔でリーゼが評する。
凪屋の人間が聞いていたら、喧嘩を売られていると勘違いしかねない言い草だ。
否定は、しないけれど。
舞台で、ひらりと水色と黄緑色が揺れた。
凪屋のポートリエ姉妹。
榛色の長い髪をそれぞれおさげにして、服と同じ色のリボンで結わえている。
二人が踊るようにステップを踏むと、際どい丈のワンピースの裾が翻った。
客席から見下ろしている分には大丈夫だが、相手には見えちゃってんじゃ。
晒される白い脚に、歓声が上がる。
「見栄えは、するけどな。あの格好で良くやるよ」
「男の人って、好きですよね。ああいうの」
「…え、そーいう意味じゃ」
砂海には絶対着て行けないようなひらひらした服で、という意味だったのだが。
リーゼは答えず、視線を舞台へと落とした。
夕暮れの射し込む、今日の最終戦。
コロシアムには、空席一つ見当たらなかった。
貴賓席として区切られた席も、護衛が許すぎりぎりのところまで埋まっている。
フィルとリーゼも、入場口近くからの立ち見だ。
「……優勝候補って言ってましたけど、強いんですか?」
「強いんですかって、実際ほら、押してんじゃん」
『…―見事に叡力弾が当りました! 起きれますかね? あ、無理そうですか? 一名、脱落ですー!』
姉妹の水色の方が、くるりと叡力銃を手の中で回した。
メインで装備しているのは『姫』直伝の円月輪だが、彼女たちは叡力銃も積極的に使うようだ。
ラテ曰く、
『流石ですねー。叡力銃の腕前はすでに凪屋でトップとか。可愛いのに格好良くて、羨ましいです!』
だ、そうだ。
リーゼはそれを見て、何故か眉を寄せる。
「あまり綺麗じゃ、ないですね」
「こらこら、なんつう暴言」
「だって、叡力銃はもっとこう、撃つ前後の動きとか」
リーゼは、手で銃の形を作って見せる。
真っ直ぐ向けると、その先は貴賓席だ。
彼女は気付いてすぐに狙いを逸らす。
「何て言ったらいいんでしょう。凄く」
「うん?」
「…もう。フィルさんの方がわかるんじゃないですか?」
リーゼは一応文句を言ってから、一度下ろした手をもう一度上げた。
「もっと、ぶれがなくて、……」
リーゼは言葉を切って、沈黙した。
フィルは彼女の指先を、思わず眼で追う。
貴賓席のすぐ左隣。
フィルたちと同じように、立ったままの観客が一人。
「…リーゼ? どした?」
「………」
リーゼは凍りついたように、ただ視線を注いでいる。
微かに、その唇が震えた。
遠いその人影は、見慣れない柄のターバンで頭と口元を覆っていた。
この時期の気候にそぐわない露出の全くない服装は、その人が外国から来たことを思わせる。
だが、それ自体は決して珍しいことでもない。
周りの観客の熱狂と比べて、しんとした立ち姿だが、それも言葉を失うほどの違和感ではなかった。
リーゼは思い出したように、ゆっくりと瞬く。
夕陽の色を浴びても、その頬は異様に白い。
「リーゼ、顔色悪い。下で」
休もう、と言いかけたフィルの手を、彼女はぎゅっと掴んだ。
汗ばんだ指先は、酷く熱い。
「私、あの人…、どこかで」
「…知り合いか?」
倒れ込んでしまいそうなリーゼの背に、フィルは手をやった。
彼女は否定の意なのか、意識を保つためなのか、強く頭を振る。
「とにかく休もう。どーしても気になんなら、声かけといてやるから」
思い出せない知り合いだかのために、ここで真っ青な顔して頭抱える必要なんてないだろう。
「…だめです」
「何が」
駄目なのは今の状況だろ。
ようやくフィルを見たリーゼは、予想に反して意志の宿った瞳をしていた。
「一緒に、来てくれますか? きっと、あの人と話せば、思い出せる気がするんです」




