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ロストクラウン  作者: 柿の木
第四章
72/175

1、再会は舞台で




「そうなんですか。それじゃあ、ティントさんに感謝しないとですね」


 数歩先を跳ねるように進んでいたリーゼが、振り返って微笑んだ。

 陽の昇り切った、正午前。

 明日の客足を見越して、すでに元工業区の広い道にはずらりと屋台が並んでいる。

 色深い緑地にはステージのようなものまで用意され、飾られた色とりどりの旗が風で揺れていた。

 店の数は勿論、明日からの人出もかなりのものになるだろう。


「私、大会興味あったんです。凄く良い修行になりそうですし」


「…そーですか」

 

 突然「大会に出る」と言い出したフィルに、リーゼは当たり前だが、多少驚いたようだった。

 だがティントの論文から派生した事情を聴いて、彼女はあっさり納得。

 それどころか、大会に出られる巡り合わせを喜んでいる。

 なかなかどうして、とんでもないお嬢さんだ。

 慰霊碑でもある入場口前の噴水で一礼して、フィルとリーゼはコロシアムへと踏み込んだ。

 今回は客席ではなく、控室を抜けて舞台へと出る。

 砂を踏みしめて、リーゼが「わ」と小さく声を上げた。


「これは、出発ラッシュ以上だなー」


 舞台はかなりの広さのはずだが、それを埋め尽す人の群れ。

 砂の色が見えないほどの、混雑。

 GDUのチーム分けを見に来た、参加者だ。

 人酔いしそうだと思わず眉を顰めたフィルに対して、リーゼは興味津々。

 彼女は背伸びをして、辺りを見渡した。


「本当に、色んな人が参加するんですね。優勝候補のポートリエ姉妹とかイグの自警団とかも、来ているんでしょうか?」


「や、チームでエントリーしたとこは来る必要ないしな。俺らみたいに、メンバー足りてない奴しか来てないと思うけど」


 つい釣られて、フィルも参加者を見回した。

 やはり案内人が多い印象だが、明らかに一般人や野良も混じっている。

 大会は、五人一チームの団体戦。

 一応フィルとリーゼはペアでエントリーしているらしいから、残りの三人はここにいる誰かになる。

 変な奴に当たらないと良いが。


「フィルさん、もうちょっと奥まで行きましょう。ここじゃ、全然見えないです」


 リーゼは舞台中央を指して、フィルを引っ張った。

 この発表のために用意されたお立ち台には、布がかけられた掲示板。

 まだ誰もいないが、きちんとマイクが準備されている。


「別に焦んなくても、同じチームになった奴が探しに来るって」


「そんな受け身じゃ、来る仕事もそのうち来なくなっちゃいますよ」


「…う」


 ぐいぐいと引っ張られて、人の間をすり抜ける。

 その視界の隅を、ちらりと銀色が掠めた。

 不自然なほどに綺麗なその色は。


「あ」


 フィルは思わず、ローブを掴んでいたリーゼの手を取った。

 彼女は想像以上の速さで振り返ると、「何ですかっ」と鋭い声を出す。

 慌てて手を離して、「いや、あれ」とその人を指差した。

 リーゼは金色の丸い眼を瞬かせる。


「………え、白焔さん?」


 人ごみで、一際目立つ銀髪。

 その周囲だけ人が少ないのは、偶然だろうか。

 どこか冷めた表情の彼は、視線に気付いたのか、ふっとこちらを振り返った。

 フィルとリーゼを認めると、にやりと笑う。


「やあ」


「「………」」


 ひらひらっと手を振ったシルトは、のんびりと近寄って来ると「やっぱいたね」と妙に嬉しそうに言った。


「いなかったらやめようかと思ったけど。会えて良かったよ」


 面倒事の多かったサナの依頼で出会い、何の冗談か、夜の砂海を歩いた仲だ。

 こんなところで再会するとは思ってもみなかったが、相変わらずの自由人ぶり。

 残党がどうのと言っていても、ウェルトットで大人しくしているような性格でもないだろうが。


「元気そーだな。シルト、出んの? GDUなんてクソ喰らえって言ってなかったっけ?」


「ついでに飼い犬もクソだと思ってるけど、面白いことは嫌いじゃないって言わなかったっけ?」


 ああ、なるほど。

 シルトは、「お弟子さんもこの間ぶり」とリーゼに微笑む。


「ちょっと心配してたんですけど、お元気そうで、何よりです。今日はコウくん一緒じゃないんですか?」


 リーゼが笑顔で言葉を返すと、彼は肩を竦めた。


「あの記者崩れが店を宣伝してくれたお陰で、人手が足りなくてね。コウは手伝いに駆り出されてるよ」


「あー…、間に合わせっぽい感じだったけど、ガーデニアニュースに載ったら凄いだろ。良いのかー? お兄ちゃんは手伝わなくて」


「コウは、絶対見に行くって半泣きだったけど。せっかくの機会だし」


 何の、と聞き返そうとしたフィルの懐に、シルトは唐突に踏み込む。

 その暗い灰色の瞳に、閃くもの。


「君と本気で戦える機会を、逃す手はないよね」


 それはやはり、獰猛な歓喜だった。

 戦闘狂め。

 首元に喰い付かれそうな距離に、フィルは自然と後ずさった。


「あのな」


 大会はあくまで「試合」。

 多少の怪我はともかく、彼の言うような「本気」での戦いは基本的に禁じられている。

 言い聞かせようとしたフィルの背後で、とん、と砂を蹴る音。

 リーゼが微かに、「あ」と声を上げた。





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