1、再会は舞台で
「そうなんですか。それじゃあ、ティントさんに感謝しないとですね」
数歩先を跳ねるように進んでいたリーゼが、振り返って微笑んだ。
陽の昇り切った、正午前。
明日の客足を見越して、すでに元工業区の広い道にはずらりと屋台が並んでいる。
色深い緑地にはステージのようなものまで用意され、飾られた色とりどりの旗が風で揺れていた。
店の数は勿論、明日からの人出もかなりのものになるだろう。
「私、大会興味あったんです。凄く良い修行になりそうですし」
「…そーですか」
突然「大会に出る」と言い出したフィルに、リーゼは当たり前だが、多少驚いたようだった。
だがティントの論文から派生した事情を聴いて、彼女はあっさり納得。
それどころか、大会に出られる巡り合わせを喜んでいる。
なかなかどうして、とんでもないお嬢さんだ。
慰霊碑でもある入場口前の噴水で一礼して、フィルとリーゼはコロシアムへと踏み込んだ。
今回は客席ではなく、控室を抜けて舞台へと出る。
砂を踏みしめて、リーゼが「わ」と小さく声を上げた。
「これは、出発ラッシュ以上だなー」
舞台はかなりの広さのはずだが、それを埋め尽す人の群れ。
砂の色が見えないほどの、混雑。
GDUのチーム分けを見に来た、参加者だ。
人酔いしそうだと思わず眉を顰めたフィルに対して、リーゼは興味津々。
彼女は背伸びをして、辺りを見渡した。
「本当に、色んな人が参加するんですね。優勝候補のポートリエ姉妹とかイグの自警団とかも、来ているんでしょうか?」
「や、チームでエントリーしたとこは来る必要ないしな。俺らみたいに、メンバー足りてない奴しか来てないと思うけど」
つい釣られて、フィルも参加者を見回した。
やはり案内人が多い印象だが、明らかに一般人や野良も混じっている。
大会は、五人一チームの団体戦。
一応フィルとリーゼはペアでエントリーしているらしいから、残りの三人はここにいる誰かになる。
変な奴に当たらないと良いが。
「フィルさん、もうちょっと奥まで行きましょう。ここじゃ、全然見えないです」
リーゼは舞台中央を指して、フィルを引っ張った。
この発表のために用意されたお立ち台には、布がかけられた掲示板。
まだ誰もいないが、きちんとマイクが準備されている。
「別に焦んなくても、同じチームになった奴が探しに来るって」
「そんな受け身じゃ、来る仕事もそのうち来なくなっちゃいますよ」
「…う」
ぐいぐいと引っ張られて、人の間をすり抜ける。
その視界の隅を、ちらりと銀色が掠めた。
不自然なほどに綺麗なその色は。
「あ」
フィルは思わず、ローブを掴んでいたリーゼの手を取った。
彼女は想像以上の速さで振り返ると、「何ですかっ」と鋭い声を出す。
慌てて手を離して、「いや、あれ」とその人を指差した。
リーゼは金色の丸い眼を瞬かせる。
「………え、白焔さん?」
人ごみで、一際目立つ銀髪。
その周囲だけ人が少ないのは、偶然だろうか。
どこか冷めた表情の彼は、視線に気付いたのか、ふっとこちらを振り返った。
フィルとリーゼを認めると、にやりと笑う。
「やあ」
「「………」」
ひらひらっと手を振ったシルトは、のんびりと近寄って来ると「やっぱいたね」と妙に嬉しそうに言った。
「いなかったらやめようかと思ったけど。会えて良かったよ」
面倒事の多かったサナの依頼で出会い、何の冗談か、夜の砂海を歩いた仲だ。
こんなところで再会するとは思ってもみなかったが、相変わらずの自由人ぶり。
残党がどうのと言っていても、ウェルトットで大人しくしているような性格でもないだろうが。
「元気そーだな。シルト、出んの? GDUなんてクソ喰らえって言ってなかったっけ?」
「ついでに飼い犬もクソだと思ってるけど、面白いことは嫌いじゃないって言わなかったっけ?」
ああ、なるほど。
シルトは、「お弟子さんもこの間ぶり」とリーゼに微笑む。
「ちょっと心配してたんですけど、お元気そうで、何よりです。今日はコウくん一緒じゃないんですか?」
リーゼが笑顔で言葉を返すと、彼は肩を竦めた。
「あの記者崩れが店を宣伝してくれたお陰で、人手が足りなくてね。コウは手伝いに駆り出されてるよ」
「あー…、間に合わせっぽい感じだったけど、ガーデニアニュースに載ったら凄いだろ。良いのかー? お兄ちゃんは手伝わなくて」
「コウは、絶対見に行くって半泣きだったけど。せっかくの機会だし」
何の、と聞き返そうとしたフィルの懐に、シルトは唐突に踏み込む。
その暗い灰色の瞳に、閃くもの。
「君と本気で戦える機会を、逃す手はないよね」
それはやはり、獰猛な歓喜だった。
戦闘狂め。
首元に喰い付かれそうな距離に、フィルは自然と後ずさった。
「あのな」
大会はあくまで「試合」。
多少の怪我はともかく、彼の言うような「本気」での戦いは基本的に禁じられている。
言い聞かせようとしたフィルの背後で、とん、と砂を蹴る音。
リーゼが微かに、「あ」と声を上げた。




