16、一戦
「は!? 何言って」
数秒の間。
慌てたフィルの言葉に、覆い被さるように一期生たちが湧いた。
カディが意地悪く、嗤う。
「良い勉強になると思いますよ? 彼らにとっても、貴方にとっても」
「あのな」
発想はフィルと同じ。
要するに身体を動かして、鬱憤を晴らそうというわけだ。
「治りかけだろ、足」
「丁度良いハンデでしょう」
言いつつ、カディは一期生の一人から訓練用の武器を受け取る。
常の彼の獲物とは比べようもないが、それでも比較的大振りの木剣だ。
遠慮なく振り回されたら、無論凶器になる。
フィルは首を振る。
カディとの手合わせなど想定外だ。
「…私、興味あります。フィルさんとカディさん。どちらが強いのか」
「……リーゼ」
絶妙なタイミングで口を挟んだ弟子に、フィルは肩を落とした。
彼女は不思議そうに首を傾げる。
「だそうですよ。訓練を手伝ってくれたお礼と言ってはなんですが、稽古をつけて差し上げます」
ひゅっと剣を振って、カディは砂場の中央に立つ。
その迫力は流石だ。
フィルは唸って、けれど彼と一戦交えないことには訓練が終わらないことを悟り、渋々彼と向かい合うように立った。
他人の気も知らないで、一期生たちはすっかり観戦モードだ。
「叡力銃、使ったらどうですか?」
「訓練で? 意味わかんね。当たったら怪我じゃ済まねえよ」
「当たったら、でしょう」
煽るように、カディは剣先を向ける。
つい先程までの戦闘訓練とは違い、手加減は難しいだろう。
適当に斬り結んで、頃合いを見て降参する。
そんなことは、恐らくさせてはもらえない。
「怖かったら、閃光弾でも誘導弾でも構いませんよ。得意でしょう? 小細工」
「得意ですけどね、小細工」
なるほど。
本気で怒っているというわけか。
フィルは諦めて、模造刀を構えた。
カディは視線を逸らさず、「合図をお願いします」とリーゼに頼む。
頷いたリーゼが、すぅ、と息を吸った。
「始め」
わっと声援が飛んだ。
一緒くたになった言葉を掻き消す勢いで、風を斬る音がする。
フィルは一撃をすれ違うように避けて、彼から間合いを取った。
振り下ろされた先で、砂が舞う。
「ちょ、本気過ぎ!」
「多少本気を出さないと、貴方手を抜くでしょう」
間髪入れず振り返ったカディは、飛びかかるように砂を蹴る。
まさに、頭を叩き斬る動きだ。
冷や汗をかいて、後ろに飛び退く。
どん、と重く砂が弾かれる音がする。
視界を奪われないよう、フィルはローブを翻して更に距離を取った。
「逃げてばかりで、どうするんですか!?」
「馬鹿言え! そんなん一々受けてたら、腕がイカれるだろ!」
「だったら銃を抜け!」
口調、口調。
だが、突っ込みを入れる猶予もない。
袈裟がけに、剣筋が襲って来る。
フィルは咄嗟に模造刀を寝かせ、彼の刃を滑らせるように凌ぐ。
勢いを削いだはずなのに、重い。
鍔迫り合いは確実に勝ち目がない。
かと言って、このまま振り払うことも出来そうにない。
フィルは、ぐっと力を入れて刃を押し返す。
迫ったカディは、勝ちと見て微かに緊張を緩めた。
その一瞬、フィルは手を離した。
音も立てず、模造刀が砂に落ちる。
それを追うように、すっと砂に膝をついた。
「なっ…」
押し切った剣に釣られて、彼の身体が僅かにバランスを崩す。
フィルは剣を掻い潜って獲物を拾い上げ、その柄でカディの手首を打つ。
けれど既のところで、剣を反される。
打ち出した柄は刃元に当たり、木同士がかん、と音を立てた。
反撃に転じられる前に、ぱっと身を翻す。
「………」
「無言、怖えって」
この辺りで「終わりにしましょう」と言ってくれないものか。
充分過ぎるほどの距離を取って、無駄に期待をしてみる。
カディは妙に落ち着いた表情で、小さく頷く。
「わかりました」
「わかってくれた?」
フィルは安堵して頷き返す。
この状況では恐らく決着がつかない。
カディの足が悲鳴を上げるのが先か、フィルがバテるのが先か、と言ったところだ。
どちらにしても、ただの手合わせでは済まなくなる。
「…ルレンさんから一本取ったというのは、本当のようですね」
「そうそう、あんま無理すっと、………え?」
「でしたら、本気で、行きます」
何か違う。
カディはたっと駆け出す。
鋭く突き出される剣。
その先は、疑いようもなく首元。
さっと血の気が引く。
「あぶ、なッ!」
フィルも、本気を出した。
本気を出して逃げなければ、やられる。
模造刀で突きを往なして、彼の左へ回り込むように躱す。
「甘い!」
「っ」
そこにカディが遠慮なく、身体を捻って蹴りを繰り出す。
突きの隙が少なかっただけに、次手が速い。
勢いを殺した足が、そのまま軸になる。
諸に喰らったら、肋骨がいく。
反射的に叡力銃を抜いた。
赤い叡力が、待ち兼ねたように揺蕩う。
引き金を、引いた。
どおっと砂が飛沫になる。
足元の砂を抉られ、衝撃波でカディは砂に手をついた。
叩き付けるような戦意を込めて、彼はフィルから視線を逸らさない。
しん、と一期生たちが静まり返る。
流石に、今のやり取りが「危険」だということはわかったのだろう。
思わず狙いを定めていたフィルは、銃口を下ろす。
「カディ、ここまでにしよう。これ以上は、洒落になんねえ」
「いいえ、これからですよ。せっかく本気を出してくれたようですし」
「…いい加減にしろ。今の、どっちが当たっても、死んでたぞ」
カディは戸惑うことなく、ゆらりと立ち上がる。
すっと構える剣は、未だ闘志を消していない。
対して、フィルは叡力銃をホルダーに収めた。
カディを睨んだまま、模造刀も砂へ放る。
「フィルさん…」
微かに震えた声で、リーゼがフィルを呼ぶ。
安心させるように軽く手を振って、そのままフィルは両手を胸の前で上げる。
「まだ戦えるでしょう。さっさと構えて下さい」
「手合わせの意味、履き違えてるだろ。少なくとも、後輩に見せたい戦いじゃない」
「………」
「それに、カディが馬鹿するほどの価値がある人間じゃねえよ? 俺」
彼は剣を下ろすことなく、ふっと笑みを零した。
「それを決めるのは、貴方じゃない」
きん、と空気が張り詰める。
打って出て来る。
「おう、面白いことしてるじゃないか」




