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ロストクラウン  作者: 柿の木
第三章
58/175

9、白焔




 咄嗟に、フィルはサナを突き飛ばす。

 一瞬で目の前まで迫った男の手には、銀の手甲。

 腰を打ちつけたサナが言葉を発する間もない。

 受け流せない。


「…ッ」


 肩に一撃を受けて、フィルは食いしばる。

 骨を砕かれてもおかしくはなかったが、男はかなり手加減をしたらしい。

 リズムを取るように一歩引いた彼は、少し不思議そうな顔をする。

 けれど、ひゅっと風を切る拳。

 懐に入られ過ぎている。

 ベルトから鞘ごと引き抜いた剣を、彼の拳が弾き飛ばした。

 その刹那で、叡力銃をホルダーから抜く。

 男はフィルの手の動きを見て、けれど退こうとはしなかった。

 ふっと、笑う。

 フィルが「撃たない」と、わかっている。

 振り払った男の手の甲が、フィルの喉を打つ。

 急所独特の恐怖を伴う、痛み。


「か、はッ」


 止まった息を、押し出すように咳き込む。


「フィルさんッ!」


 悲鳴のように名を叫んだリーゼに、言葉を返す余裕などない。

 退こうとした足元を掬われて、石畳に叩きつけられる。 

 馬乗りになった男は、そこでようやく動きを止めた。

 フィルが額に突き付けた叡力銃など、目もくれない。


「…君、変な人だね」


 穏やかに、そう言った。

 フィルは咽喉を押さえて、息を整える。

 茫然としたままのサナとコウは、未だ座り込んでいる。

 その後ろで、リーゼが腰のベルトに手をやるのが見えた。


「…――ゼ、抜くな…っ」


「だって…!」


 抜けば、彼は少女だろうと構わず無力化するだろう。

 けれど、そこに殺意はない。

 なら、戦うだけ無駄だ。


「だいじょーぶ、だって。もろ、食らったけど…」


「フィルさん…」


 泣きそうなほど顔を歪めたリーゼを、男はちらりと見て、またフィルに視線を戻した。

 軽く握り込んだ拳はまだフィルに向けられている。


「君さ、ホントにあいつらの仲間?」


「あいつ、ら? コウに乱暴してたのは、確かに俺の連れだけど…、それ以外で、殴られることした覚えは、ねーな」


 そこで我に返ったコウが、転がるように近付いて来る。


「兄ちゃん、さっすが! 超強い! じゃなくてっ、そいつ、あいつらの仲間じゃないよ! こいつらも、一緒に砂海を渡ってくんの僕見たもん」


「砂海をね。お仲間?」


 彼はすっと手を引いた。

 フィルも同時に叡力銃を下ろす。

 リーゼが駆け寄って来て、サナも慌ててフィルに手を貸す。


「仲間じゃない。こいつ、飼い犬だよ。首輪してるもん」


「は? それ本物なわけ?」


 あれだけ至近距離で攻撃してくれたのだ。

 無論、フィルの携帯通信端末には気付いていたはずだ。

 立ち上がったフィルは咽喉元に手をやったまま、頷く。


「偽物をつける趣味はねーけど」


 男は帽子をコウの頭に乗せると、何故かつまらなそうな表情をした。


「なーんだ。じゃ、君、腑抜けたユニオンに尻尾振ってる連中の仲間ってわけか。しかも3rd? 面白い反応すると思ったのに、期待して損したな」


「ちょっと、何なんですか! いきなり襲って来て、挙句人を馬鹿にしてっ」


「コウにちょっかい出してたの、君たちじゃん。最近周りをちょろちょろしてる奴らがいて、気ぃ立ってたんだよね。別に喉笛砕いたわけじゃないんだから、いいでしょ」


 本気でそう言い返した男に、リーゼは唇を噛む。

 彼は途端に冷めた様子で、傍らのコウに「帰ろ」と声をかけた。

 コウは素直に頷いて、それから「あのね」とフィルを指す。


「あいつ、飼い犬だけど、悪いのは、あのおっさん一人で、あとの二人は別に僕にひどいことしたりはしなかったよ」


「ふーん」


 男は振り返りもせず、閉まった酒場に向かう。

 その背に、サナが慌てた様子で声をかけた。


「ちょ、ちょっと待てよ! お前が、白焔なんだろ? じゃ、ちと訊きたいことがあんだ!」


「………」


「野良の一団、一人で潰したんだろ、白焔の旦那? お前さ、もしかしてお前が『クラウン』なんじゃねえのか?」


 クラウン。

 しんと静まり返った空気の中、男の銀髪が揺れる。

 振り返った彼は、蔑むように鋭い眼で言った。


「君を叩き伏せとけば良かったなー。彼に、感謝するんだね」


 それは確かに、殺気だった。

 サナも流石に沈黙して、視線を落とす。

 白焔はさっとローブを翻して。

 もう背後のフィルたちなど存在しないかのように、歩き出した。





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