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ロストクラウン  作者: 柿の木
第四章
71/175

0、初夏は七日遅れて




GARDENIA NEWS 1170.5.8


第七王子殿下、ガーデニアにご到着


 9日より開催されるGDU主催の大会をご観戦予定の第七王子殿下、クラウス・セルディア・フィリランセス様が、本日ガーデニアにご到着された。

 当初は母君の第四貴妃セルディア様がご一緒されるご予定であったが、月移りの定例会議と重なり、この度殿下お一人でのご訪問となった。

 クラウス殿下は、セルディア様のご意向で王位継承権を早くに放棄されており、現在は首都高等教育機関で講師もされている、砂獣研究の第一人者だ。

 殿下のご研究は主に砂獣の医療活用がテーマであり、ご執筆された数々の論文は不治の病に苦しむ人々を救う光明と諸外国にも高く評価されている。

 今回の大会のご観戦も、「砂海に関わる多くの方々が、私の研究を支えている。その感謝を示すことが出来れば」と殿下ご自身が強くご希望されたという。


 今朝方、中央鉄道の終点ガーデニア駅構内で殿下を迎えたのは、無論GDUを支える1stの面々であった。

 その中から、殿下の護衛に加わったのは凪屋のイリア・リリエル氏である。

 彼女は粛清の前年イグで起こった人喰い騒動の折に活躍し、それを評価されて26歳という若さで1stに昇格した。

 今なお、『姫』の愛称で親しまれる凪屋唯一の1stである。

 大会期間中はGDUにご滞在されるご予定の殿下を、大会の閉幕までGDUが全力で警護にあたる構えだ。

 我々の取材にクラウス殿下は、「無理を言ってGDUには随分と迷惑をかけてしまいましたが、みなさんと大会を楽しめることを純粋に嬉しく思います。参加される方々には、怪我なく全力を出して大会に臨んで頂きたいですね。私も、精一杯応援したいと思っています」と、楽しげに語って下さった。

 

 本日の正午には会場となる粛清の遺構で、大会のチームが発表される。

 チームでのエントリーを行った参加者以外は、GDUがまとめてチーム分けを行う。

 優勝候補も、まだまだこれから登場しそうだ。

 大会の開催は、明日。

 目が離せない大会の様子は、随時ガーデニアニュースでお伝えする予定だ。






 そして手元にあるのは、怖いおじさんが持って来た大会専用の叡力カートリッジだ。

 受け取ったフィルは嫌な顔をしたが、レイグは一向に構わずフィルが出したコーヒーを飲んだ。


「ご友人の論文はきっかけに過ぎません。そもそもは貴方が、自己流で叡力の組み合わせなんて真似をした所為だと思いますが」


 前科がありそうな風貌で、穏やかに、けれどどこか批難を滲ませて彼は笑った。

 案内人管理課なんて言っているが、元々は監守。

 不穏な声音に、フィルは反射的に「すみません」と謝った。

 組み替えた足がテーブルに当たって、レイグは「失礼」と短く詫びる。

 フィルの居住スペースのはずなのに、この圧迫感は何だろう。

 一々、怖い。


「貴方の大会出場に関する制約は、ありません。けれどGDUは、貴方を擁護出来ません。出来るだけ目立たない方が、無難でしょうね」


「…え、いや、大会に出ないって選択肢はないんですか?」


 冷ややかな視線が返って来て、フィルは黙り込んだ。

 この展開は、果たして自分の所為だろうか。

 いや、違うような。


「殿下たってのご希望です。諦めて参加しなさい」


「………命令形」


 そこまで想定しろというのは、無理な話だ。

 そもそも。

 フィルが閃光弾の裏ワザをティントに教え、ティントは言わずもがな、それに興味を持って理論を論文にまとめて学会で発表した。

 その論文に共著者としてフィルの名を載せたのは、研究者としては常識の範囲内の行為だ。

 学会に参加していた砂獣研究の第一人者が、大会を観戦予定の第七王子で。

 その人が、ティントの論文に載っていたフィルの名を憶えていて。

 そしてガーデニア市長に直々、「ぜひ戦い振りを見たい」とご発言する。

 どんな因果だ。


「団体戦で何よりですよ。観客の注目も、分散される。貴方が上手く立ち回ればですが」


 立場上、過去の諸々が公になるのは面倒なのだろう。

 案内人でなければ起きていないような早朝に、わざわざレイグがフィルの案内所まで来たのは、恐らくその念押しのためだ。

 ご丁寧に、ティント開発の大会専用叡力カートリッジと、フィルとリーゼを大会にエントリーしたなんて事後報告までおまけに引っ提げて。

 随分と乱暴だが、レイグの様子を見れば彼の本意でないことは確かだ。

 市議会からの圧力、そしてGDU内部の、「フィルの事情」を知る人々に混乱があったことは容易に想像出来る。

 咽喉元まで出かかった拒否の言葉を、飲み込んだ。


「…結果までは、お約束出来ませんよ?」


「構いません。一回戦で負けても、優勝しても、別段問題はありませんから」


 そこでレイグは鋭い双眸を細め、付け加えた。


「監守として、貴方が注目を浴びないよう多少工夫はさせて頂きます。安心して下さい」


 それは、裏工作と言いますが。

 フィルは頷くのも躊躇われて、曖昧に返事を濁した。

 聞かなかったことに、しよう。







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