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ロストクラウン  作者: 柿の木
第三章
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19、逃げ道 帰り道




「あ、そこ、気をつけなよ?」


 頭上で、木戸が閉まる重い音がする。

 慣れているとは言え、閃光弾を撃った後の暗闇。

 フィルは軽く眼を押さえる。

 白焔のどこか楽しげな声に、問い返そうとした瞬間。

 崩れた最後の一段で、踏み外す。


「う、わっ」


 見事に転んで、受け身を取った。


「ダッサ!」


 叡力ライトの柔らかい光の中、座り込んだコウがけらけらと笑った。


「にいさんのそーいう締まらないとこ、おれは割と好きだけどなぁ」


「僕以外は全員そこですっ転んだから、気にすることないよ」


 階段から真っ直ぐに伸びる石造りの地下室。

 その壁に背を預けて、白焔が心底楽しそうに言った。

 コウの隣に座ったサナが、徐に腰を擦って「バラすなよー、旦那」とぼやく。

 フィルは木戸を見上げる。

 微かに聴こえた木戸を引っ掻く音も、すぐに聴こえなくなる。

 街が砂に飲まれた時の避難通路なだけあって、入口も強固だ。


「な、すげーだろ。さっき、ねーちゃんと見つけたんだよな?」


 誇らしげなコウに同意を求められて、リーゼの肩が跳ねる。

 五人の丁度、真ん中。

 置かれた叡力ライトが、リーゼの顔を青白く照らす。


「……わ、私、夢中で…」


 組んだ指先が、力を入れ過ぎて震えている。

 我に返った、といったところか。

 フィルは叡力銃を仕舞って、息を吐いて立ち上がる。

 きょとんとしているコウに対して、サナは気遣わしげに眉を寄せた。


「にいさん、おれが口出すことじゃねえけど、おじょうさんの気持ちもわからんでもないし…」


「ま、実際全員無傷なわけだしね」


 白焔までも、それとなくリーゼを庇う。

 けれど二人の言葉にリーゼは少し落ち着いたのか、顔を上げてフィルを見つめた。


「…いいえ。周りを巻き込んだ、危険な単独行動でした」


「うん」


「砂狼に囲まれていたのに、あんな風に動いたりして…。扉が開かなかったり、中が砂に埋もれていたり…、砂獣が棲みついている可能性も、あったのに」


 リーゼはぱっと頭を下げて、「申し訳ありませんでした」と謝る。

 何か言いかけたコウの口を、サナが塞ぐ。


「なるほど、わかってんだな?」


「…………はい」


 頭を下げたままのリーゼに、フィルは肩を竦める。

 悩んだ末、その頭に軽く拳を乗せた。


「俺も色々馬鹿やったけど、寿命縮んだぞ」


 とんだ勝負師だと笑うと、リーゼはばっと頭を上げた。


「怒って、ないんですか?」


「一応怒ってます」


「……」


 しゅんと項垂れた弟子に、フィルは笑いを堪える。

 要するに、心底心配されたのだ。

 フィルの行動が、自己犠牲に見えたのかもしれない。


「あのな、リーゼ。俺、そんな弱そに見えるか?」


 リーゼは眼を丸くして、慌てて首を振った。


「じゃ、もう少し信頼してくれっとありがたいな。無傷でとは言わないけど、あれくらい切り抜けるの、訳ない」


 あの条件なら、白焔より有利に立ち回る自信がある。

 コウとサナが退避してくれれば、尚更だ。

 リーゼは、ゆっくり頷く。


「案内人は、生きて帰んのが絶対。安易に、命を捨てるような選択はしない」


「はい」


「わかればよろしい。ま、心配させて、悪かったよ」


 リーゼは何故かぎゅうっと眼を瞑って、フィルの砂避けのローブをそっと掴んだ。

 息を詰めていたサナが、ふぅーっと長い息を吐く。


「よし、一件落着だな!」


「って、上手く行けばいいけどね」


「…怖いこと言うなよ、旦那。まとまりが良くて締めくくりにぴったりじゃねえか」


 まだ記事にする気でいたのか。

 呆れた視線を送って、フィルははたと気付く。

 白焔が「気付いた?」と肩を揺らして笑った。


「サナさん、糸」


「…………………」


 ぴた、とサナが止まる。

 恐る恐る広げるその両手に、糸は影も形もない。


「おっさん、失くしたのかよっ!?」


 コウとリーゼが慌てて足元を探る。


「遭難したねぇ。これは終わったかな」


 白焔はお手上げのポーズで首を振った。


「う、おれも夢中でっ! にいさん、何とかなるよな? 携帯通信端末で連絡して、ウェルトットから助けに来てもらったり…」


 フィルは携帯通信端末の本体を押さえて、苦笑する。


「ここじゃ無理ですよ。完全に通信切れてます。今GDUの情報上じゃ、死亡状態ですね」


 生体反応なし。

 携帯通信端末ごと、砂獣に喰われたと判断される状況だ。


「割とありますけどね、こういうこと」


「割とあってたまっか!」


 元凶は叫んで、それから「おれのせいかー…」と頭を抱えた。

 リーゼは気付いたようだが、コウまで悲愴な顔になる。

 これ以上からかうのは、流石に良心が咎めた。


「大丈夫ですよ。ウェルトットの方角はわかってますから、夜明けで確認すれば帰れますって」


「夜明けまで外にあいつらがいたらどーすんだよ…」


「んな暇じゃないですよ、砂獣も。一応獲物にありつけたはずですし」


 死肉も喜んで食らう砂狼が、あの黒い砂獣を放っておくはずがない。

 万が一夜明けで方角を確認出来なくても、細々GDUに探知を依頼して歩けば帰路はわかる。

 面倒だが。


「それも良いけどさ」


 白焔がくいと親指で、奥を指した。


「進んでみない?」


 まさかの提案に、コウ以外は先の見えない暗闇と白焔を交互に見た。

 フィルは叡力ライトを拾い上げて、その先を照らす。

 光は吸い込まれて、気配がしそうなほどの闇にサナが息を飲んだ。


「兄ちゃんが行くなら、僕も行く!」


 白焔は灰色の瞳を細めて、「君たちも来るでしょ」と手招く。

 射抜くようだった視線が、いつからか随分と和らいでいる。


「多分、ウェルトットまで帰れると思うんだよね」


 白焔は「ほら、行くよ」と、当たり前のようにフィルたちに言った。





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