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ロストクラウン  作者: 柿の木
第一章
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5、目玉焼きと銃弾と




 まだ夜明け前の暗闇の中、セットしたアラームが健気に鳴り響いている。

 フィルはアラームのスイッチを切ると、身体を起こしてベッドに腰掛けた。

 ベッド脇の小窓から外を窺うと、薄雲が影になって空を覆っている。

 今日みたいな日は、所謂「出発日和」だ。

 フィルは着替えてすぐに携帯通信端末を付ける。

 右耳が塞がれていないと落ち着かなくなったのはいつからだろうか。

 一流には遠くとも、辛うじて一人前にはなったのかもしれない。

 部屋の電気を付けると、キッチンで顔を洗って朝食の準備をする。

 暗い内に食事をするのも慣れたものだ。

 パンをトーストして目玉焼きを焼いて、コーヒーを淹れる。

 フィルにとってはほぼ流れ作業の習慣も、今日は少し違った。

 トーストするパンも、目玉焼きも、コーヒーも。

 師匠が生きていたころと同じ、二人前だ。

 まだ仕事に慣れていない『タグなし』の頃は、この時間に起きて来るのはかなり辛いのだが。

 そう心配もしないうちに、案内所の方から来客を告げるベルが聴こえた。


「流石、頑張るなー」


 部屋を出て案内所の扉を開けると、昨日と同じ格好のリーゼが立っていた。 

 目元が眠いと訴えていたが、きちんと頭を下げる。


「おはようございます。フィルさん」


「おー、おはよ。ちゃんと起きれたんだな」


「はい。猛烈に眠いですが、ここまで来る間に少し目が覚めて来ました」


「あー、わかるわかる。ほら、朝食出来てるから入れよ」


 リーゼは少し戸惑ったように眉を下げて、けれど素直に頷いた。

 案内所の奥にある部屋がフィルの居住スペースだ。


「タイミングばっちりだな。寝坊してくるかと思ったけど。あ、コーヒー飲める?」


「あ、はい。ミルクと砂糖を入れれば、飲めます」


「りょーかーい」


 リーゼはおずおずとテーブルにつく。


「あの、本当に良いんですか? 無理して頂かなくても、朝食くらい食べて来られます」


「別にそれほど無理じゃねーって」


 フィルは小さなテーブルにミルクと砂糖を出して、自分も席に付いた。

 誰かと朝食を取るのは、久しくなかったことだ。


「普通は案内所の寮とか近所に住むもんだけど、確か教育区にいるんだろ?」


「はい。教育区に知り合いが住んでいるので、そこに居候させてもらっているんです」


「教育区からここまで、トラムに乗っても四十分くらいか。起きて支度して、朝食まで食って来るとしたら二時半とかに起きなきゃだろ。ってかその時間に食欲湧かないんじゃね?」


「…………」


 本当ならこの部屋に住ませてあげられれば一番良いのだが、そうもいかない。

 かつてのフィルと師匠のように案内所よりさらに狭い部屋で仲良く共同生活なんて、彼女の両親が聞いたら卒倒しそうな話だ。


「少し早めに来てもらうことにはなるけど、ここで飯食えた方が都合良いだろ?」


「……はい」


 リーゼはこくんと頷いた。

 昨日も朝食くらいこちらで用意するとフィルが言ったら、「いいです、大丈夫です」と随分抵抗したのだ。

 押しかけて来たくせに、変なところで遠慮がある。


「ほら、食おう。せっかくの『出発日和』だからな」


「はい。……ありがとうございます。いただき、ます」


 小さな手を合わせて、彼女は頭を下げた。




「今日は砂海見学に行くぞー。体調とか、大丈夫か?」


 とりあえず砂海を見に行くか、と決めたのは昨日。

 押しかけ弟子に話を聞くと、砂海科では実地研修がなく砂海には出たことがないと言う。

 修行云々の前に、砂海を見ないことに始まらない。

 パンを齧りながらフィルが聞くと、リーゼは目玉焼きを突きながら「はい」と淀みなく答えた。

 先程よりは眼が覚めて来たのだろう。

 顔色も悪くないし、受け答えもはっきりしている。


「準備は? ちゃんとしてきたか?」


「問題ないとは思うのですが……」


 さくりとトーストを齧ったリーゼは、口の端に付いたパン屑をそっと指で拭った。


「あの、フィルさんは剣を使いますか?」


「ん? 一応サブで使うけど」


 リーゼは「そうですよね」と頷く。

 砂海でのみ確認されている様々な種類の生物の総称が、『砂獣』。

 砂獣の中には砂海を渡る人間を襲うものも多く、案内人は多様な砂獣に対応出来るよういくつかの武器を用意することが多い。

 フィルも主に使う叡力銃の他に剣を装備している。

 リーゼはパンを皿に置いて、表情を曇らせた。


「砂海科では、まず一つの戦い方を習得してからという方針で、私、剣しか持っていないんです」


「へぇ、そっか。まあ、そういう考え方もあるよな。剣て、それ?」


 リーゼは頷いて、自分の腰に下げた剣を見た。

 焦げ茶色のベルトに同じ色の鞘が固定されている。

 細身で、フィルが持っているものより短い。

 しかし、銀の柄には見慣れたアースト社の刻印があった。

 砂獣対応の剣を製造販売するアースト社は、案内人の間でも評価が高い。

 物は確かだ。


「卒業祝いとして、学校から貰いました。訓練で使っていたものと同じタイプで扱いには自信があるのですが……、その、案内人が色々な装備をしていると聞いていたので、これだけで良いのか。少し、不安なんです」


「……うん。使い慣れてるもんが一番だからな。リーゼの腕じゃ、重くて長い剣は合わないだろうし、アースト社の剣なら砂獣相手に使い物にならないってこともないだろ。でも、飛び道具も一切なし?」


「一応砂海科で叡力装填式銃の訓練は受けました。射撃は苦手ではないのですが、使い所が難しくて。値も張るし結局買えなかったんです」


 確かに、良い叡力銃を買おうと思ったらかなり気合いをいれないと厳しい。

 親の応援を期待出来ないリーゼが手を出せなかったのは、仕方のないことだろう。

 フィルはコーヒーを飲んで、唸った。


「別に剣だけじゃいけないってことはない。1stに上がるような連中は、ほとんどその道の達人みたいなことが殆どだからな。リーゼも、剣が使いやすいっていうんならその腕だけ磨いても問題はない」


「…………」


「で、渋い顔ってことは剣の道一筋って決めたわけじゃないんだな?」


 リーゼはコーヒーカップを両手で持って、頷いた。


「砂海科では実地研修がなかったので、実際に砂獣と戦ったことはありません。でも、あの生き物と戦うことが、人間相手の試合と違うことは、わかります。剣だけではなくて、他の手段も持っていた方が良いような気がするんです」


「慎重な意見。流石だな」


 フィルが笑うと、リーゼは視線を落として慌てたようにコーヒーを呷った。

 一足先に食事を終えたフィルは食器を重ねて立ち上がると、それを片づけがてらベッド脇の棚を探る。


「あー、あった。これこれ」


 ひょいと取り出したのはケースに納めていた銃だ。

 それをケースごと、ぽかんとしているリーゼに手渡す。


「俺のお下がりだけど、今日は一応これも持ってけ」


「えっ、でも」


「『不安』なんだろ? そういう感覚は大事にした方が良い。これくらいの大きさならリーゼでも扱いやすいだろうし、お守り代わりに持っとけ」


「…………」


 ケースから銃をそっと取り出したリーゼは、まるで労わるように銃身を撫でた。

 フィルが『タグなし』の頃、サブで持っていた銃だ。

 砂海に連れ出さなくなって随分と経つが、手入れは怠っていない。


「これ、『叡力装填式銃』じゃ、ないですよね?」


「そう。それ、叡力銃の一世代前の銃だから。ケースん中に実弾も入ってるだろ? 叡力じゃなくて実際に弾が出るタイプなんだよ」


「た、弾? 砂獣相手に効くんですか?」


 実弾を恐る恐る手に取ったリーゼは、フィルと銃を交互に見た。


「大丈夫だって。それ、叡力銃より威力あるくらいだぞ? 小難しい使い方は出来ない、ただの飛び道具って考えれば良い。弾数に限りがあるのと、良い音がするのがネックだけどな」


 リーゼも言ったように、叡力銃は使い所が難しい。

 閃光弾から誘導弾、催眠弾など、あらゆる効果を持つ叡力カートリッジを持っておけば、臨機応変に戦えることは確かだ。

 更に、慣れれば叡力を組み合わせて、効能を変えることも出来る。

 けれど、叡力自体は砂海の砂が発する特殊な磁気をエネルギーとして圧縮したもので、砂獣相手に効果があるとは言っても確実に急所を狙い撃たないとダメージを与えることが出来ない。

 対砂獣の装備として普及していても、フィルのように叡力銃をメインで使う案内人は少なく、補助的な武器として持ち歩くことが殆どだ。


「…………」


「だからあくまでお守りな。今日は砂獣と遭遇してもリーゼを戦わせるつもりはないから、最悪の場合、砂獣を撃って即逃げるためのものとして考えとけ。さっきも言ったけど良い音するから最悪の場合以外は撃つなよ?」


「わかりました」


 フィルはリーゼが納得すると、彼女から一度銃を受け取りその弾倉に弾を込めた。

 ホルダーに納めて渡すと、リーゼは少し緊張した面持ちでそれを腰に付ける。

 『最悪の場合』が、砂獣と遭遇しフィルがやられた場合、ときちんと判っているのだろう。

 成績云々以前に、物事を理解出来る子だ。

 フィルは窓の外を見て、彼女の緊張をほぐすよう明るく言った。


「それじゃ、身支度して出発しますか」





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