15、最終日
始まった戦闘訓練は、三日間の訓練で一番気が楽だった。
活きが良いとはいえ、まだ『タグなし』。
すぐに終わっては訓練にならないだろうと、一人一人それなりに時間をかけてやる。
一応訓練の仕上げなのだろう。
カディも、彼らの体力の限界まで声をかけない。
けれどお陰で、余計なことを考えずに済んだ。
蟠る鬱屈は身体を動かして払うのが一番。
そして結果、死屍累々。
肩を息をしながら、訓練砂場の壁際で一期生たちがぐったりしていた。
だが、視線だけは懸命に巡らせている。
フィルは、借りた模造刀で律儀に一撃を受けた。
「…っ」
受け流して、砂を軽く蹴って間合いを取る。
リーゼが悔しそうに唇を噛んだ。
見兼ねた誰かが、「頑張れ!」と声をかける。
「軽いなー」
「軽くてっ、悪かったですね!」
例によってとりを任された彼女は、細身の木剣を構えたまま言い返す。
ぐっと踏み込む勢いは、軽いだけあって速い。
フィルはリーゼの脇へと抜け、躱しざまその手首に模造刀の刃を当てる。
攻撃にはならないよう、そっと。
触れられたリーゼは、あっさりと避けられた上隙を指摘されて更にむっとする。
「軽いのは悪いことでもねえよ? 俺だって、他と比べたら軽い方だし」
一撃の軽さは、次の一手の速さに繋がる。
生まれ持った体格や腕力。
それを覆すのは難しいが、活かすのは存外簡単だ。
リーゼは上がって来た息を整えるように、フィルと距離を取る。
「がっつかないのは良いことだな」
割と一直線な子が多かったせいか、慎重に立ち回るリーゼの動きはやはり抜きん出て見えた。
鋭く走らせる視線は、フィルの隙を見出そうと必死だ。
自分の戦い方さえわかれば、翻弄されるばかりではなくなるだろう。
今はまだ、そんな段階ではないが。
リーゼが、砂を踏み込む。
低い。
しなやかに身体を捻って、木剣を振り払う。
足を狙った一閃を、フィルはひょいと飛び越えた。
着地したところは完全に彼女の懐だ。
その右手を軽く押さえて、「で、思い切りが良過ぎんのが欠点」と苦笑する。
驚いたように、リーゼは大きな瞳を見開く。
間合いを計ろうと蹈鞴を踏んだ足元を、フィルはぱっと払った。
「あ」
すとん、と彼女は砂に尻餅をつく。
すぐに立ち上がろうとするリーゼを、カディが「そこまで」と止めた。
彼女は華奢な肩を上下させながら、指先で額の汗を拭う。
やはり悔しそうではあるが、全力で遊んだ後のように屈託なく笑った。
「もう、何か、ずるいです」
「ずるくはないだろ?」
「だって、剣、サブなんじゃ、ないんですか?」
リーゼは膝を押さえるようにして立ち上がった。
一期生たちが思い出したように拍手を贈る。
フィルは模造刀を肩に乗せて、「年の功かな」と笑う。
単純なものだ。
十七戦もしたら、彼に対する罪悪感も和らいだ気がする。
「…いろいろあったけど、悪くなかったかもな」
「何がですか?」
「訓練、引き受けたの」
一期生たちも所属は違えど、砂海で会えば後輩には違いない。
一応先輩として義理は果たせたことだろう。
意外と根性のある子たちが残っているし、GDUが期待するのもわかる。
手で顔を扇ぎながら、リーゼが「そうですね」と同意する。
「アルフくんのことも、良かったと思います」
「あー、あれはな。結構焦ったな」
「焦ってたようには見えませんでしたけど…。その時のことじゃなくて、今後のことです」
リーゼは何か思うところがあるのか、僅かに渋い顔をした。
「他人のこと言えませんけど、アルフくんもお家のことでいろいろ悩んでいたみたいですから」
「家業ってやつ? そういや何やってんだ?」
「え…、気付いてなかったんですか?」
呆れたように彼女は訊き返す。
気付いてないって、何を。
そこに、カディが声をかけた。
リーゼは軽く頭を下げると、同期たちのところに戻る。
彼らの前に立ったカディが、「貴方も」とフィルを呼んだ。
「三日間の訓練、お疲れさまでした」
疲れた顔をしつつもどこかすっきりとした表情の一期生たちに、彼は柔らかい声音で言った。
恐らくは、「良く頑張りました」と同義の言葉だ。
「正直『タグ付き』にとっても厳しい訓練内容でした。けれど、案内人を続けるのならいずれは貴方たちもタグを付け、一人で依頼人を守りながら砂海を渡ることになる」
カディは一人一人に言い聞かせるように、ゆっくりと続ける。
「この訓練でそれぞれ課題を見つけ、努力を惜しまず実力をつけてくれれば、それ以上のことはありません」
厳しいだのすぐ怒るだの言っていた一期生たちは、素直に頷く。
きつかっただけに、それを乗り越えたという自信も大きいのかもしれない。
カディは、微かに笑んだ。
「では、最後に」
そこで、彼は言葉を切ってフィルを見た。
気を遣って、少し離れていたフィルは「いや、別に挨拶はいいよ」と言いかける。
「最後に、一戦しましょう。フィル・ラーティアさん」
は?




