2、五人集合
「フィルっ!」
「ッぐ」
聴き慣れた明るい声。
勢い良く飛びついて来たリンレットは、そのままフィルの背に負ぶさる。
何とか踏み止まったフィルに、シルトが呑気に「良く出来ました」と手を叩いた。
「フィルってば、どーしたの? 大会出るんだ? もー、早く言ってくれれば一緒にエントリーしたのに」
「リンレット、苦しい」
耳元で一気に言い切ったリンレットは、わざわざ落ちないようにフィルの首に腕を回す。
聞いてない。
「あ、でも、もしかしたら同じチームかもしれないよね?」
そうだと良いなぁ、と彼女は囁く。
「…リンレットさん、いつまでそうしてるんです?」
「あ、リーゼちゃん、いたんだ? 久しぶりー」
リンレットが笑う気配がする。
表情の見えない彼女とは違い、リーゼは何故か険のある目つきになった。
そして、フィルを睨む。
「フィルさんもっ! 何大人しくしてるんですか!」
「え、俺が悪ぃの!?」
理不尽。
「モテるね」
「……この状況をモテると言う?」
恨みがましくシルトを見ると、リンレットはようやくフィルの背から下りた。
ひょいとフィルの正面に回ると、彼女はにこっと笑って「フィル、訓練ぶり」と挨拶を仕切り直す。
「おー。リンレットも出んだ?」
「うん。凪屋がポートリエ姉妹まで出して来てるのに、デザートカンパニーが不参加ってわけにはいかないでしょ? 一番出たがってたのは父さんだけど、1stは出ちゃダメだし。だから私たちがエントリーしたの」
リンレットは、「ね」とフィルの肩越しに同意を求めた。
予想通り、振り返ったフィルに鋭い視線が突き刺さる。
ああ、やっぱり。
「機嫌悪そだなー、カディ」
「…ええ。さっきまではそう悪い気分ではなかったんですけどね」
リンレット同様に、きちんと武装したカディはわざとらしく額を押さえる。
気にした様子もなく、リーゼが「カディさんも、お久しぶりです」と丁寧に頭を下げた。
彼はそれにはきちんと会釈を返した。
「カディとリンレット、ペア? ルレンさん、結構本気出して優勝取りに行ってんな」
「んー、ホントはちゃんとチームでエントリーしたかったんだけど、一期生の訓練とかあって今年はメンバー集まんなかったんだよね」
でもカディは怪我のお陰で新しい予約入れてなかったし、とリンレットはカディの隣に並んだ。
彼はリンレットを見下ろして、「怪我の功名ですか」と柔らかく苦笑する。
「そう何回も凪屋に優勝取られちゃ、たまんないもん。カディ、本気出してこうね!」
「はい」
ぐっと拳を作ったリンレットに、カディが頷く。
リーゼがこっそりと「カディさん、嬉しそうです」と笑う。
「微笑ましいなー」
「ですね」
「ふーん」
三人にじろじろと見られて、カディが眉間に皺を寄せる。
文句を言いかけた彼を、リンレットが「で」と遮った。
「フィルはリーゼちゃんとエントリーしたの? そっちのおにいさんは? 友だち?」
「友だちというか、仕事でちょっとな」
「ご同業だよ。飼い犬さん」
わざわざ曖昧に答えたフィルの気遣いを、シルトはあっさりと無駄にしてくれる。
きょとんとしたリンレットに対して、カディはそうと聞いてあからさまに嫌悪を浮かべた。
「野良、ですか」
問い返しではなく、侮蔑を込めた言い方だった。
やはり反発心が強いようだ。
シルトは腕組みをして、薄く笑った。
「そう、大会って誰が出ても良いんでしょ? 飼い犬に喧嘩売るチャンスだからね」
「…活きの良い野良は、叩き甲斐があって良いと思いますよ」
「気が合うね。僕も偉そうな首輪付きって殴り甲斐があると思うし」
妙な緊張感に、リーゼが腕を擦る。
カディが突っかかって来ないのは楽だが、のんびり見ていられる取り合わせではない。
「…カディってば。もしかしたらこのおにいさんとチームになるかもしれないんだよ? 喧嘩買ってどうするの」
リンレットに溜息を吐かれて、カディはようやく気を治める。
「流石は、3rdのご友人ですね」
「…そのやり取りには混じりたくねぇな」
向けられた矛先を無視して、フィルは「ほら」と舞台の中央を指す。
タイミング良く、簡素なお立ち台にしゃんと背筋を伸ばした華奢な人影。
彼女が掲示板の前に立つと、自然に舞台から喧騒が遠退く。
『みなさん、大変お待たせいたしましたぁ。これより、GDUによる参加者チームの発表を行います!』
マイクの前に立った彼女は、ぺこりと頭を下げる。
耳の横で髪を束ねたリボンが、動きに合わせてふわふわと揺れた。
頭を上げた彼女は、ずり落ちそうな眼鏡をさっと押さえる。
「可愛い方ですね」
「あれ、受付のラテさん」
リーゼは「あ、確かに、声」と頷く。
わっと拍手が起こり、その音に「ラテちゃん、頑張れ」と声援が混じる。
ラテは微かに頬を染めて、応えるように小さく頷いた。
『五人未満でのエントリーを行った方を対象に、GDUが独断と偏見でチーム分けを行いました。後々苦情が来ないように、一応バランスを考えてのチーム分けになりますー。これ以降、欠員は基本的に補充出来ませんのであしからず』
大会は、五人一チーム。
試合に参加するのは四人だが、連戦の負担を考えて試合毎にメンバーを入れ替えて戦うのが基本だ。
そして、チームは一人リーダーを決め、リーダーのみ必ず全試合に出場する必要がある。
試合も、リーダーがやられたら負け。
『…みなさんはこれからチームが決まりますので、リーダーの決定は二試合目まで猶予されます。どうしても決まらなかったら、じゃんけんで大丈夫ですよ』
ふわっと言ったラテに、参加者から笑いが起こる。
けれどリーゼは難しい顔のままだ。
「意外と…、本格的な団体戦なんですね」
「だろ? 凪屋とかイグの自警団が優勝候補って言われんの、当然っちゃ当然だよな」
凪屋は、討伐ショーで培った団体での戦闘技術がある。
イグの自警団も、集団での戦いにかけてはプロだ。彼らは団結力も凄い。
どうしても、即席のチームとは差が出る。
「それに、GDUのチーム分けって見事に平均されてるからね」
リンレットが口を挟み、同意を込めてカディが頷く。
「こちらは2nd二人でのエントリーですから、残りの三人は野良やタグなしって可能性が高いですね」
突出した組み合わせにならないよう、苦労しているのだろう。
突然チームになった2ndと野良、或いはタグなしが、リーダーを決めて協力して戦い抜く。
結構、ハードかもしれない。
『みなさん、チームの方とは仲良くして下さいね。それでは、発表です!』
ラテは、さっと掲示板の布を引いた。




