18、夕闇迫りて
「仕方がないので一応、礼は言っておいてあげますよ」
声真似をしたリンレットがわざわざ、ふい、と顔を背ける。
忠実に再現された伝言にフィルとリーゼが苦笑すると、彼女は呆れたように肩を竦めた。
「もー…、男ってどうして意地っ張りなんだろ」
「そ、そこで『男って』って言われると立つ瀬がないんだけど」
「だってホントのことでしょ? カディってば無理しちゃって、結局また怪我人に逆戻りなんだよ?」
治りかけの足で、あれだけ立ち回れば当たり前だ。
カディにはまた数日の療養が言い渡されたという。
デザートカンパニーの門扉の前で、腰に手を当ててリンレットは憤る。
仕事から戻って来たらしい案内人たちが、頭を下げて通り過ぎて行った。
夕陽に染まる石畳。
伸びる影の足元に、大きな包みが二つ置かれている。
見送りに来てくれたリンレットが抱えて来たものだ。
リンレットはその包みに視線を落として、気持ちを落ち着けるように長く息を吐いた。
「…父さんも無茶してくれてさ、フィルにまで怪我させてたらホントに、家出もんだよ」
「よせよせ。また血相変えて大捜索だぞ」
わかってるけど、とリンレットは頬を膨らませた。
そういう表情は、小さな頃と全く変わっていない。
「ごめんね、フィル。訓練手伝ってもらったのに、痛い思いまでさせて…。あのね、お詫びって言ったら何だけど、これ、持って行って!」
彼女は包みを持ち上げて、フィルとリーゼにそれぞれ手渡す。
意外と重い。
「日持ちするの詰めたから、ちゃんと食べてね? 案内人は身体が資本なんだから。お礼も、少ないけど後で送るね」
「お礼これで充分だって。あんま、大したことはしてないし」
缶詰やら調味料やらが詰め込まれた包みをリーゼと二人で覗き込む。
リーゼが「久しぶりに実家に帰って来た息子みたいですね」と、ぽつり呟く。
確かに。
フィルの言葉に、リンレットは強く首を振った。
「そんなことないよ! フィルのお陰で無事に訓練が終わったようなものだもん。それに、あの子も吹っ切れたみたいだし。ね?」
あの子か。
その決意を聞いたのは、つい先程のことだ。
三日間で少しは懐いてくれたらしい一期生たちとの別れ。
そこに姿を見せたアルフは、「案内人を続けます」と少し気恥ずかしげに語った。
タグが付くまでは頑張って、この業界をちゃんと学んで。
それから家業を継いで、いつか先輩に使ってもらえるものを、必ず造ります。
まだ痛むらしい肩を押さえて、けれどリーゼと同じようにきらきらした瞳をして。
「うん。良かったよな、ホント。結局、家業については訊きそびれたけど」
「え!? フィルってば気付いてなかったの?」
リンレットにまで言われるとは。
「…そんな一般常識なんかよ」
リーゼが笑いを堪える口元を包みで隠して、「アルフ・アーストですよ」と種明かしをする。
「彼、アースト社の跡取り息子なんです。フィルさん、凄い約束してもらっちゃいましたね」
アースト社。
刃物しか取り扱っていないが、砂獣対応の武器を製造販売する大手の武器メーカーだ。
ぽかんとしたフィルに、リーゼとリンレットが互いに視線を送り合う。
「フィルはさー、砂海じゃないとちょっと隙があり過ぎるよね」
「本当に。砂海にいる時の危機管理能力はどこへ行っちゃうんでしょうね」
「……」
言い返せないフィルの腕を、リンレットがふいに引いた。
今は解いたままの栗色の髪が、風に揺れる。
それを指で押さえて、彼女は微笑む。
「今回はうちがお世話になっちゃったけど、フィルに何かあったら手伝いに行くからね。私も父さんも、フィルのこと、家族だと思ってるんだから」
ちゃんと、わかってるの?
そう言いたげな瞳に、フィルは勢いのまま頷き返す。
充分過ぎるほど、わかっている。
リンレットは、ぱっと手を離した。
「うん。それじゃ、またね! リーゼちゃんも、今度はもっといろいろ話せるといいな」
彼女は無邪気な表情で、バイバイと手を振った。




