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ロストクラウン  作者: 柿の木
第二章
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12、妹の役割




「それで、どうしたの?」


「どうしたって、背負って帰って来たよ。また暴れるんじゃねえかと思ったけど、気が付いたらすっかり落ち着いてたな」


「ふうん。それにしても、珍しいね」


 ころりと、彼女はベッドで寝返りをうった。

 まだ乾き切っていない栗色の髪が、シーツに散らばる。

 膝を立てると、淡い水色のワンピースの裾が腰の方に落ちた。

 フィルは叡力銃をばらしながら、「リンレット、足」と注意する。


「っていうか、人の部屋に押し掛けて来てベッドでごろごろするってどうなんですかね。一応、年頃の娘さんなんじゃねえの?」


「どきどきする?」


「からかうなよ。路地裏でびーびー泣いてた家出娘のくせに」


 カーテンの隙間から、僅かに夜空が覗いている。

 保護したアルフを連れて帰って来て、それからルレンやGDUへの報告などなど。

 『タグなし』の訓練では良くある話だ。

 訓練や対応に問題はないと、報告だけでお咎めは一切なかったのだが、ようやく落ち着いて部屋に戻って来たら、これだ。

 

「そっちも仕事帰りだろ。早く寝た方がいいじゃねえの?」


「だって、フィルがうちに来るの、久しぶりでしょ? ゆっくり話したくて、頑張って帰って来たんだから」


 午後も砂海は割と荒れていたはずだが、彼女にしてみれば大した問題でもなかったのだろう。

 フィルはカートリッジの接触部分を確かめながら、「ウェルトットまで行って来たんだって?」と訊く。

 流石はティント。

 直してもらった甲斐がある。

 確か首都で学会があるとかでしばらくガーデニアを離れているようだが、帰って来たら礼の一つも言わなくては。


「そう。ウェルトット、随分落ち着いてたよ。父さんも気にしてたのに、何か拍子抜けだなー。良いことだけどね」


「粋がってんの結構いただろ? みんないなくなったのか?」


「んー、みたい。GDUは動いてないみたいだけど」


 へえ、とフィルは手を止めた。

 ウェルトットは『エルラーラ』ルートの終点。

 都市というほどの規模ではないが、砂海に面した町としてはかなり歴史がある。

 雰囲気のある夜店が有名だが、最近は質の悪い『野良』の一団が幅を利かせていて随分と治安が悪くなっていた。

 割と目的地に指定する人が多いから、落ち着いたのは何よりだ。

 ひんやりとした叡力銃の部品を手の中で転がしながら、フィルは「落ち着いたんなら、連れてっておきたいな」と呟く。

 いまだベッドを占領するリンレットが、やはり疲れているのか、気怠い様子で身体を起こした。


「誰をー?」


「押しかけ弟子」


 思えば、リーゼは最短ルートの『エルラーラ』ルートですらまだ踏破していない。

 カディの訓練ではないが、彼女が『タグなし』のうちに連れて行っておかなくては。

 リンレットはベッドに腰かけ、素足をぶらぶらさせる。


「ね、フィル。どうしてあの子を弟子にしたの?」

 

「どうしてって…、勢いでって言わなかったっけ」


「最初はそうなんだろうけど、でも、あの子うちを蹴ってフィルのとこを選んだんだよ? フィルだって、勢いだけでOKしたとは思えないな」


 それは、確かにそうかもしれない。

 叡力銃に部品を戻しながら、フィルは思い返すように首を傾げる。


「そーだな。覚悟の差かな」


「覚悟?」


 ぱしん、と気持ちの良い音を立てて、叡力カートリッジがはまる。

 

「俺は、弟子なんて取れないだろーなって思ってた。で、リーゼは弟子になってやるって思ってた。簡単に言うと、その差」


 後悔なんてしない。

 そう言われて、あの日の自分が、少し、許されたような気がした。

 それが錯覚でも。

 いつか、全て知られても。

 

「ま、いっかって思ったんだよな」


 その意味では、フィルも覚悟をしたのかもしれない。

 あの子を、咎人の弟子にすることを。


「フィル」


「?」


 とん、とベッドから立ったリンレットが唐突に背中に飛びつく。

 優しい抱擁。

 には、ほど遠い。

 首に回された細い腕に、目一杯力が籠る。

 絞まってる。


「く、苦しいんですがっ…!」


 リンレットは何も言わず、フィルの首筋に額をつける。

 咳き込んでその腕を軽く叩くと、ふっと力が抜けた。

 耳元で、彼女は悪戯っぽく笑う。


「これはね、違うから」


「は? 何が違うって?」


「変な意味じゃなくて、『妹』としてこうしたいって思ったってこと」


「…俺の妹分は、背後から首を絞めるのか」

 

「どっちにしても、愛情表現だけどね」


 訳わからん。

 リンレットは何故か寂しそうに息を吐いた。


「フィルは、いつから…、そういう顔するようになったのかな」


「何だそれ。俺、変な顔してた?」


 困り切って聞き返すと、リンレットは「してた!」と断言してから、唐突に吹き出す。

 

「あー、ホント、ダメだな。私、焦り過ぎだね」


「あのさ…、出来れば詳細に説明してくれっと助かるんだけど」


 リンレットは僅かに身体を起こした。

 熱の離れた背中が涼しい。


「やっぱり、決戦はまだまだ先かな」

 

 彼女は説明どころか、謎を重ねる。

 降参、とフィルは両手を上げた。

 女の子の言葉遊びには付いて行けた試しがない。

 

「もういいよ。少なくとも首をへし折ってやろうってつもりじゃないんだろ? だけど、あんまこういうことすんのは感心しないな」


「…心配しなくても、フィルにしかしないよ」


 それは、安心していいのか?

 リンレットはフィルの問いかけを封じるように、「あのね」と続けた。


「悔しいけど、良かったのかなって思ってるんだよ? あの子を弟子にしたの」


「え?」


「だってフィル、楽しそうだもんね」


 リンレットはようやく腕を解く。

 フィルが振り返ると、彼女は笑顔を見せた。

 

「あの子がいなかったら、今回のことだって何だかんだ理由つけて断ってたはずだもん」


「…そんなこと、ないと」


「あーる!」

 

 リンレットは顔を近付けて言い切る。

 そして、「良かったね」と優しく微笑んだ。

 フィルは何も答えられず、ただ頷く。

 頷いて、視線を部屋の入口に向けた。

 リンレットは少し背後を振り返り、明るい声を出す。



 

「ね、フィル。せっかくだから、今日はここで寝てもいい?」








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