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ロストクラウン  作者: 柿の木
第三章
67/175

18、悪戦突破

 



 砂狼、とサナが呟く。

 唸り声が幾つも風に混じった。

 ふっと姿を見せる影を見渡す。

 完全に、包囲されている。


「…大所帯だね。面白いじゃん」


 白焔はにっと笑う。


「お、面白くねぇよ…! 流石にピンチだろ」


 自然と背中合わせに集まって、サナが頭を抱えた。

 リーゼは無言のまま剣を抜いたが、やはり何か言いたげにフィルを見た。

 砂狼自体は、そう手強いわけではない。

 だが、多い。

 アルフを襲った群の倍はあるだろうか。

 白焔がコウを下ろした。


手甲(それ)で突っ込むつもりか? 囲まれると無傷じゃ済まない気がするけどな」


 飛び出して行きそうな白焔を止めると、彼は「だろうね」と平気な顔で頷く。

 どんなに速くても、限度がある。

 一気に襲いかかられたら、接近特化の手甲では捌き切れない。

 サナとコウを守りつつフィルが援護に回るとしても、やはり無傷では済まないだろう。


「でもさ、それ以上の選択肢ってある?」


「突破しよう」


「……本気?」


 フィルは叡力カートリッジを、閃光弾に替える。

 突破地点は、糸が続く先だ。


「サナさん、コウ背負って。リーゼはサナさんの護衛。白焔、先陣行けるよな?」


 砂狼の包囲が、じりじりと狭まる。

 彼らも、隙を見極めたら一気に来る。

 その前に、動くべきだ。

 ここは素直に従うべきと判断したのか、サナは何も言わずにぼんやりしているコウを背負った。


砂海(ここ)じゃ、君の判断に任せた方が良さそうだね」

 

 白焔も頷く。

 リーゼだけが、「でも」と弱く首を振る。


「俺が閃光弾撃ったら、一気に駆け抜けろ。何匹かついてくと思うけど、多少はそっちで対処出来るだろ」


「ま、こっちは問題ないけど」


「ちょっと、待って下さい!」


 叡力銃を構えたフィルの腕を、ぐっとリーゼが押さえる。


「フィルさん、残るつもりなんですか!?」


「リーゼ、声」


 これだけの数の砂狼と、サナとコウを守って戦うのは、現実的じゃない。

 包囲の中に獲物が残れば、追跡の激しさも程度が知れる。

 リーゼはぐっと言葉に詰まって、けれど静かに「嫌です」と言った。


「だったら、私も残ります。残って、一緒に戦います」


「リーゼ」


 どこか追い詰められたように、彼女は腕を掴む手に力を入れた。


「ど、どーすんだよ?」


「……そろそろ、来るよ」


 サナと白焔に急かされて、フィルはリーゼの手をそっと退ける。


「逃げる方が、隙があるのはわかるだろ? コウとサナさん守れ」


「…………」


 その眼を見れば、納得していないのは歴然。

 これくらい、何でもない。

 それを、説明している時間がない。


「嫌です…。だって」


「ねーちゃん…」 


 サナの背中で、コウが小さく声を上げた。

 振り返ったリーゼに、コウは後ろを見るように指差す。

 斃れている黒い砂獣の、向こう。


「あそこのさ、あれん中に、みんな一緒に逃げればいいじゃん」


「…あ」


 リーゼは何か思い当たったように、コウに頷いた。

 そのまま、さっとフィルを見る。

 あ、何かやらかす。

 気付いた時には、遅かった。

 リーゼはコウが指差した方向へ、突然駆け出す。


「っ!」


 それを、黙って眺めている砂狼ではない。

 一気に、場が動いた。

 あーあ、と妙にのんびりと白焔が言った。

 叡力カートリッジを入れ替えて、フィルはリーゼを追う。

 一人で動いた彼女を狙って、数匹が先行して駆けて来る。

 リーゼはひょいと砂獣の骸を跳び越え、何故かしゃがみ込む。

 フィルは砂に手をついた彼女を追い抜いて、叡力銃を撃った。

 断末魔もなく、砂狼が砂を転がる。

 離れると、危険だ。

 コウを背負って「もう勘弁!」と叫びつつ、サナが付いて来る。

 追い立てたのは恐らく白焔だろう。

 二人を守りながら、白焔も砂狼を殴り飛ばした。

 それだけ確認して、装填の間ぎりぎりで続けて引き金を引く。


「リーゼ、何して」


 斃れた仲間を乗り越えて、更に獣が迫る。

 きぃ、と軋む音がしてフィルは思わずリーゼを振り返った。


「…フィルさん!」


 リーゼは、砂が零れる木戸を押さえていた。

 夜の中でもそうとわかる、暗い階段。

 地下室の、成れの果てだ。


「すげえな、おい! 助かった!」


 追いついたサナがコウを背負い直して、興奮したように高い声で言う。

 そのまま逃げ込もうとする彼を、フィルは鋭く制して。


「白焔!」


 砂狼をまとめて蹴った白焔に、叡力ライトを投げる。

 縺れあいながらも起き上がった獣を、撃ち抜く。


「りょーかい」


 彼は笑って、地下室に駆け込む。

 何か居ても、彼なら何とかするだろう。

 焦れたように、サナが足踏みをした。

 リーゼが立ち上がって、サナを守るように剣を構える。


 咆哮。


 僅かに怯んでいた獣が奮い立つように、砂を蹴る。

 

「いいよ!」


 そこに、白焔の合図。

 固まっていたサナを、リーゼが押す。


「うお…っ」


 サナとコウが地下室に転がり込む。

 フィルは叡力銃を撃ちながら、剣を抜いた。


「リーゼ、行け!」


「はい…!」


 ひゅっと空を薙いだリーゼの剣筋に、砂狼が飛び退く。

 その隙に、彼女も二人に続いた。

 一瞬振り返ったリーゼに、フィルは頷く。

 迫り過ぎた相手を、斬る。

 飛沫を避けて、引き金を引いた。

 鈍い音を立てて、被弾した砂狼の頭が弾ける。

 とっと後退して、叡力銃に嵌める青いカートリッジ。

 絶命した砂狼の体に、向けて。

 

 閃光が、散る。


 フィルは踵を返して、影の中、口を開けた入口に駆け込んだ。





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