7、迷い路巡り合い
昨日の出発日和が嘘のように、今日の空は重苦しい曇天。
その分厚い雲を、風が流している。
砂海から砂が舞い込む今日のような日は、昼時を過ぎても人通りが少ない。
時折すれ違う人はみな、砂避けのローブを羽織って足早に通り過ぎて行く。
朝からのんびりとウェルトットの街を見て回ったフィルとリーゼは、閉じられた外門の前で立ち止まった。
「さて、これで一周かな。ウェルトットってこんな感じって、わかったろ?」
「はい。昼間に見ると、またちょっと印象が違いますね。ガーデニアの旧区みたいな感じです」
リーゼは風で暴れる髪を押さえて、「でも」と困ったような顔をする。
「案内人って、観光案内みたいなことまでするんですか?」
リーゼを連れてウェルトットを歩いたのは無論、サナの勧めで観光、というわけではない。
フィルは「不思議なことになー」と笑った。
「美味い店はどこだとか良い宿はあるかとか、そういうのはしょっちゅう訊かれるし、変に気に入られると街中も案内してくれって言われんだよ」
「もう何でもありですね。案内しろって言われたら、ちょっと困りそうですけど」
「ウェルトットも入り組んでっからな。少しずつ覚えてけばいいさ」
独り立ちしたら、リーゼはそれこそ常連がつくタイプだろう。
そうなると自ずと観光案内までやらされる可能性が高くなる。
目の前の路地を指して、「この先が宿泊所への近道で…」とリーゼが呟く。
けれど途中で諦めたように、ため息を吐いた。
「ウェルトットってみんな建物が同じ高さじゃないですか。その上、砂避けの壁があって…。本当に、迷路みたいです」
「ガーデニアみたいな高い防壁があるわけじゃないからな。嵐が来ると建物が痛むからこういう街並みになってんだ。ちなみに大体どの家も地下室があって、万が一の時のために繋がってんだと。砂に飲まれても避難出来るようにって話らしいけど」
「砂に飲まれるって…、あるんですか? そんなこと」
「昔は、結構あったみたいだな」
風で外門を越えた砂が小雨のように降って来て、リーゼがふるふるっと頭を振った。
フィルはリーゼを手招いて、路地に入る。
夜店の出る通りより遥かに狭いが、何度か角を曲がると足元の砂が少なくなった。
「ウェルトットなんかは家が飲まれる度に街を移動させてる。砂海でも地下室の跡だけ見つかることがあんだ。大体砂獣の巣になってるけどな」
「そういうの、見つかったらどうするんですか?」
「GDUが案内人集めて討伐する。んで、地下室は壊してお終い」
割の良い仕事だけど、と言って、フィルは立ち止まった。
まさに迷路のような直角を抜けた先。
狭い十字路でふいに姿を見せたのは、サナだ。
砂避けのローブを纏い、バッグをいい加減に肩にかけてすたすたと歩いて行く。
リーゼもフィルと並ぶようにして、彼を見つめた。
サナは手に持った手帳に視線を落としたまま、フィルたちの前を横切った。
少し距離はあったが、全く気が付いていないようだ。
「…取材でしょうか。一人だと、大変ですよね」
「そーだな。夜店の食いもん美味いの多いけど、流石に一人で食ってってのは辛そうだな」
「他の記者さんは別のネタを追ってるって、言ってましたよね。でかいネタだって。ちょっと、気になりますね」
リーゼはサナが立ち去った路地を覗き込む。
その背後。
サナが来た方向から唐突に。
「邪魔だ!」
飛び出して来た男に、驚いたリーゼがぱっと振り返る。
フィルはその手を掴んで、自分の方へと引いた。
彼女を突き飛ばそうとした男の手が、宙を彷徨う。
男はわざわざ立ち止まって、フィルとリーゼを一瞥すると苛立たしげに舌打ちをした。
「ぼーっと突っ立ってんじゃねェ!」
リーゼはさっと体勢を立て直して、勇ましく抗議の声を上げようとする。
フィルはそれを止めて、「すみません」と謝った。
斬新な刈り込み頭の男は、見るからに関わり合いになると面倒な人種だ。
ちらちらと光る装飾品の殆どは何の拘りなのか、半分に砕かれた髑髏がモチーフになっている。
「見失っちまうだろうが…ッ」
「…………」
男は吠えるだけ吠えて、サナが消えた路地へと駆け込んで行く。
「…何でしょう。久しぶりに、心底腹立たしい気分です」
「ど、どうどう」
しんと言い放った辺り、かなり怒っていそうだ。
けれどリーゼを宥めるより先に、しなくてはならないことがありそうだ。
「…一応、追いますか」
「え…、成敗しに行くんですか?」
「成敗て。いや、予約も入れてもらってることだしな」
そこまで言うと、リーゼもはっとして「じゃあ」と瞳に緊張を走らせた。
「夜店の取材しててあんなの引っかけてくとは、ガーデニアニュースの記者さんは流石だな」
リーゼが頷くのを確認して、フィルは男を追いかけて走り出した。




