表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストクラウン  作者: 柿の木
第四章
77/175

6、凪屋の姫




「さて、私の用件は終わりましたよ。姫」


「…殿下、その呼び方はおやめ下さいと申し上げたはずです」


「これ以上、貴女に相応しい呼び名があるとも思えませんが?」


 悪気のない口調だが、彼女は微かに眉を寄せた。

 それは、王族に『姫』などと呼ばれたことを恥じた、というよりは、聞きわけのない相手に対する苛立ちに見える。

 凪屋の『姫』、イリア・リリエル。

 1stに昇格したのは九年前だから、一応それなりの年齢のはずだが。

 クラウスも評した通り、今もその容姿は姫そのものだ。

 彼に促されるように、イリアはすっと前に出た。

 空色の瞳から、フィルは咄嗟に視線を逸らす。


「お久しぶりですね。フィルくん」


「………そうですね」


「お弟子さんをとられたとか。彼女ですか?」


 フィルは後ろに隠れたままのリーゼを振り返って、頷く。

 イリアは「そう」と呟いて、しんとした瞳でフィルを見た。

 何か言いかけた唇を、彼女は軽く噛んで、


「それはそうと、随分、面白い試合でしたね」


 と、少しだけ微笑む。

 その笑みの割に、空気がしんと凍る。


「ルレンさんのところのご息女に、デザートカンパニーのエース。加えて、ウェルトットでご活躍の白焔さん」


 シルトは「へえ、知ってんの」と感心したが、リンレットとカディは固い表情で姫を見返した。


「揃いも揃って、あの有り様ですか」


 淡々と、彼女は言った。

 あまり感情が浮かばない凪いだ瞳に、辛うじて失望が見える。


「…チームとしては、初戦です。これから」


 言いかけたリンレットに、「『これから』がないこともあります」とイリアは断じた。

 有無を言わせぬ鋭さ。

 例えばこの一戦が。

 言いたいことは、わかる。


「元凶は、一応自覚はあるようですね」


「………」


 カディとシルトが一瞬、互いを見た。

 けれど反論はなく、沈黙する。

 1st故か、或いは本来こういう人なのか。

 静かに、他を圧倒する人だ。

 彼女はそしてフィルに向き直る。


「そして、貴方も。本当に燃え尽きたのでなければ、もう少しまともに戦いなさい。案内人として、恥ずかしいですよ」


 それで、姫の批評は終わったようだ。

 厳しいですねぇ、と姫の後ろでクラウスが眉を下げた。

 フィルは無言を返したが、背後から突然リーゼが飛び出す。


「――ちょっと、待って下さい」


 イリアは「何ですか?」と問う。

 リーゼは肩を震わせたが、常の口調で続けた。


「…案内人として恥ずかしい、って何ですか。いくら何でも、言い過ぎだと思います」


「………」


「確かに、チームとしての戦いは反省点が多かったかもしれません。貴女の言う通り、次があることに甘えていないとも言い切れません。でも」


 リーゼは言葉を区切り。

 強く、言い放つ。


「でも、案内人として恥ずかしいなんて、言わせません」


「リーゼ」


 彼女は我に返ったのか、俯いて、「すみません」と謝った。

 謝らせたかったわけではない。

 ただ、思わず呼んでいた。


「…私、何言ってるのか、全然、わからないですね」


 フィルを振り返って、リーゼは困ったように笑う。


「いいよ。ちゃんと、わかったって。ありがとな」


「……すみません」


 ふ、と微かに誰かが笑う。

 優しい、吐息のような音だった。

 次いで、冴え冴えとした声が響く。


「いいえ。私にはわかりませんでした」


 そう言ったイリアは、けれどどこか面白がるような瞳をしている。


「…優勝しなさい。そうしたら、先程の発言を謝罪しましょう」


 柔らかい色の唇が、ほんの僅かに弧を引いた。

 何てわかりやすい、激励。


「約束です。絶対、謝ってもらいますから」


 そしてリーゼが、頷いた。


「ああ、姫はやはり素敵な方ですね」


 王子殿下が多少ずれた感想をしみじみを口にして、纏まりかけた話を台無しにして下さった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ