11、砂狼
鈍い破裂音がして、頭が吹き飛ぶ。
続けざまに、フィルは引き金を引いた。
一、二、三。
反動で砂に転がる体に、僅かに包囲が緩む。
砂獣の群れに囲まれていた少年は、顔を上げることもなく剣を振っていた。
それは宙を斬り、砂を薙ぐ。
恐らく、幻覚を見ている。
包囲を断ち切るように叡力銃を撃ったが、その隙を見て逃げるような判断力は彼にはなさそうだ。
数は十四。
やや数が多い。
所謂「砂狼」と呼ばれる、砂獣の中でも一般的な獣だ。
だが、こうして群れで狩りをするため少々質が悪い。
大型の犬より更に一回り大きい砂狼たちは、未だアルフに狙いを定めたままだ。
フィルはリーゼに糸を渡した。
「何かあったらこれ辿って戻れ」
リーゼは「わかりました」と素直に言ってから、
「あのままにしておいたら、危ないです。何とか、アルフくんを落ち着かせてみます」
と、勇ましく続ける。
頼りになる弟子に、フィルは苦笑しつつも釘をさした。
「わかってっと思うけど、迂闊に近付くなよ。無理は、絶対にするな」
「はい!」
頷いたリーゼに背を向けて、フィルは一気に窪地に駆け下りた。
乱入者に牙を剥いた砂狼を、抜きざま剣で撫でる。
銀閃が血走った眼を斬り裂く。
砂狼は空を振り被った。
吼える。
その咆哮で、叩きつけるような殺気がフィルに集まる。
「そうそう、まずはお相手願いましょう」
軽く言って、フィルは笑った。
間髪入れず、飛びかかって来た二頭を叡力銃で撃ち抜く。
ローブを翻すと、釣られたように続けて獣が飛びかかって来る。
その牙を剣で往なした。
涼しい音を立てた刃を反して、首筋を絶つ。
ひゅう、と呼吸が抜けた。
噴き出した鮮血が砂に飲まれる。
怯んだ。
足元の屍を避けつつ、フィルはアルフの方を窺う。
彼の周りに獣はいないが、少年は肩で息をしながら剣を振り回していた。
あの様子では、確かに長引くと危なそうだ。
リーゼが距離を詰めつつあるが、あれだけ錯乱していると正攻法での無力化は難しそうだ。
さっさと、けりをつけよう。
フィルはしつこく襲いかかる砂狼を引きつけ、叡力銃を撃つ。
動きは速いが、狙いが外れるほどではない。
目の前で絶命する仲間たちに、敵を見定めるように獣たちが後ずさった。
頃合いか。
「まだやる?」
赤い叡力が目の前でゆらりと揺れる。
殲滅も容易いが、血の匂いで違うものが寄って来ては面倒だ。
すでに砂狼たちは攻撃を止めている。
フィルは叡力カートリッジを閃光弾に替えた。
僅かに残ったのは、四頭。
彼らは狩るためでなく、生き残るために牙を剥いている。
「ほら、撃つぞ。上手く逃げろよ?」
言って、引き金に指をかけた。
「フィルさん、投げます」
「――は?」
何を。
走らせた視線の先で、リーゼが手にした何かをアルフめがけて投げる。
吹き荒れる砂の中。
それは、銀の尾を引き青く光った。
しゃん
柔らかい音。
反射的に、フィルは眼を瞑る。
瞼の裏で、閃光が弾けた。
同時に悲しげに一声上げて、砂狼の気配が散る。
光は、すぐに収束した。
一目散に駆けて行く獣たちの姿は、あっという間に砂間に消える。
振り返ったフィルに、リーゼはにっこりと笑った。
糸を持ったまま、指差す。
彼女とフィルの間で、意識を失ったアルフが倒れていた。
「まさか同期相手に使うことになるとは思いませんでしたけど。さっそく、出番があって良かったです」
「…使いたかったんだ?」
「否定はしません」
でも、とリーゼは風で暴れる髪を押さえて「結果オーライじゃないですか?」とあっさり言った。
体力的にも精神的にも限界まで追い詰められた状況で、突如閃光を浴びればそりゃあ意識も飛ぶだろう。
怪我もないようだし、最善の対応と言ってもいいが。
「もうちょい早く言って欲しかったけどな。ま、お手柄か」
同期を実験台にする辺り、彼の「妹」か。
多少思い切ったが、砂狼を片付けた上でフィルがやろうとしていたことと大して差がない。
出番を失った閃光弾のカートリッジを入れ替える。
ぐったりと倒れ込む少年の足元。
散らばった閃光筒の欠片を、砂の波が浚って行った。




