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ロストクラウン  作者: 柿の木
第二章
48/175

19、またねの後




「何か悪いな。リーゼの分は持って帰って良かったのに」


 久しぶりの案内所は、変わらずしんとしていた。

 窓を開けたリーゼが「いいえ」と首を振る。

 風と一緒に入って来るのは、もう夜の闇だ。


「フィルさんがもらったものじゃないですか。私、ただでさえ朝食お世話になってますし。それに、ティントさん首都行っちゃってますから、持って帰っても食べ切れませんよ」


「そっか、ティント出かけてんだよな」


 包みを部屋に運んで、結び目を解く。

 詰め込まれていた缶詰が転がり、積み重なっていた保存食の袋が崩れる。

 

「…これは、凄いな」


 この上、お礼までもらったら罰が当りそうだ。

 案内所から、リーゼがひょいと顔を覗かせた。


「あの…、今更なんですけど、三日も空けて依頼のチェックとかしなくて、良かったんですか?」


 フィルは缶詰を拾い上げて、彼女を振り返る。


「大丈夫だろ」


「……大丈夫じゃまずいですよね。端末、立ち上げて良いですか?」


「…お願いします」


 食糧を片付けつつ、答える。

 仰る通りだが、まあ、まず依頼のメールは来ていないだろう。

 そもそも通常の仕事の話は、リーゼが来る前からとんと御無沙汰だ。

 思い返して、フィルは肩を落とす。

 数分の沈黙。

 ようやくリーゼが「ティントさんから、メールが来てますよ」と案内所から声を上げた。


「へえ、何だって?」


「開けて良いんですか?」


「うん」


 開け放った扉の向こうに返事をして、携帯食を選び出す。

 砂海に持って行っても役に立つものを入れてくれている辺り、リンレットの心遣いを感じる。

 

「学会で発表した論文、随分好評だったみたいです。砂獣研究の第一人者まで興味津々でって自慢してます。……でも、ちゃんと共著者としてフィルさんの名まえを載せたみたいですよ? そういうところは意外とちゃんとしてますよね」


「…………共著者?」


「あ、これ」


 言葉を切って、リーゼが唐突に沈黙する。

 流石に嫌な予感がして、フィルは案内所を覗いた。

 端末の前に、座ったリーゼがゆっくりと振り返る。


「あの、何か、メールを開くと自動でファイルを受信するようにしてあったみたいで…。多分、内容からして例の論文のデータだと思うんですけど、容量が凄くて」


 完全沈黙。

 ティントの論文を受け取るだけの力は残っていなかったのだろう。

 情報端末は、文句を並べることなくひっそりと息絶えていた。


「さすが、ティント。やることが半端じゃねえな」


 論文テロですか。

 すみません、と肩を落として謝るリーゼに首を振る。

 リーゼは全く悪くない。


「もう寿命だったし、遅かれ早かれ俺がやってたよ。ティントも、多分…、多分悪気はないんだろーけどな」


 悪気がなければ許されるということでもないが。

 リーゼは細い眉を下げて、同情するように小さく頷いた。


「……ますます、お仕事しなきゃいけなくなりましたね」


「そうですねえ」


「フィルさん」


 リーゼはそこでフィルを窺う。

 思い当たったフィルは、右耳を押さえて大丈夫と頷く。

 言葉を遮る通信はない。


「私も、これから、頑張りますね」


 やっと言えました、とリーゼは楽しそうに笑った。





 

 

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