2、嘘吐きな依頼人
「ガーデニアニュースの記者さんだったんですね。てっきり」
「先輩だと思ってたろ?」
「いえ、野良だと思ってました」
「……」
あの討伐ショーで出会った時、彼は所有者名のないイヤホンをつけていた。
しかも酒を飲みながらの観戦。
認可された案内人だとは到底思えなかったし、まして記者なんて単語が思い浮かぶはずもない。
ちゃっかり忍び込んだ野良。
妥当な線だ。
「あん時は一応オフだったんだよ! ちゃんとした取材は別の記者がやってて、おれは余ったチケットで観戦してただけだって!」
フィルとリーゼがいまいち信じていないのがわかるのだろう。
視線を向けられ、彼は必死に弁解した。
リーゼは心証が良くないのか、低く呟く。
「…『サナ』なんて女性の名まえまで騙って、怪しいです」
「おっ、残念なことに本名なんだな、これが。超長生きしたばあさんの名まえをもらったんだ。ガキの頃からかわれまくってトラウマだけど、おたくらみたいに勝手に女だと思ってくれっから取材はやりやすいんだよな。ま、ジークさんて呼んでくれりゃ良いぜ?」
勝ち誇ったように言われて、リーゼの瞳が鋭くなる。
過熱しそうな言い合いに、フィルは「本名なら何よりですが」と割り込んだ。
「依頼内容に偽りはないですよね? その辺りに嘘があると流石にこのまま仕事を受けることは出来ませんけど」
彼は驚いたように、ぱっとフィルを見た。
嫌な反応だ。
まさか、と言いかけたフィルに、慌てて彼は首を強く振った。
「いやいや、予想外に真面目だったんで吃驚しただけだって。依頼内容はそのまんま、嘘なんてねえぜ。GDUが大会の延期なんてするから、こっちはきりきり舞。前夜祭中止がかなりの痛手でな。凪屋の『姫』が出るってんで、数日特集を組むつもりだったのに」
思い返すように遠い眼をした彼は、ふうーっと長く息を吐いた。
「…あいつら自分たちがでかいネタ追ってるからって、穴埋めを全部おれに押しつけやがって。毎日追われるように記事書いてみろってんだ! 途中から笑いが止まらねえよ!!」
「良いことじゃないですか」
「良い意味じゃねえよ!?」
切羽詰まっているのはどうやら本当らしい。
弟子が弟子なら師匠も師匠だな、と愚痴りながらも、仕事を断られたら困ると顔に書いてある。
さて、どうしたものか。
フィルはサナの様子を見つつ、「一つだけ」と問いかける。
「わかってて、俺たちに依頼をしたんですよね? どうしてですか?」
「あ? だからいつも案内頼んでるデザートカンパニーの案内人の予約が取れなかったんだって。急だったし、向こうも何か怪我した同僚の予約客引き受けたって話でな」
「「………」」
「んで、あん時のにいさんなら腕も確かだし安心なんじゃねえかって思ってな? おじょうさんが『フィルさん』て呼んでたし、3rdだってのはわかってたから」
彼は指先で端末を打つような仕草をする。
「ちょいと調べたらすぐ出て来たぜ? いや、GDUの情報公開もなかなか役立つもんだな」
そして黙ってたのはそっちの方が反応が面白そうだったから、と反省ゼロの笑みで言い切る。
なるほど。
フィルはちらっと空を見た。
どちらにしても、もう決めなくては。
リーゼは不機嫌な表情のまま、「判断はフィルさんに任せます」と頷いた。
「おいおい、ちょいとからかっただけじゃねえか。そんな深刻になんなよ」
「一応、命懸けて仕事してるもんで。端からこういうことがあると、慎重にもなりますよ」
「…う、悪かった! でも取材に行けねえと記事に穴が開いちまう。頼むよ! な?」
拝むように、彼は手を合わせて頭を垂れた。
初めにトラブルがあると後々まで引き摺る傾向があるのは、経験的に知っている。
天候とは反対に、良くない流れだ。
けれど。
「…わかりました。ウェルトットまで、案内します」
フィルは頷いて、サナに答える。
あの時、彼は咄嗟にフィルとリーゼを助けようとした。
全く恩を感じないと言えば、嘘になる。
顔を上げた彼はにかーっと笑い、フィルの手を握ってぶんぶんと振った。
「いやー、さすがにいさん! 改めて、よろしく頼むぜ!!」
おじょうさんもよろしくな、と彼はリーゼの手を握ろうと近寄る。
リーゼはさり気なくフィルの後ろに逃げて、
「よろしくお願いします。サナさん」
冷ややかに言って軽く頭を下げた。




