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ロストクラウン  作者: 柿の木
第三章
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10、強さの定規




「すまん、にいさん。本当にすまん。そうだよな、あのショーでちと活躍してたって言っても、3rdだもんな。それなのに、危ねえことに巻き込んじまって」


 サナは勢い良く手をついて、頭を下げる。

 バランスの悪いテーブルががたがたと揺れて、リーゼが湯気の上がるスープ皿を慌てて押さえた。


「にいさん、余裕あっからつい大丈夫だろうと思っちまってたけど…、3rdなんだよな。悪かった。怪我までさせちまって…」


「わざとやってます? 3rd、3rdって、本当に謝る気あるんですか?」


 リーゼに睨まれて、サナは項垂れる。


「まー、そのことはもう良いだろ。それよりリーゼ、早く食わねえと冷めちゃわね?」


「私、猫舌なので」


 先程の一件で、サナは非常に責任を感じたらしい。

 宿泊所の部屋までついて来てフィルの怪我の手当てを手伝い、しおらしく「お詫びに奢らせてくれ」と言い出した。

 そもそも、サナを庇ったのはフィルの判断だ。

 例の討伐ショーのことも鑑みれば、これでおあいこ。

 けれどそれでは彼の気が済まないようで、結局灯りが燈る頃三人で夜店に繰り出した。

 店からはみ出した即席のテーブルと椅子。

 日が暮れてもおさまらない風にも関わらず、昼の静寂が嘘のように夜店の通りはごった返していた。

 リーゼは周囲の喧騒など気にも留めず、スープを睨んでいる。

 怒ったり、落ち込んだり。

 彼女はさっきからこんな調子だ。

 実は運ばれて来たのはウェルトット名物、砂狼のスープなのだが。

 黙っていよう。


「…大丈夫ですか? 本当に」


 何度目かわからないリーゼの言葉に、サナもフィルを見た。


「大丈夫だって。携帯通信端末も壊れてねえし、帰る頃には痛みも引いてるよ」


「端末が壊れるくらいなら、良いですよ。でも」


 彼女は言葉を濁し、ようやくスプーンを手に取ってスープを口に運ぶ。

 サナも砂狼の肉をスプーンで崩しながら、頷いた。


「おれもあれにはビビった…。にいさんやられちまったんじゃねえかと」


「あー…、あんだけ綺麗に打たれるといっそ清々しいですけどね」


 咽喉を押さえて、フィルは笑う。

 痛みが残っているのは肩だけだ。

 もう少し強く入っていたら、確実に落ちていた。

 羨ましくなるほどの、絶妙な手加減具合だ。


「何でそんなのほほんとしてるんですか? ちょっと間違ってたら…、どうして撃たなかったんです?」


「叡力銃? 撃ったら相手死んじゃうだろ」


「じゃあ、剣で」


「それは一応やったけどな」


 あっさり弾かれた。

 納得いかない様子のリーゼに、サナがひょいとスプーンを向ける。


「そりゃ、難題だぜ、おじょうさん。相手は白焔。にいさんはそれなりに腕が立つったって3rdだ」


「おじさんは黙ってて下さいっ」


 自分が馬鹿にされたわけでもないのに、リーゼは悔しげに言い返した。


「だって、カディさん相手でも良い試合してたじゃないですか。それに、ルレンさんから一本取ったこともあるって…」


「ああ!? 何だ、それ! ルレンって、あのルレン・クロトログか? にいさん、ホントかよ」


 フィルは二人の視線に、スープを飲み込んだ。


「そーだな、何て説明したらいいんだか」


 案内人の強さを比較するのは、実は難しい。

 リーゼとサナにわかりやすいようにと、フィルは考えながら話す。


「俺、メインで叡力銃使ってるだろ? だからどっちかって言えば、間合いを取って戦う方が得意だし、無意識に相手とは距離を取りたくなる」


「サブで剣使ってるじゃないですか」


「だから、どっちかって言えばの話だよ」


 サナが何故か手帳に取り出してメモをする。


「さっきのハクエンだっけ? あの人は多分逆なんだよな。手甲見えたろ? 完全に相手の懐に飛び込んで戦うタイプだ」


 まず、その差。

 不意打ちであれだけ間合いを詰められた。

 サナを庇うにしても、一撃貰うのは仕方がない。


「カディさんとは至近距離で戦いましたよね。デザートカンパニーの訓練砂場で…、あ」


「そうそう。大体案内人にとって戦いの場ってのは砂海だろ? 足元は砂で、動きを制限するもんは殆どない」


「場所も、あの人に有利だったってことですね」


「今日みたいなこともあるから、別に狭いとこで戦えないわけじゃないけどな。よーいどんでやったら慣れてる方が有利なのは確かだろ」


 サナが取材をしているかのように、片手に手帳を持って「じゃあ、それが敗因か?」と訊く。

 嫌な顔をしたリーゼを刺激しないよう、フィルはゆっくりと頷く。


「攻撃の仕方から見ても、あの人、人と戦うの得意なんでしょう。俺はあんま人間相手にすんの得意じゃないんですけど」


 叡力銃で手加減、というのは不可能に近い。

 人の身体に向けて撃つとしたら、それは確実に命を奪うため。

 フィルは肩を軽く押さえた。


「明らかに手加減してたからな、あの人。問答無用で、ばんって訳には、やっぱ行かないし」


 彼がフィルを殺す気でかかって来ていたら。

 額に突き付けた叡力銃は、脅しではなくなっていただろうが。


「そういうの抜きにしても、あの人相当強いと思うけど」


「だろ!?」


「何でサナさんが威張るんですか」


 リーゼはぴしゃりと言って、サナの手帳をさっと取り上げた。

 そしてそれを閉じてテーブルの上に置く。

 劣勢とみてサナが呻いた。

 リーゼは金色の瞳を細めて、サナを射抜くように見る。

 あれ、なかなか精神的に追い込まれるんだよな。

 こっそり戦線から離脱して、フィルはスープを飲む。

 流石美味い。


「今度は、サナさんが説明して下さるんですよね?」


「…い、いや、別に説明するほどの事情は…」


「フィルさん」


「ごほッ……、う、はい」


 噎せかけたフィルに、リーゼはにこっと笑った。


「もうガーデニアに帰りましょう。嘘吐きな依頼人に関わってると、碌なことがありませんから」


「ちょ、それは酷いんでねえの!?」


「どっちが、ですか? フィルさんは貴方を助けて怪我したんですよ」


「う…。ああ、もう! おれが悪かったですって!」


 降参だと、サナは両手を上げた。

 リーゼも息を吐いて、サナに手帳を返す。

 それを受け取って、彼は「悪かったよ」ともう一度謝った。






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