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ロストクラウン  作者: 柿の木
第四章
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5、来訪は唐突に




 結果だけ言うなら、勝った。

 とりあえず叫びたいだけなんじゃねえの、って歓声を背に、のろのろと控室に戻る。

 人数分、きちんとタオルを用意していたリーゼが、何とも言い難い表情で「お疲れさまです」と労ってくれた。


「…疲れた」


「鍛え方が足りないんじゃないですか?」


 あっさり言ってくれたカディは、多少息が上がっているが疲弊しているというほどでもない。


「流石、偉そうだね。フィルの援護がなかったら、君、そこそこヤバかったんじゃないの?」


「誰が、ですか? 助けられてたのは貴方の方でしょう」


 フィルは二人の睨み合いを横目に、溜息を吐く。

 結局最後までこんな調子で勝ったのだから、凄いことは凄い。

 だが二人の援護に奔走したフィルは文字通り、疲労困憊だ。

 これなら、砂海強行軍の方がまだマシかもしれない。


「えーっと、ごめんね? フィル」


 野良の男を丁寧にやり込めたリンレットは、カディとシルトのところに飛び込む訳にもいかず、決着まで傍観。

 フィルは、「あの状況じゃ、仕方ない」と笑って首を振った。


「あー、こんな叡力銃撃ちまくったの久しぶりかもな。指痛て」


 撃ち慣れないカートリッジだったのが、良くなかったのかもしれない。

 両手をゆっくりと握り込むと、やはり人差し指が微かに熱を持っているのがわかる。

 叡力銃を扱い始めた頃以来、滅多になかった懐かしい感覚だ。


「大丈夫ですか?」


 リーゼがタオルを濡らして、フィルの手を包んだ。

 心地良い冷たさに、力が抜ける。


「…リーゼが優しい」


「何で意外そうに言うんですか」


 伏せ気味の金の瞳に浮かぶのは、心配というより呆れだ。

 彼女は不満そうな顔で、「鍛え方が足りないってことは、ないですよね」と確かめるように問う。

 


「いやいや、あの装填ぎりぎりでの連射は、普通出来ませんよ。そして大会専用の叡力カートリッジは一般のカートリッジと比べてかなり撃ち心地に差があるはず。叡力銃を使い慣れている方ほど、指に負担が掛かってしまうのかもしれませんね。兎にも角にも、湿布を用意させましょう」



 突然控室に入って来たその人は一気に言葉を並べてから、すっと手を上げた。

 すぐ後ろに控えていた白い服の男が頭を下げて、通路へと消える。

 ぽかーんとする面々に、その人は穏やかに笑いかけた。

 茶褐色の髪を銀の髪留めで一つにまとめた彼は、声を聞かなければ女性と紛うような優しげな風貌をしている。

 そして非常に高そうな濃紺の服には、金糸の刺繍。


「まずは一回戦突破、おめでとうございます。ディナル先生が、あの叡力カートリッジをまともに使えるのは貴方くらいだと仰っていましたが、まさにその通りでしたね」


 青みがかった黒い瞳を細めて、彼は楽しそうに言った。

 フィルより一回り年上に見えるが、無邪気な笑顔は少年のようだ。


「えっと…、どうも」


 何とか返答をしたフィルに、「知り合い?」とリンレットが首を傾げる。

 困惑したまま首を振ったフィルに、彼は申し訳なさそうに形の良い眉を下げた。


「ああ、ご挨拶もしていませんでしたね。失礼しました。私は―…」


「殿下」


 ふわりとブロンドの髪を靡かせて、今度は小柄な女性が飛び込んで来る。

 彼女はさっと彼の隣に並んだ。

 絵に描いたような見目麗しい取り合わせになったが、彼女の小さな耳に見えるのは確かに案内人の証。

 こちらは残念なことに、知っている人だ。


「………凪屋の」


 彼女はちらとフィルを、そしてリンレットやカディを見た。

 けれどすぐに視線を戻し、人形さながらの外見にそぐわない口調で「貴賓席を離れる時はお声をお掛け下さいと言いましたよ」と彼を咎める。


「姫ですか。ということは、そういうことなんでしょうか」


 ぽつりとカディが呟き、一人わかっていない様子のシルトが興味もなさそうに鼻を鳴らす。


「ひめ、って凪屋の『姫』ですか? じゃあ」


 リーゼがすっとフィルの背後に回る。

 苦言を呈されていたその人は、さっさとフィルに向き直って、


「改めて、クラウス・セルディア・フィリランセスです。ディナル先生から、お噂はかねがね」


 と、握手を求める。

 フィルはタオルを手に乗せたまま、その手を握り返した。

 フィリランセスの第七王子。

 この人が。

 クラウスは何が可笑しいのか、ふっと吹き出すように笑った。


「そんなに固くならないで下さい。殿下だの何だの言われていますが、王位継承権もないただの砂獣研究者です」


「いや、そういうわけには」


「ディナル先生から貴方の話を聞いて、羨ましく思っていたのですよ。先生がわざわざ叡力銃の調整をされているとか」


 王子殿下はそこで、『フィーくんは』とティントの口調を真似た。


『フィーくんは尋常じゃない腕してるから、僕くらいしか彼の銃いじれないと思うよ。あれで普通に使ってると思ってるんだからフィーくんはホント、どうしようもないよね』


 似てる。

 クラウスは笑みを深める口元を、指先で少し隠す。


「と、自慢されていましたよ。いや、気の置けない友人同士というのは、良いですね。私には、縁遠かったものですから」


 何ぺらぺら喋ってんだ、ティントー。

 しかもタメ口ー?

 馬鹿だろ。

 彼のことだから、第七王子だということより研究者であることの方が重要だったのだろうが。


「申し訳ないです。ティントも、悪気はないと思うんですが。不敬罪でしょっぴくのは勘弁してやって下さい」


「いえいえ、私が気軽に話して欲しいとお願いしたんです。何と言っても、同じ、研究者ですからね」


 そしてクラウスは、ゆっくりとチームのメンバーを見渡した。


「…元々、大会に出るご予定はなかったと聞きました。私の我儘で、振り回してしまったようですね。申し訳ありません」


 まあ、面倒なことになっていますが。

 それを今更言っても仕方がない。

 謝罪にゆっくりと首を振ると、彼は一瞬で、ころりと笑顔に戻った。


「けれど我儘の甲斐あって、良い試合を見せて頂きました! 公人としては特定のチームを贔屓出来ませんが、個人としては皆さんのチームを応援させて頂きますね」


「…ありがとうございます」


 クラウスはいつの間にか戻って来た白い服の男から受け取ったものを、フィルに手渡した。

 湿布だ。


「そうそう、お願いが一つ」


「はあ」


「『フィーくん』とお呼びしても?」


「――は!?」


 冗談ですよ、と笑って、彼はすぐ背後の控えていた『姫』を振り返った。








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