11、その名を冠する者
「でも嘘は吐いてねえぞ? ウェルトットでの取材はあくまで夜店グルメがメイン。白焔を追っかけてたのは、個人的な興味っていうか」
「個人的な、興味」
「おじょうさん、若干引くのやめてくれ」
クラウン、とフィルは呟く。
「あの人に、クラウンじゃないかって訊いてましたよね?」
サナは、どうだとばかりに大きく頷いた。
「おれはな、クラウン探してんだ」
「「………」」
フィルとリーゼは顔を見合わせる。
「えっと、クラウン違いですか?」
「だあーっ! おたくらのボスのことだって!」
クラウン、と聞けばガーデニアの住民でなくとも案内人たちの頂点に立つ人物であると答えるだろう。
GDUとして再編された今でも、1stたちの上にはクラウンがいるはずだ。
「クラウン探してるって…。探して見つかるもんでもないと思うんですけど」
フィルは戸惑いつつ言った。
1st以外に、クラウンが誰か知る者はいない。
それはユニオンの誓約にも記されている。
『粛清』の折にも、声明のみ。
あの前後1stたちと関わったフィルも、結局クラウン本人には会っていない。
「それに、あの人認可された案内人じゃなさそうでしたけど?」
ガーデニアで探した方が、と言いかけたリーゼに、サナはにやーっと笑った。
「それがそうでもねえんだなぁ」
「はあ?」
サナは手帳を開いて、身を乗り出す。
秘密が漏れないようにと、声を潜めた。
「粛清後、1stたちがクラウンを逃がしたって噂があんのさ」
「逃がした?」
首を傾げたリーゼに、サナは「そう」と頷く。
「クラウンはユニオンのトップ。んでもってガーデニアは本来案内人の街だ。要するにクラウンってのは、ガーデニアの王さまなんだよ。後から出しゃばって来た市議会がユニオンを解体するってのは、クラウンにとってみりゃ国を奪われるようなもんだ」
だから、逃がした。
1stたちが、いずれユニオンを再興させるために。
ガーデニア市長の招集にも応じず、『粛清』の説明責任すら1stたちに押しつけたのは。
クラウンがすでにガーデニアにいなかったから。
なるほど、筋は通っている。
「あの白焔の強さは、にいさんのお墨付きだ。ほら、クラウンっぽいだろ?」
「だろ、と言われても。そもそもクラウンなんて探してどうするんですか?」
「どうするって、にいさん、そんなの決まってるだろ? 独占インタビューだよ!」
がたっと椅子から立ち上がったサナを、フィルとリーゼは茫然と見上げる。
「クラウンの影響力っての甘く見んなよ、お二人さん。案内人のトップだぜ? あの化け物みたいな1stたちが揃って下についてんだぜ? 国内外に交渉したいって連中がどれだけいるか」
「いや、まあそうですけど。でもだから、誰かわかんないようになってるわけで」
「それを探し当ててのインタビュー! くぅ、ロマンだろ」
「……」
いつの間にかスープを飲み終えたリーゼが、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
サナの熱弁に感動した様子もなく、「でも私、クラウンって1stの中の誰かだと思ってました」とフィルに話を振る。
「普通に考えたらそうだよなー。いるかいないかすら良くわかってねえし。あ、でも、大会の優勝者が候補んなるんじゃねえかって一時期盛り上がったことあったな」
「大会って、延期された?」
「うん。今は団体戦になってっけど、ちょっと前まで個人戦だったんだ。だからクラウンの後継者探しに開かれてんじゃねえかってさ」
真偽のほどは定かではない。
長く続く初夏の大会は、GDU主催の無礼講。
1stたちは出ないが、野良でも、案内人ではなくても参加出来る。
リーゼは目をきらきらさせて、「面白そうですね」と意気込む。
中身は結構男前だ。
「討伐ショーより面白いんじゃねえかな。後継者云々はともかく賞金出るしさ、割と本気の試合を見れる。今年はリーゼもいるし、見に行っても良いかもな」
「出ないんですか?」
「いや、出んのは面倒!」
あっさり断ったフィルに、リーゼは「また」と呆れた顔をする。
「……――あのさ、おれの話聞いてました? お二人さん」
ロマンを存分に語り終えたサナが、フィルとリーゼの間に伸ばした手をひらひらと振った。
顔を上げた二人が首を振るのを見て、彼は肩を落とす。
「聞けよ! 白焔はウェルトットじゃ英雄だぜ!? 絶対、あいつがクラウンだって!」
「入れ込んでますね。ハクエンさんに」
「白焔は通り名だっての。凪屋の『姫』みたいなもんだ。名まえは、シルト。ここらで数年前から野良として案内人をしてんだと」
だがここ最近、ウェルトットには質の悪い野良の一団が集まっていた。
しかも使われなくなって久しい、砂海に飲まれた家の地下室を堂々とアジトにしていたのだとか。
危ないことこの上ないが、もともと地下室は繋がった構造。
封鎖し損ねたウェルトットの地下の一角に、砂獣に代わり野良が住み着いたのは、或いは幸運だったのかもしれない。
が、住民は大いに迷惑を被っていたようだ。
被害の情報が多く寄せられ、そろそろGDUが重い腰を上げようとした、そんな時。
彼は、たった一人でアジトに踏み込み野良を壊滅させた。
一団に悩まされて来た住民は大喜び。
白焔の通り名で、今や英雄扱いだそうだ。
「そろそろGDUがって時に先んじて白焔が動いた。おれの勘が何かあるって言ってんだ」
「……ちょっと待って下さい。じゃあ、あのヤバそうな人。その野良の残党ですか?」
サナは一瞬視線を泳がせた。
つまりは、そうだということで。
「まー、いいだろ? どうせ残党。大したことも出来ねえって」
言い切ったサナの背後から、ぬっと伸びた手が。
だん、とテーブルを叩いた。




