14、三人
冗談だろ、とサナは言った。
そう思いたいのは山々だったが、彼女がそんな質の悪い冗談を言う性格ではないのはフィルも良く知っている。
何でそんなことになっているのやら。
押しかけた外門で、困惑する門番を半ば強引に振り切った。
経緯がどうあれ、彼女が「砂海にいる」と言うのなら、事実そうなのだろう。
真相究明なんて後回しだ。
月影が雲間から、夜の砂海に落ちる。
携帯通信端末を操作しようとしたフィルの脇を、白焔がすり抜けた。
「じゃ、先行くから」
「…待てって。どーやって二人を見つける気だよ」
銀髪を風に揺らして、彼は振り返りもしない。
「君たちに付き合ってたら手遅れになりそうだし」
フィルは苛立ちを紛らわせるように、息を吐いた。
彼が焦る理由。
コウくんも、一緒にいるんです。
そう、リーゼが言ったからだ。
その後通信に入った声は、確かにあの生意気そうな甲高い子どもの声。
もっとも、それはフィルのイヤホンをひったくった白焔が応答したことで泣き声に変わった。
流石に顔色を変えた彼の様子から、それがコウなのは確かなようで。
「虱潰しに探すのか? ちょっとは落ち着け」
「悠長なこと言ってるね。連れの彼女だってどうなるかわからないのに」
夜の砂海。
リーゼが確認した限りでは、視界にフロートの光はないと言う。
最悪だ。
「だからだろ。ただでさえ人出がねえんだ。協力しなきゃそれこそどうなるかわかんねえ」
「協力? こんな時に冗談言ってる? 飼い犬の『三流』が」
話が前に進まない。
そもそもGDUに探知をかけてもらわないと、彼女たちがどこにいるかすらわからないのに。
踏み出す方角も不確かなまま、白焔は歩き出そうとする。
「…意外と器の小っせー男だな」
「はあっ?」
振り返った白焔に、フィルは「アンタのことだよ」と指を突き付ける。
「時間がないのわかってんだろ? だったら飼い犬でも三流でも利用してやろう、くらいに考えねえかな。うだうだ言ったって、リーゼの端末探知すんのが確実だってアンタも理解出来るだろ」
「…………」
「仮にも案内人なら確率で考えろよ。それでも手は借りないって格好付けたいんだったら勝手にやってろ」
白焔はじっとフィルを見たが、その眼に苛立ちはなかった。
正論を叩きつけられて逆上しないのは予想外。
切羽詰まっていたはずの彼は、面白がるように瞳を細めた。
「…そーだね、悪かったよ」
拍子抜けなほどあっさりと謝られて、フィルはこっそり用意していた暴言の数々を飲み込む。
「いやー、ライバル同士が手を組んで夜の砂海に…。いいな、オイ。こりゃウケるぞ…!」
その上呑気な独り言が背後から聞こえて来て、行き場を失くした苛立ちが萎れる。
「…サナさん。何でついて来たんですか」
「は? 何でって……」
サナはガッツポーズを隠して、真面目な表情をする。
「いや、あいつらがおじょうさんとクソガキを攫って砂海まで連れてったんなら、おれにも責任があるだろ? それなりに砂海にゃ慣れてるしよ、力になれればって思ってな」
本心じゃないとは言わないが。
ウケるとか言ってたぞ、この人。
突っ込んだら負けだ。
フィルは雑念を振り払って、改めて携帯通信端末を操作した。
相手は勿論、GDU。
コール二回で、きっちり。
『こちらは、ガーデニア砂海案内組合。案内人管理課レイグ・オルシウスです』
「……ぅぐ」
『………フィル・ラーティア、ですね。こんな夜更けに、急用ですか?』
バレてる。
だが取り繕う暇もなく、フィルは諦めて「はい」と答える。
「至急3524の探知をお願いします」
『わかりました』
良く響く柔らかい声が、淡々と答える。
端末を操作する音を聴きながら、思わず「ラテさんは?」と訊く。
『今何時かわかっていますよね? こんな時間に受付はいませんよ』
「そー…ですね。お疲れ様です」
『緊急なのでしょうから詳細は、改めて、訊かせてもらいます』
一瞬沈黙したレイグが、『位置特定完了です』と静かに言った。
ラテの探知に引けを取らない。
速い。
『ウェルトットの外門から、真っ直ぐ西ですね。距離はフロート四区間程度。完全に、ルートから外れています』
フィルはさっと西に視線を走らせる。
意味を悟って、白焔とサナもその方向を見遣った。
生温い風が砂を撒き散らす。
フロート四区間。
フィルが誘われて部屋を出てからリーゼの通信があるまで、そう時間は経っていない。
二人を連れ去った誰かがどれほど砂海に慣れていたとしても、行って帰って来られる時間ではない。
恐らくは、そいつも、まだ砂海にいる。
「ありがとうございます、レイグさん。場合によってはまた探知を頼むかもしれないので、よろしくお願いします」
『……良いでしょう。貴方のことですからそんなに心配はしていませんが、あまり無茶なことをするようでしたら容赦なく処罰しますので、そのつもりで』
ルートを外れての人命救助は別に処罰対象ではないような。
ぷつりと切れた通信に苦笑する。
或いは、怖いおじさんなりの激励なのかもしれない。
フィルは特定された位置を改めて、白焔とサナに告げた。
ウェルトットの英雄に、ガーデニアニュースの記者。
目的は一つだが、メンバー間に信頼関係はゼロだ。
一抹の不安を無視して、フィルはリーゼに通信を入れた。
「じゃ、今から行くから。待ってろ」




