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ロストクラウン  作者: 柿の木
第三章
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12、乱闘未遂




「………」


 ひくっと口元を引き攣らせたサナを、そいつは背後から覗き込む。

 斬新な刈り込み。

 そして夜店の赤い灯を反射する、独特の装飾品。


「楽しそうな話してんじゃねェか。なあ、おっさん」


 関わり合いになると面倒臭そうな男は、同じような男二人を引き連れてフィルたちを取り囲んだ。

 三人とも、趣味の悪い髑髏をあちこちに着けている。

 お仲間、なのだろう。


「ちょーどいい。オレらさあ、例の英雄さんのことでアンタに訊きたいことあんだわ」


「そうそう。オレらの周りまでちょろちょろしてさ、随分情報集まったんだろぉ?」


「英雄さんのことだったら何でも構わねェぜ? どこに住んでんのかとか、家族とか恋人とかいんのかとかさァ」


 オレら白焔さんの追っかけでよ、と彼らは一斉に哂った。

 自然と周囲から人が消える。

 遠巻きに成り行きを見守る人々は、面白がって観客モードの案内人と、明らかに男たちに敵意を向ける住民。


「…何が、大丈夫なんでしょうね」


「すまん」


 ほら、碌なことがない。

 リーゼの呟きに、サナは頭を垂れる。


「おっさん、聞いてる? 耳遠いわけ? それとも連れの彼女に訊いた方が良いのかよ?」


 サナは意を決したように勢い良く立ち上がって、迫る男に「話すことはねえ」と硬い声で答えた。

 フィルは頬杖をついて、右耳を押さえ込む。

 はあ、と溜息を吐くと、刈り込みの男が苛立ったようにフィルの肩を掴んだ。


「つまらなそうじゃねェか。じゃ、まずアンタに訊こうか? あ?」


「気に障った? そりゃ、申し訳ない。だけどさ、その人大した情報持ってねえよ?」


「そりゃ訊かねェとわかんねェだろ? アンタをボコしたら、良い話を思い出すかもしれねェしよぉ。なァ?」


 何が可笑しいのか、お仲間がげらげらと爆笑する。

 サナが悔しそうに舌打ちをした。

 フィルはちらっと夜店の店員を窺って、唸る。


「俺もここで乱闘騒ぎはちょっとな。修理代を請求されてもつまんねえし。おにーさん方さ、ここは一つ退いてくんねえ?」


「はア!?」


 フィルは男を見上げて、笑う。


「別に白焔の味方をするつもりは、今んとこないし、にーさんたちの邪魔をするつもりもない。それで勘弁して欲しいって話」


「にいさん、そりゃ、ちょっと情けなさ過ぎだぞ!?」


 文句を言うサナを無視して、「どう?」と頬杖をついたまま訊く。

 男はじっとフィルを見下ろして、「話になんねェなァ」と低く言った。


「なあ、嬢ちゃんに訊こうぜ? 野郎どもいまいち状況がわかってねえみたいだしよ」


 リーゼの後ろに回った一人が、彼女の肩に両手を置こうとする。

 だが、この状況で大人しくしているリーゼではない。

 彼女はその手を叩いて、さっと立ち上がった。

 抜きはしないが、ベルトに手を伸ばし、きちんと間合いを取る。

 叩かれた手を押さえた男はリーゼを睨む。


「このッ…!」


 ああ、もう。

 フィルは傍らの男の額に、すっとそれを向けた。


「動くな」


 振り返った男が、止まる。

 刈り込みの男は寄り目になって、自分の額に突き付けられた叡力銃を茫然と見た。


「お、お前ら、動くなよ」


 裏返った声で、仲間に命じる。

 フィルがゆっくりと立ち上がると、彼はじりじりと後ろへ下がった。

 それを追って、一歩踏み出す。

 額に当たる銃口に、男は色の失せた頬を痙攣させた。


「まあ、普通はこういう反応してくれんだけど」


 きんと音がするほど張り詰めた空気が、フィルの言葉で動く。

 静寂を守っていた観衆が、ざわめき出す。


「に、にいさん、そこまでしろとは…。お、落ち着け、話せばわかる。な?」


 何故かフィルを説得にかかるサナを、リーゼが「ちょっと黙ってて下さい」と冷静に制した。

 彼女の視線は真っ直ぐ、フィルの叡力銃に向けられている。


「さてと。で? どうすんの? 大人しく引っ込んでくれる?」


「ちッ……、下らねェハッタリかましやがって…」


 動けないくせに、言うことは一人前だ。

 フィルは「ハッタリかどうかはにーさん次第だけど?」と笑う。


「俺、首輪付いてるけどさー、割と不良なんだよ。だからGDUの規約とか、今更守る気もないし」


 向き合った男の視線が、フィルのタグに注がれる。


「出方次第では、撃っちゃうのもありかなと」


 くっとトリガーにかけた指に力を入れる。

 叡力を装填した銃が微かに振動する。

 それを額で感じて、男は怯えきった顔で「よせ」と弱々しく言った。


「でも、見逃してくれるってんなら撃たなくても済むかな」


 フィルは笑顔のまま、叡力銃で軽く男を押した。

 よろめいた男を、仲間が支えに来る。

 何か捨て台詞を言いかけた彼らは、ひたと向けられた銃口に言葉を飲んだ。


「し、仕方ねェ、見逃してやるよ」


「そりゃ、良かった」


 三人は数歩、ゆっくりと下がる。

 フィルが銃を下ろすと同時に、くるりと踵を返して観客を突き飛ばして転がるように逃げ去った。


 真っ先に笑い出したのは、ウェルトットの住民たちだ。

 やはり彼らは良く思われていなかったのだろう。

 ざまあみろとばかりに笑う人々に釣られて、サナが気の抜けた笑みを浮かべる。


「やー…、にいさん、流石。さっきの見事なやられっぷりが嘘みたいだな」


 満足したのか、風に浚われるように野次馬たちが散って行く。

 妙に嬉しそうな夜店の店員が「サービスしてやるよ」と、リーゼに大皿に盛られた肉の煮込みを押しつけた。

 フィルは叡力銃をホルダーに仕舞って、白々とサナを見る。


「褒めてます?」


「ほ、褒めてるって! 人間相手にすんのは得意じゃないとか言ってたくせによ」


「あれくらいの可愛げがあれば話は別ですって」


 大皿を持て余すリーゼからそれを受け取って、ぐらつくテーブルに置く。

 リーゼは一瞬じっとフィルを見たが、特に何もなかったかのように「食べ切れるでしょうか」と困ったように微笑む。


「サナさんが食うって」


「うおっ!? 手伝えよ!」


「ちゃんと取材しとかないと記事になんないんじゃないですか?」


 サナはぐっと言葉に詰まって、椅子にどかっと腰を下ろした。

 あー、うー、と唸ってから、ばっと頭を下げる。


「悪かった!」


「何か、さっきも見たような光景です」


「だなー」


 二人の冷めた視線に、サナは首を竦める。

 フィルは「個人的興味は結構ですけど」と、溜息を吐いて首を振った。


「白焔を追っかけんの、やめた方がいいですよ? ああいう手合がうろついてんなら尚更」


「……街中でボディーガード的なことしてくれたり」


「しません」


 リーゼがばっさりと言い切る。

 サナは「ケチー」とわざとらしく口を尖らせた。


「ガーデニアニュースの取材とはまた違うようですから、こればっかりはサナさんの判断ですけど。記者なんですから引き際は弁えてますよね? 巻き込まれると、大変ですよ。あれ」


「…………」


 白焔を追うことは、サナにとって仕事と言うよりは使命に近いのだろう。

 相手がかのクラウンだけあって、彼も手段は選んでいられないと言ったところか。

 それを敢えてとめるこちらの意図も、察して欲しいが。

 フィルとリーゼの顔を見て、サナは渋々、「わかったよ」と頷いた。




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