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ロストクラウン  作者: 柿の木
第三章
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20、帰宅




 多分、ウェルトットまで帰れる。


 白焔の勘は、結局正しかった。

 砂海にぽかりと口を開けた地下室は、その役目通りウェルトットの街中まで未だに繋がっていた。


「例の野良たちの溜まり場に似てたんだよね。コウたちを砂海に連れ出すのに使ったって考えるのが自然だし」


 白焔はさらりとアルコールを呷る。

 ひらりと振った手に、渋い顔をしつつ酒場の主人が追加の酒瓶をテーブルに乗せた。


「せっかく生きて帰って来たんだし、君も遠慮せず飲みなよ」


「や、俺あんま飲めないし」


 時刻はすでに一般の朝食時。

 風はまだ少し強いが、天邪鬼な空は腹が立つような快晴だ。

 ぞろぞろと地下から這い出した時は、まだ夜明け前だった。

 寝落ち寸前のコウを背負った白焔に連れられて来たのが、あの酒場。

 何も言わなかったが、一応お礼のつもりなのかもしれない。

 そして済し崩しに、宴会状態だ。

 開店前に酒盛りなどさぞ迷惑だろうと思ったが、しかめっ面の親仁は酒の肴から年少組が喜びそうな軽食まで、黙って出してくれた。

 その上、リーゼはちゃっかりシャワーを借りている。

 至れり尽くせり。

 白焔とコウが身を寄せているのも、納得だ。


「へぇ、そーなの? 人生の半分は損してるよ」


「……ほっとけ」


 同じようなことを、ティントにも言われた。

 白焔はくぅっとグラスを空ける。

 飲みっぷりまで、似ている。


「んじゃあ、にいさんに代わっておれが…」


 肴を摘まんでいたサナが、グラスを押し頂く。

 顔色の変わらない白焔に対して、この人はかなり出来上がっている。


「あぁー…、ほんと、死ぬかと思ったぜ…」


 サナはグラスを持ったまま、テーブルに突っ伏した。

 カウンター近くのソファで寝ていたコウが、寝返りを打つ。

 ずり落ちた毛布を、主人が渋い顔のまま直した。


「なぁ、旦那、こうして酒を酌み交わす仲になったんだしよぉ、こっそり、教えてくれたって良いだろ?」


「何を?」


「だーかーらー、旦那が『クラウン』だろって話だよ!」


 サナは顔だけ上げて、未練がましく食い下がる。

 白焔はちらりとフィルを見た。

 フィルも、流石に肩を竦める。


「あのさ、今回の件でわかったと思うけど、僕戦闘はともかく、砂海に関してはこっちの飼い犬さんに幾分か劣るよ?」


 すぱっと言い切った白焔に、サナは勿論フィルも眼を丸くする。

 白焔は特に気にした様子もなく、「それこそ、証拠、なんじゃないの?」と不思議そうな顔をした。


「仮にも案内人のトップが、それじゃマズイよね?」


「…………」


 果たして納得したのか、或いは聞き出すのは困難だと諦めたのか。

 サナは「うう」と唸って顔を伏せた。


「ま、三流のタグをぶら下げといて、随分ふざけた話だとは思うけどね。それとも飼い犬って皆そんな凄いわけ?」


 暗い灰色の瞳が探るように、光る。


「俺より凄い案内人なんて、それこそ数え切れないくらいいるよ」


 ルレンを筆頭に、多々。

 フィルはひょいとつまみを口に放り込んで、「それより」と笑う。


「いい加減、『飼い犬』呼び、やめてくんねえ?」


「じゃ、君も『白焔』呼び、やめなよ」


 彼は「シルト、って呼んで良いよ」と、にぃっと笑った。


「ユニオンも首輪付きもクソ喰らえだけど、面白い人は嫌いじゃない。強ければ、尚更ね」


「何か…、自由だな」


「そう。気ままで良いよ? 君も首輪を捨てたら良いのに」


 簡単に言ってくれる。

 彼は椅子の背もたれに寄りかかって、またグラスを空けた。

 良いかどうか、決められることじゃない。

 こういう生き方も、ありだ。

 やけ酒の末、沈没したサナに、親仁が適当に毛布をかけた。

 飲み食いしながらだらだらと話していると、畳んだタオルを持ってリーゼが戻って来る。

 彼女はそれを主人に渡して、ぺこりと頭を下げた。

 少しばかり印象が違うのは、乾き切っていない髪のせいだろう。


「ところで、彼女とどういう関係なわけ?」


「師弟」


「へえ。てっきり、デキてるのかと思ったけど」


「シルトさん、そーいうこと言うと、噛みつかれる」


 リーゼは酔い潰れたサナを避けて、フィルの隣に座った。

 フィルとシルトのやり取りは幸運にも耳に入らなかったようだが、彼女は首を傾げる。


「何か、仲良くなってます?」


「仲良くはなってないよ」


「……そこは否定すんだ」


 リーゼは、「いいですけど」と少し不満げな顔をした。

 それから軽く手を合わせて、テーブルに並んだ軽食に手を伸ばす。

 一呼吸置いて、シルトは「巻き込んで悪かったね」とあっさり言った。

 リーゼはじっと彼を見て、首を振る。


「連れてかれた時のこと、覚えてる?」


 そう聴いたシルトの眼は、やはり鋭い。

 砂海では一蹴したが、「もう一人」のことが気にかかっているのだろう。

 フィルも「撃たれた」ことは、一応彼に伝えている。

 今回の件、まだ仲間がいるのなら危険なのはシルトとコウだ。

 リーゼは出された冷たいお茶を飲んで、「ほとんど…」と首を振った。


「フィルさんが部屋から出て行ったのは何となく覚えています。その後すぐに鍵が開く音がして…、戻って来たのかなってぼんやり思ったんです」


 リーゼは記憶を辿るように、こめかみに指先を当てた。


「……強烈な違和感は残ってるんです。フィルさんじゃないって。だから、顔を見たような気も、するんですけど」


 思い出せなくて、と呟いて、彼女は「すみません」と謝った。

 人質にするには手頃そうな少女に見えるが、リーゼとて案内人の端くれ。

 あの地下室跡を使ったにせよ。

 彼女を攫った手際の良さと、ごろつき同レベルの野良たちが、どうも繋がらない。


「あと、あまり関係ないかも、しれないんですけど…。砂海で気が付いた時、私ちゃんと砂避けのローブ着ていたんです。剣も叡力筒のポシェットも、ベルトに付いたまますぐ近くに落ちていて」


 けれど、男たちの姿はなかったと言う。

 シルトは不愉快そうに、鼻を鳴らした。


「むかつくね。意趣返し、というより、試されたような感じで」


「試された?」


「…簡単に復讐するのなら、コウくんだけ砂海に連れ去って、その事実を白焔さんに伝えれば良いですもんね」

 

 例え砂海のどこにいるかわからなくても、彼はコウを探しに行っただろう。

 実際、そうしようとしたのだ。

 けれどリーゼを巻き込んだことで、彼女は浮標代わりとなり、同時にコウを守ることになった。

 そして。

 フィルの叡力銃を弾いた、何か。

 シルトの命を狙うなら、彼を撃てばそれで済む。

 すっきりしない。


「で、あいつらは?」


 フィルの問いかけに答えたのは、意外にも酒場の主人だった。


「救護院で拘束してもらった」

 

 低い声で言う。

 対処が速い。


「良いよ。コウも顔見てないって言ってたし、探しようもない。用があるなら向こうから来るでしょ」

 

 ただでは、おかないけれど。

 シルトはそういう顔で、微笑む。

 リーゼはふと、「でも、そういうことなら」とサナをちらりと見た。


「今回のこと、記事にしない方が良いですよね? 万が一まだ仲間がいたら、サナさんまで狙われちゃうかもしれませんし。起こし、ます?」


「あー」


 取材が出来るのは今日までだ。

 明日の朝には、ガーデニアに帰らなくては。


「ま、そこまで面倒見なくても、いいかな」


「…そう、ですね」


 フィルとリーゼは数日の苦労を思い返して、頷き合った。






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