10、強さの定規
「すまん、にいさん。本当にすまん。そうだよな、あのショーでちと活躍してたって言っても、3rdだもんな。それなのに、危ねえことに巻き込んじまって」
サナは勢い良く手をついて、頭を下げる。
バランスの悪いテーブルががたがたと揺れて、リーゼが湯気の上がるスープ皿を慌てて押さえた。
「にいさん、余裕あっからつい大丈夫だろうと思っちまってたけど…、3rdなんだよな。悪かった。怪我までさせちまって…」
「わざとやってます? 3rd、3rdって、本当に謝る気あるんですか?」
リーゼに睨まれて、サナは項垂れる。
「まー、そのことはもう良いだろ。それよりリーゼ、早く食わねえと冷めちゃわね?」
「私、猫舌なので」
先程の一件で、サナは非常に責任を感じたらしい。
宿泊所の部屋までついて来てフィルの怪我の手当てを手伝い、しおらしく「お詫びに奢らせてくれ」と言い出した。
そもそも、サナを庇ったのはフィルの判断だ。
例の討伐ショーのことも鑑みれば、これでおあいこ。
けれどそれでは彼の気が済まないようで、結局灯りが燈る頃三人で夜店に繰り出した。
店からはみ出した即席のテーブルと椅子。
日が暮れてもおさまらない風にも関わらず、昼の静寂が嘘のように夜店の通りはごった返していた。
リーゼは周囲の喧騒など気にも留めず、スープを睨んでいる。
怒ったり、落ち込んだり。
彼女はさっきからこんな調子だ。
実は運ばれて来たのはウェルトット名物、砂狼のスープなのだが。
黙っていよう。
「…大丈夫ですか? 本当に」
何度目かわからないリーゼの言葉に、サナもフィルを見た。
「大丈夫だって。携帯通信端末も壊れてねえし、帰る頃には痛みも引いてるよ」
「端末が壊れるくらいなら、良いですよ。でも」
彼女は言葉を濁し、ようやくスプーンを手に取ってスープを口に運ぶ。
サナも砂狼の肉をスプーンで崩しながら、頷いた。
「おれもあれにはビビった…。にいさんやられちまったんじゃねえかと」
「あー…、あんだけ綺麗に打たれるといっそ清々しいですけどね」
咽喉を押さえて、フィルは笑う。
痛みが残っているのは肩だけだ。
もう少し強く入っていたら、確実に落ちていた。
羨ましくなるほどの、絶妙な手加減具合だ。
「何でそんなのほほんとしてるんですか? ちょっと間違ってたら…、どうして撃たなかったんです?」
「叡力銃? 撃ったら相手死んじゃうだろ」
「じゃあ、剣で」
「それは一応やったけどな」
あっさり弾かれた。
納得いかない様子のリーゼに、サナがひょいとスプーンを向ける。
「そりゃ、難題だぜ、おじょうさん。相手は白焔。にいさんはそれなりに腕が立つったって3rdだ」
「おじさんは黙ってて下さいっ」
自分が馬鹿にされたわけでもないのに、リーゼは悔しげに言い返した。
「だって、カディさん相手でも良い試合してたじゃないですか。それに、ルレンさんから一本取ったこともあるって…」
「ああ!? 何だ、それ! ルレンって、あのルレン・クロトログか? にいさん、ホントかよ」
フィルは二人の視線に、スープを飲み込んだ。
「そーだな、何て説明したらいいんだか」
案内人の強さを比較するのは、実は難しい。
リーゼとサナにわかりやすいようにと、フィルは考えながら話す。
「俺、メインで叡力銃使ってるだろ? だからどっちかって言えば、間合いを取って戦う方が得意だし、無意識に相手とは距離を取りたくなる」
「サブで剣使ってるじゃないですか」
「だから、どっちかって言えばの話だよ」
サナが何故か手帳に取り出してメモをする。
「さっきのハクエンだっけ? あの人は多分逆なんだよな。手甲見えたろ? 完全に相手の懐に飛び込んで戦うタイプだ」
まず、その差。
不意打ちであれだけ間合いを詰められた。
サナを庇うにしても、一撃貰うのは仕方がない。
「カディさんとは至近距離で戦いましたよね。デザートカンパニーの訓練砂場で…、あ」
「そうそう。大体案内人にとって戦いの場ってのは砂海だろ? 足元は砂で、動きを制限するもんは殆どない」
「場所も、あの人に有利だったってことですね」
「今日みたいなこともあるから、別に狭いとこで戦えないわけじゃないけどな。よーいどんでやったら慣れてる方が有利なのは確かだろ」
サナが取材をしているかのように、片手に手帳を持って「じゃあ、それが敗因か?」と訊く。
嫌な顔をしたリーゼを刺激しないよう、フィルはゆっくりと頷く。
「攻撃の仕方から見ても、あの人、人と戦うの得意なんでしょう。俺はあんま人間相手にすんの得意じゃないんですけど」
叡力銃で手加減、というのは不可能に近い。
人の身体に向けて撃つとしたら、それは確実に命を奪うため。
フィルは肩を軽く押さえた。
「明らかに手加減してたからな、あの人。問答無用で、ばんって訳には、やっぱ行かないし」
彼がフィルを殺す気でかかって来ていたら。
額に突き付けた叡力銃は、脅しではなくなっていただろうが。
「そういうの抜きにしても、あの人相当強いと思うけど」
「だろ!?」
「何でサナさんが威張るんですか」
リーゼはぴしゃりと言って、サナの手帳をさっと取り上げた。
そしてそれを閉じてテーブルの上に置く。
劣勢とみてサナが呻いた。
リーゼは金色の瞳を細めて、サナを射抜くように見る。
あれ、なかなか精神的に追い込まれるんだよな。
こっそり戦線から離脱して、フィルはスープを飲む。
流石美味い。
「今度は、サナさんが説明して下さるんですよね?」
「…い、いや、別に説明するほどの事情は…」
「フィルさん」
「ごほッ……、う、はい」
噎せかけたフィルに、リーゼはにこっと笑った。
「もうガーデニアに帰りましょう。嘘吐きな依頼人に関わってると、碌なことがありませんから」
「ちょ、それは酷いんでねえの!?」
「どっちが、ですか? フィルさんは貴方を助けて怪我したんですよ」
「う…。ああ、もう! おれが悪かったですって!」
降参だと、サナは両手を上げた。
リーゼも息を吐いて、サナに手帳を返す。
それを受け取って、彼は「悪かったよ」ともう一度謝った。




