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ロストクラウン  作者: 柿の木
第三章
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1、夜明けの門で待ち合わせ




「…緊張、してきました」

 

 見えて来た門を前に、リーゼがふと立ち止まった。

 気持ちの良い、出発日和。

 更に砂海が比較的落ち着く春の終わりとあって、門に向かう案内人や依頼人もかなりの多さだ。

 その背中を見ながら、彼女は白い顔を微かに強張らせている。


「今更?」


 緊張を解すように、フィルはのんびりと言った。

 今朝は常より早く案内所に顔を出したリーゼ。

 フィルさんが万が一寝坊でもしたら困りますから、と笑ったので、流石余裕があるなと思ったのだが。

 苦笑したフィルに、リーゼはむっと眉を寄せる。


「だって、私にとっては初めてのお客様です」


「ですね」


 そう。

 そのメールが送られて来たのは、馴染みのジャンク屋から状態の良い中古の情報端末を買った次の日だった。

 リーゼに手伝ってもらって何とか設定を終えると、新着のメールが一通。

 依頼人がガーデニアニュースの記者というのは少々気になるところだが、取材内容も依頼の経緯も特に問題はなさそうで。


「依頼ですっ! お仕事ですよ、フィルさん!」


 まだ依頼人を連れて砂海を歩いたことのない弟子が頬を紅潮させて喜んだので、断るという選択肢はほぼなかった。

 目的地のウェルトットは、依頼人が指定することの多い街だ。

 そしてそこまでの道程『エルラーラ』ルートは、ガーデニアと各地を結ぶ主要ルートの一つ。

 その中でも最短の、割と難度の低いルートである。

 リーゼにとっても、良い経験になるだろう。

 早々に、案内を引き受けると返信をした。


「…サナさんって、どんな方でしょうか。ガーデニアニュースの記者をされているんですよね。厳しい方、でしょうか」


「さあ? メールでやりとりはしたけど、会うのは初めてだしな」


「……『タグなし』と一緒はやっぱり嫌、とか、言わないでしょうか?」


「ちゃんと確認取ったろ? 駄目ならしょうがない。他を当たってもらうさ」


 いきなり弱気になったリーゼの心配は、どうやらそこらしい。

 確かに修行中の『タグなし』が同行することを嫌う依頼人もいるが、事前に断りを入れている。

 まあ、会った途端ケチを付ける人もいるのだが。


「まずは合流してからだ。待ち合わせに遅れたらそれこそ目も当てられねえよ? ほら」


 フィルが促すと、リーゼは素直に頷く。

 深呼吸をした彼女は、指先でイヤホンに触れた。

 指はそのまま携帯通信端末の本体、叡力筒の入ったポシェット、そして剣の柄に落ちる。


「…大丈夫です。行きましょう」


「おー」



 夜明けを待つばかりの空は、薄雲を纏ってまだ夜の青を残している。

 丁度、出発ラッシュの始まりの時分だ。

 門の入口では、灰色の石壁に沿うように人が群れていた。

 薄暗闇の中、依頼人或いは案内人を待っているのだ。

 常連でもない限りは、事前に決めた目印や互いの特徴で待ち人を探さなくてはならない。

 サナは赤いバッグを持って行くと言ってたが、これだけ人がいるとやはりすぐには見つからなかった。


「こんなに人がいて、見つかるんですか?」


「最終的には見つかる。合流出来ない奴だけ残るからな」


「それ、駄目じゃないですか。出発のタイミング逃しちゃいますよ」


 呆れたように言って、リーゼはゆっくりと歩きつつ目印を探す。

 何だかんだ、相手が門まで来てさえいれば合流出来るのだが、依頼人との待ち合わせも初めてのリーゼは焦るのだろう。


「向こうも探してっから大丈夫だって」


「……余裕ですね。さっき待ち合わせに遅れたら目も当てられないって言ってたじゃないですか。それに、フィルさんにとっても新規のお客様ですよね? そんなことで」


 良いんですか、まで言わずリーゼは口を噤んだ。

 フィルは立ち止まった彼女の頭越しに、その視線を追った。

 行き交う人々の合間。

 石壁にだるそうに背を預けて、男が欠伸をしている。


「「あ」」


 思わず、リーゼと声が重なる。

 見覚えのある男は、視線に気付いて中途半端に欠伸を噛み殺した。

 そして無遠慮にフィルたちを指差して、大股で近寄って来る。


「にいさんに、おじょうさん。久しぶりだな! 怪我も大したことなかったみたいで、何よりだぜ」


 そして彼は自分の肩を軽く叩いて、笑った。


「おれも、もう全快だぜ?」


 あの討伐ショーで、フィルとリーゼを助けようと身体を張った男だ。

 困惑する二人に、男は自慢げに胸を張る。


「…あの時の」


「おじさん」


 リーゼの一言に男はがくっと項垂れる。

 若干草臥れている感じはあるが、まだ三十代くらい。

 けれど十六歳のリーゼからしたら、一定のラインを越えるとまとめて「おじさん」なのかもしれない。


「あのな、仮にも助けてやったのに…、おじさんはないだろ!?」


「す、すみません」


「まったくよぉ、最近の若い奴は」


 がしがしと焦げ茶色の頭を掻いた彼は、きちんとした旅装束だ。

 けれどその耳に、あの時見たイヤホンはない。 

 GDUの正規品ではなかったが携帯通信端末を持っていたはずなのに。

 フィルは「その節はありがとうございました」と頭を下げてから、自分のイヤホンを指した。


「砂海に出るんですよね? 良いんですか?」


「ん? ああ、おたくらのと違って、おれのはガーデニアを出ちまうと使えないからな」


「?」


「…フィルさん、行かないと。サナさん、待たせちゃいます」


 リーゼにローブの裾を引かれて、フィルは男に軽く会釈をする。


「すみません、そろそろ。そちらも良い旅路を」


「おおっと、ちょーい待ち! お二人さん」


 立ち塞がった男はにやりと笑う。

 背負っていたバッグを唐突に下ろして、それをフィルとリーゼの目の前に掲げる。

 使い古された、赤い布製のバッグだ。


「………おじさんには、ちょっと派手すぎるんじゃないでしょうか」


「だから、まだおじさんじゃねえ!」


 ってそこじゃねえ、と彼は一人突っ込む。

 リーゼは少し怒ったような表情で、フィルを見た。

 そんな顔をされても。

 フィルは肩を竦めた。

 彼が、依頼人。

 どうやらそういうことらしい。





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