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ロストクラウン  作者: 柿の木
第三章
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8、記者の意地 弟の覚悟




 サナは閉まった店の前で難しい顔をしていた。

 夜店とは趣の違う、完全にウェルトットの住民を相手に商売をしているような酒場だ。

 古ぼけた扉は固く閉ざされ、営業時間が記された木札が風で微かに揺れている。

 サナは扉の隙間から何度か中を覗き、やがて諦めたのか路地の壁に背中を預けて考え込む。

 それを、あの男が角から窺っている。


「客観的に見て、完全に狙われてますよね。あれ」


「だなー。サナさんの挙動もかなり怪しいけど」


「どうするんですか?」


 今すぐ襲いかかりそうには見えないが。

 フィルは仕方ないと肩を竦めた。

 そのまま、さっさとサナの方へ歩く。


「フィルさん…!」


 慌てて後を追って来たリーゼが、男のいる角に視線をやる。

 堂々と歩いて来た二人に、男は逡巡してすっと影に隠れた。

 気が付かない振りをして、その前を通り過ぎる。


「何してるんですか?」


 その男にも聞こえるほどの声で、フィルはサナに話しかけた。

 サナは驚いて顔を上げる。

 どれだけ考え込んでいたのか、隙だらけだ。


「あ? 何だ、にいさんにおじょうさんか。悪いが今取材中でよ」


「…そうなんですか。でも、あの人が探してましたよ」


「は? あの人?」


「そろそろ来ると思いますけど」


 白々しくフィルは振り返る。

 向けた視線の先、戸惑う気配が伝わって来る。

 会わせてどうするんですか、とリーゼが小声でフィルを止めた。

 フィルは構わずに「大事な話があるみたいで」と付け加える。

 動揺の末、男の気配がすっと消えた。

 逃げた。


「おいおい、にいさん。あの人って誰だよ?」


「さあ、誰でしょうねー」


「はあ? 何だそりゃ」


 ふぅと息を吐いたフィルの様子で、リーゼも男が去ったことに気付いたようだ。

 安心したようにゆっくり瞬きをして、呑気なサナを呆れたように見やる。

 腕組みをした彼女は「心当たりないんですか?」と静かに問う。

 サナはフィルとリーゼを交互に見て、一瞬鋭い眼で手の中の手帳を睨んだ。

 けれどすっと視線を上げた時には、お気楽そうな軽い調子に戻っている。


「何か知らねえけど、助けてくれたってことか?」


「少なくとも、お友だちではないようですね。逃げてったんで、後ろめたい事情があるみたいでしたけど」


 流石に、ガーデニアニュースの記者。

 更に言えば、この人の性格だろう。

 サナは笑みを浮かべたまま「人気者は辛いねぇ」とのんびり頷く。

 わかってはいるが、事情を説明しようとは思わない。

 そういう眼だ。


「心配かけたみたいだな。あんがとよ。でもいまちっと取り込み中でな。悪いが」


 ばん、と勢い良く扉が開いて、サナが言葉を飲んだ。

 からからと木札が音を立てる。

 閉まっていたはずの酒場から飛び出して来た少年が、「うるせーッ!」と甲高い声で怒鳴った。


「人の店の前で騒ぐなよ! えーぎょーぼーがいか!?」


 少年はさっとフィルたちを見て、はたと呆けた顔をした。


「コウじゃん」


 フィルは軽く手を上げる。

 出て来たのは、昨日と同じ格好のコウだ。

 帽子のつばを少し上げて、コウは「アンタら」と眉を顰めた。


「何だよ、まだ店開く時間じゃないぞ?」


「悪い、ちょっと色々あってな。コウは、ここの子だったのか?」


「ここの子っていうか…。ちょっと世話になってるだけだって」


 コウはちらりと閉めた扉を振り返る。


「世話になってるって、ホントか?」


 何の興味を引いたのか、サナが身を乗り出した。

 コウはあからさまに嫌な顔をする。


「おう、クソガキくん。ちょーっとお兄さん訊きたいことがあんだけどさぁ」


「…サナさん、それ夜店の取材なんですか?」


「おじょうさんはちっと黙っててくれよな」


 振り返りもせずにリーゼを一蹴して、サナはコウに詰め寄った。

 勢いに怯んだコウは扉まで後退る。


「ここに世話になってるってことは、白焔の旦那のこと、知ってんだろ?」


 その名が出た瞬間。

 コウは子どもらしからぬ苛烈な眼で、サナを睨んだ。


「ハクエンって誰ですか?」


「…さあ」


 首を傾げるフィルたちには目もくれず、コウが「知らない」とサナを突っぱねる。


「知ってても、おっさんには教えねー」


「まあ、そー言うなって。何なら、欲しいもん買ってやるからさ」


 軽く言ったサナの足を、コウは思いっきり踏み付けた。

 リーゼが首を竦めるほどの力の込めようだ。

 ぎゃっと叫んだサナの脇をすり抜け、コウは「舐めんな!」と肩を怒らせた。


「僕が物に釣られるとでも思ってんのかよ! 兄ちゃんは、僕の恩人だ! 口が裂けたって…」


 あ、と慌ててコウは口を塞ぐ。


「知ってんじゃねえか、クソガキぃ。てめ、二度も人の足踏みやがって!」


 逃げようとしたコウの襟を、サナが掴み上げる。

 子猫のように持ち上げられた少年は、滅茶苦茶に手足を振り回した。


「何すんだ! 変態おやじ! 人攫いーッ!」


「ちょっ、サナさん」


「止めんな、にいさん。こういうガキはちゃんと躾けてやんねえと!」


 出て来る限りの悪口を大声で並び立てるコウを、サナは乱暴に振り回す。

 若干、遊びに見えなくもないが。

 目を回して静かになった少年の帽子が、ふっと飛んだ。

 ぱさっと道に落ちたそれを、拾い上げる手。



「何か、面白いことしてんね」



 のんびり言ったその人は、ひょいと帽子を自分で被る。

 脱色しているのか、それにしては綺麗な銀髪が帽子に隠れた。

 砂避けのローブが風を孕んで、靡く。

 濃い灰色の瞳が、心底面白がるようにフィルたちを見つめた。


「あうー…、兄ちゃーん」


 コウがぐったりとしたまま、情けない声を上げる。

 そのコウをゆっくりと下ろして、信じられないとサナは首を振る。


「兄ちゃん? じゃあ…、お前が!? 嘘だろ、とんだ優男じゃねえか!」


 いつの間にか路地に姿を見せた男は、帽子を押さえて手をひらひらと振った。


「あーあ、ホントめんどいんだよね。弱いくせにいつまでもさぁ、暇だね、君らも」


「…は?」


 ふっと、男の腰が落ちる。

 石畳を蹴って。



「サナさん!」





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