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ロストクラウン  作者: 柿の木
第二章
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16、一戦




「は!? 何言って」


 数秒の間。

 慌てたフィルの言葉に、覆い被さるように一期生たちが湧いた。

 カディが意地悪く、嗤う。


「良い勉強になると思いますよ? 彼らにとっても、貴方にとっても」


「あのな」


 発想はフィルと同じ。

 要するに身体を動かして、鬱憤を晴らそうというわけだ。

 

「治りかけだろ、足」


「丁度良いハンデでしょう」

 

 言いつつ、カディは一期生の一人から訓練用の武器を受け取る。

 常の彼の獲物とは比べようもないが、それでも比較的大振りの木剣だ。

 遠慮なく振り回されたら、無論凶器になる。

 フィルは首を振る。

 カディとの手合わせなど想定外だ。


「…私、興味あります。フィルさんとカディさん。どちらが強いのか」


「……リーゼ」


 絶妙なタイミングで口を挟んだ弟子に、フィルは肩を落とした。

 彼女は不思議そうに首を傾げる。


「だそうですよ。訓練を手伝ってくれたお礼と言ってはなんですが、稽古をつけて差し上げます」


 ひゅっと剣を振って、カディは砂場の中央に立つ。

 その迫力は流石だ。

 フィルは唸って、けれど彼と一戦交えないことには訓練が終わらないことを悟り、渋々彼と向かい合うように立った。

 他人の気も知らないで、一期生たちはすっかり観戦モードだ。

 

「叡力銃、使ったらどうですか?」


「訓練で? 意味わかんね。当たったら怪我じゃ済まねえよ」


「当たったら、でしょう」


 煽るように、カディは剣先を向ける。

 つい先程までの戦闘訓練とは違い、手加減は難しいだろう。

 適当に斬り結んで、頃合いを見て降参する。

 そんなことは、恐らくさせてはもらえない。


「怖かったら、閃光弾でも誘導弾でも構いませんよ。得意でしょう? 小細工」


「得意ですけどね、小細工」


 なるほど。

 本気で怒っているというわけか。

 フィルは諦めて、模造刀を構えた。

 カディは視線を逸らさず、「合図をお願いします」とリーゼに頼む。

 頷いたリーゼが、すぅ、と息を吸った。



「始め」



 わっと声援が飛んだ。

 一緒くたになった言葉を掻き消す勢いで、風を斬る音がする。

 フィルは一撃をすれ違うように避けて、彼から間合いを取った。

 振り下ろされた先で、砂が舞う。

 

「ちょ、本気過ぎ!」


「多少本気を出さないと、貴方手を抜くでしょう」


 間髪入れず振り返ったカディは、飛びかかるように砂を蹴る。

 まさに、頭を叩き斬る動きだ。

 冷や汗をかいて、後ろに飛び退く。

 どん、と重く砂が弾かれる音がする。

 視界を奪われないよう、フィルはローブを翻して更に距離を取った。


「逃げてばかりで、どうするんですか!?」


「馬鹿言え! そんなん一々受けてたら、腕がイカれるだろ!」


「だったら銃を抜け!」


 口調、口調。

 だが、突っ込みを入れる猶予もない。

 袈裟がけに、剣筋が襲って来る。

 フィルは咄嗟に模造刀を寝かせ、彼の刃を滑らせるように凌ぐ。

 勢いを削いだはずなのに、重い。

 鍔迫り合いは確実に勝ち目がない。

 かと言って、このまま振り払うことも出来そうにない。

 フィルは、ぐっと力を入れて刃を押し返す。

 迫ったカディは、勝ちと見て微かに緊張を緩めた。

 その一瞬、フィルは手を離した。

 音も立てず、模造刀が砂に落ちる。

 それを追うように、すっと砂に膝をついた。


「なっ…」


 押し切った剣に釣られて、彼の身体が僅かにバランスを崩す。

 フィルは剣を掻い潜って獲物を拾い上げ、その柄でカディの手首を打つ。

 けれど既のところで、剣を反される。

 打ち出した柄は刃元に当たり、木同士がかん、と音を立てた。

 反撃に転じられる前に、ぱっと身を翻す。

 

「………」


「無言、怖えって」


 この辺りで「終わりにしましょう」と言ってくれないものか。

 充分過ぎるほどの距離を取って、無駄に期待をしてみる。

 カディは妙に落ち着いた表情で、小さく頷く。


「わかりました」


「わかってくれた?」


 フィルは安堵して頷き返す。

 この状況では恐らく決着がつかない。

 カディの足が悲鳴を上げるのが先か、フィルがバテるのが先か、と言ったところだ。

 どちらにしても、ただの手合わせでは済まなくなる。


「…ルレンさんから一本取ったというのは、本当のようですね」


「そうそう、あんま無理すっと、………え?」


「でしたら、本気で、行きます」


 何か違う。

 カディはたっと駆け出す。

 鋭く突き出される剣。

 その先は、疑いようもなく首元。

 さっと血の気が引く。

 

「あぶ、なッ!」


 フィルも、本気を出した。

 本気を出して逃げなければ、やられる。

 模造刀で突きを往なして、彼の左へ回り込むように躱す。

 

「甘い!」


「っ」


 そこにカディが遠慮なく、身体を捻って蹴りを繰り出す。

 突きの隙が少なかっただけに、次手が速い。

 勢いを殺した足が、そのまま軸になる。

 諸に喰らったら、肋骨がいく。

 反射的に叡力銃を抜いた。

 赤い叡力が、待ち兼ねたように揺蕩う。

 引き金を、引いた。


 どおっと砂が飛沫になる。


 足元の砂を抉られ、衝撃波でカディは砂に手をついた。

 叩き付けるような戦意を込めて、彼はフィルから視線を逸らさない。

 しん、と一期生たちが静まり返る。

 流石に、今のやり取りが「危険」だということはわかったのだろう。

 思わず狙いを定めていたフィルは、銃口を下ろす。


「カディ、ここまでにしよう。これ以上は、洒落になんねえ」


「いいえ、これからですよ。せっかく本気を出してくれたようですし」


「…いい加減にしろ。今の、どっちが当たっても、死んでたぞ」


 カディは戸惑うことなく、ゆらりと立ち上がる。

 すっと構える剣は、未だ闘志を消していない。

 対して、フィルは叡力銃をホルダーに収めた。

 カディを睨んだまま、模造刀も砂へ放る。


「フィルさん…」


 微かに震えた声で、リーゼがフィルを呼ぶ。

 安心させるように軽く手を振って、そのままフィルは両手を胸の前で上げる。

 

「まだ戦えるでしょう。さっさと構えて下さい」


「手合わせの意味、履き違えてるだろ。少なくとも、後輩に見せたい戦いじゃない」


「………」


「それに、カディが馬鹿するほどの価値がある人間じゃねえよ? 俺」


 彼は剣を下ろすことなく、ふっと笑みを零した。

 

「それを決めるのは、貴方じゃない」


 きん、と空気が張り詰める。

 打って出て来る。

 



「おう、面白いことしてるじゃないか」





 

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