14、彼との因果
初日同様、訓練砂場に集められた一期生たちが、カディの指示のもとランニングを始める。
照明が煌々と光を落としているが、やはり早朝。
二日間の疲れも相まってか、一期生たちはどことなく眠そうだ。
その彼らの中に、アルフの姿はない。
今日は、戦闘訓練。
あの怪我では、参加は難しいだろう。
もっともそれだけが理由ではないかもしれないが、それならそれで良いことかもしれない。
カディも、特に何も言わなかった。
「そういや、もう平気なのか? 足」
フィルの問いに、今朝は椅子を用意しなかったカディは一期生たちを見ながら、「元々大した怪我ではありませんから」と愛想なく答えた。
確かに足を庇うような仕草は感じられない。
こちらも何よりだ。
「大丈夫なら、良いんだけど。あんま、ルレンさんたちを心配させんなよ?」
「貴方に言われたくありませんね」
「…あのなー」
カディは手元の時計を確かめ、フィルを見ずに「昨日は」と淡々と言った。
砂場の外周を走る一期生たちが、目の前を通り過ぎて行く。
「昨日は、お疲れさまでした」
「へ? ああ、お疲れ」
「貴方が適切な対応をしなければ、彼は間違いなく死んでいた。礼は、言っておきます」
滅多にない彼からの礼の一言にフィルは眼を丸くする。
険しい表情のカディを恐る恐る窺って、「熱ある?」と訊く。
彼は、さっとフィルを振り返った。
「糸を使ってルートを離脱。GDUの探知を活用しての位置特定。馬鹿みたいに手馴れていますね」
「いや…、普通だよ。カディだってやるだろ?」
彼は「勿論」と肯定した。
特筆することはない、ごく一般的な対処だったはずだ。
「ですが、昨日の件ではっきりしました」
「――な、何が?」
赤みを帯びた茶色の瞳が、射抜くように光る。
「貴方は、何故3rdのタグを付けているんですか?」
それは、常の責めるような口調ではなかった。
咄嗟に、フィルは言葉に詰まる。
不意打ちだ。
いつものように受け流すことが出来ず、視線が泳ぐのが自分でもわかる。
「『タグ付き』の昇格試験に比べて、2ndに上がるのは難しくないと言われています。まして、貴方が『タグ付き』になったのは十三歳。周りの嘲笑を買ってまで3rdで居続ける必要はないはずです」
「……燃え尽き症候群なんだよ。いろいろ、あったしな」
「そうだと思っていました。或いは、GDU憎さ故の当て付けなのだと」
けれど、と彼は真っ直ぐにフィルを見つめる。
「訓練を見ていれば、わかります。貴方は案内業を卑下していないし、野良のようにただの金儲けの方法とも考えていない」
「……」
「もう一度だけ訊きます。そのタグを付けている理由は何ですか?」
フィルはふう、と息を吐いた。
そして「じゃあ、はっきり言うけど」と笑う。
「俺が2ndに上がって、何の得があんの? おたくと違ってうちは癖のある常連相手の商売だ。しかも、2ndに上がったとこで新規の客がほいほい来るようなデカイ案内所じゃない。試験料払って2ndに上がるより、節約して明日の飯代する方がましなんだよ」
「…弟子を取っても、同じことが言えるんですか?」
嫌悪するように、彼は眉を顰める。
何もなければ。
きっと、彼のように真っ直ぐ上を目指していただろう。
今更、羨ましいとは思わないけれど。
フィルは、笑みを作ったまま軽い調子で続けた。
「……大体さ、カディに関係あんの? ルレンさんならともかく、俺が何のタグ付けてようと、カディに文句言われる筋合いねえと思うけど」
「なるほど。それが『答え』ですか」
カディはそれ以上は不要とばかりに、フィルから視線を逸らした。
逃げたというより、見るに耐えないと。
けれど、答えを間違えてはいない。
間違えては、いけない。
「では、こちらもはっきり言わせてもらいます。実力はどうあれ、貴方は間違いなく3rd、三流です」
断ずる彼に従って、フィルは頷く。
「……だろーな」
「貴方の考え方は、案内人として認められません。タグに階級を掲げるのは、命を預けてくれる依頼人に誠意を見せるため。2ndに上がって得をする、しないの話ではありません」
カディは一期生たちを目で追いながら、一瞬酷く苦い表情を見せて独り言のように呟く。
「…認めてもいいかもしれないなんて、馬鹿な考えでした」
思わず、手を握り込んだ。
彼が、フィルを嫌っているのではない。
リンレットのことも、恐らくは関係がないのだろう。
致命的な嘘だ。
「今日の戦闘訓練は一期生との総当り戦になります。貴方もせいぜい怪我をしないように気を付けて下さいね」
熱の消えた声音で、カディは静かに言った。




