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ロストクラウン  作者: 柿の木
第二章
46/175

17、獣 再び




 楽しげにその人は言って、のんびりと砂場に入って来た。

 壁際の一期生たちが響動めく。

 どこか呆気に取られたように、「ルレン・クロトログだ」と誰かが呟いた。


「何だかんだ若いな、お前らも。だが、本気で戦える相手がいるってのは、良いことだ」


 ルレンはしみじみと頷く。

 砂を踏みしめてフィルとカディの間に立つと、フィルが放った模造刀をひょいと拾い上げた。


「せっかくだ。オレも交ぜてもらおうか」


 助けだと思ったのに、完全に面白がっている。

 カディは構えた切っ先を僅かに下げ、フィルは額を押さえた。


「嫌です」


「何だ、カディと決着つけたいのか? それならそれで止めないけどな」


「そういう意味じゃなくて、足腰立たなくなるまで戦いたくはないって言ってるんですけど」


 この人と二十本試合をしたのは、いつのことだったか。

 正直、トラウマだ。

 ルレンは思い当たったのか、「懐かしいな」と悪い笑みを浮かべる。


「だが、それでオレから一本取れたんだ。悪くない試合だったろ?」


「悪くない試合!? 一週間は寝込みましたよ!」


「追い詰められるまで、本気を出さなかったお前が悪い」

 

 ルレンは模造刀の切っ先で、フィルを指す。

 そしてカディを振り返った。


「て、こった。こいつは人間相手にそうそう本気を出さない。オレ相手でもそうだったんだ。お前を馬鹿にしてるわけじゃない」


「…………」


「お前と違って、フィルは事なかれ主義なんだよ」


 カディは何故か不意を突かれたようにルレンを見返した。

 無言のまま、ようやく構えを解く。


「戦い方が正反対なんだよな、お前らは。だからいろいろ気になるんだろうが」


「…気にしてません、別に」


「それならそれでいい。だが、こいつ相手にあんまり苛つくなよ? 人間十六でも事情を抱えてるんだ。他人にゃ言えない本音はあって当たり前だろ」


 なあ、と同意を求められて、フィルは返答に窮する。

 わかっているはずのルレンは特に気にした様子もない。


「オレとしちゃ、お前らが打ち解けてくれるとありがたいがな。全力出せる相手になってくれそうだ」


 模造刀で肩を叩くルレンは、獲物を見定める獣の眼で哂う。

 嫌な予感に眉を寄せたフィルに対して、カディは平然と「わかりました」と頷く。


「けれどその人とセットにされるのは納得行きません。一人でも、お相手を務められるように、なりますよ」


「おう、威勢が良いな。流石は、うちのエースだ」


 嬉しそうに、答える。

 ルレンにとって、彼はやはり期待を寄せる愛弟子なのだろう。

 それはいつか、師匠が見せた眼差しと同じだ。


「よし。それじゃ、一戦と行くか! 良い勉強させてやるぞ?」


「だから、嫌ですって」


 まとめてかかって来いとばかりに手招きをしたルレンを、フィルは間髪入れず拒否した。

 拍子抜けな表情の彼に代わって、カディが「貴方は休んでいて構いませんよ」と優しい言葉を抑揚なくかけてくれる。

 やる気のないフィルより、ルレンの方が戦い甲斐があるはずだ。

 上を目指すなら、尚更。

 ゆっくりと後退したフィルを一瞥して、ルレンは何かを企むように口元の笑みを深める。


 

「まあ、いい。カディ、いくぞ」



 ふっと、剣先が砂を掠る。

 突如1stと2ndの戦いになって、思い出したように盛り上がる観客。

 その歓声も、一瞬だった。

 ルレンが蹴ったはずの砂は、舞うことなく沈黙して。

 

 木剣が、音もなく宙へ飛んだ。


 速い。

 理解が追いつかない強さだ。

 武器を失ったカディは、目の前の獣相手にやはり退くことを選ばなかった。

 

「うわ、馬鹿」


 思わず、カディの潔さを罵る。

 無謀だ。

 フィルの数歩後ろで、リーゼも微かに声を漏らす。

 木剣を弾いた模造刀を辛うじて潜り抜け、カディはルレンの手首めがけて拳を振るう。

 その拳を、ルレンはあっさり受け止めた。

 背中で、彼が笑ったのがわかる。

 まるで子どもをからかうように、ルレンはカディの腕を引き、足を払う。

 軽々と、ルレンはカディを振り回して。

 投げる。

 吹き飛ばされたカディは、一度、二度、足を着いたが、砂煙を引くばかりで勢いは衰えない。

 そのまま、真っ直ぐ。


「……最悪」


 ああ、これが狙いか。

 背後で一期生たちが悲鳴を上げる。

 フィルさん、と確かに彼女が名まえを呼んだ。

 避けたら、当たる。


 衝突音は、衝撃の割に小さかった。

 

 縺れあって、砂を転がる。

 受け止め切れなかったカディの下敷きになって、フィルは打った額を押さえて呻いた。

 巻き上がった砂に、一期生たちが咳き込む。

 星が散りそうな視界を閉ざして、フィルは笑った。

 

「…最近、こんなんばっか、だな」


「自業、自得…ですよ」


 覇気のない声で、カディが答える。

 起き上がった彼は、顔を顰めて腕を擦った。


「…貴方、馬鹿なんですか?」


「は?」


「体格の差を考えたらどうなんです? 受け止められるわけないでしょう」


「だって、避けたら後ろに当たるだろ」


「だったら、さっきみたいに叡力銃で衝撃波を起こせば良かったんですよ」


 フィルは額を押さえたまま、首を傾げた。


「まあ、そうだけど。あのスピード相殺したら、カディがつらいだろ。一応怪我人なんじゃねえの?」


「………」


 不思議なものでも見るように、カディは目を丸くした。

 駆け寄って来たリーゼが、フィルとカディの様子に安堵したように肩の力を抜いた。

 来た時と同じようにのんびりした足取りで、ルレンが近付いて来る。

 彼は実に楽しそうに、笑った。


「これが本当の、喧嘩両成敗ってな!」


 そうですか。

 やはり碌なことがなかった。

 ルレンは一人満足したような表情で、「あんまり後輩に心配かけるような手合わせはするなよ」と付け加えた。

 固まっていた一期生たちが、現金なことに同意と称賛の拍手を送る。

 

「…両成敗って、俺も?」


「一戦と言うより、最初からこうするつもりだったんですね」


 ちらと視線を交わして、フィルとカディは溜息を吐いた。




 

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