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ロストクラウン  作者: 柿の木
第一章
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3、嵐来たりて




「こんにちは、何か用ですか?」


 開け放った扉の向こう。

 立っていた少女は、眼を丸くして微かに唇を震わせた。

 セミロングの髪は柔らかいミルクティー色。

 対照的に丸い大きな瞳は鋭く感じるほどの金色だ。

 十六、十七歳くらいだろうか。 

 猫みたいな子だな、とフィルは呑気に評した。

 小柄で可愛らしい子だが、驚きが抜けると突然睨むようにフィルを見上げる。


「気付いていたんですか?」


 そう問われて、フィルは首を傾げた。

 彼女は納得したように小さく頷く。


「入っても構いませんか?」


「え? 別に良いけど」


 客だろうか。

 フィルはやや押されるように彼女を招き入れたが、本来客が案内所に来ることは想定していない。

 大抵メールやGDU経由で連絡を取り合い、砂海の入口である門で待ち合せることが殆どだからだ。

 仕方なくデスクの椅子を勧めると、彼女は重そうな旅行鞄を足元に置いて行儀良く椅子に腰かけた。

 白いブラウスに、濃いグレーのプリーツスカート。

 ガーデニアの教育機関では見かけないが、明らかに学生の制服だ。

 師匠が使っていたデスクの椅子を動かして、フィルは彼女と向き合って座る。

 少女はそれを待って、丁寧に頭を下げた。


「リーゼ・スティラートです。よろしくお願いします」


「あ、ああ。俺は、」


「フィル・ラーティアさんですよね。知っています」

 

 咄嗟に、初対面だよなとフィルは少女の澄ました顔を見つめた。

 昨今はGDUが認可した案内人の情報をある程度公開しているから、名前を知られていても不思議ではない。

 案内人の意識改革の一環だそうだが、良い気分はしないなとフィルは気付かれないよう小さく息を吐いた。


「んで、リーゼさん。目的地は?」


「え?」


「目的地。砂海、渡るんでしょう?」


 リーゼは何故かきょとんとして、それから明らかに不機嫌な顔になる。

 目的地を聞いただけだ。

 何が気に障ったのか判らず、フィルは困惑した。


「聞いて、いないんですか?」


「……何を?」


 リーゼは足元の鞄を持ち上げて、徐にファイルを取り出した。

 桃色の花がプリントされたファイルに入っていたのは、一枚の白い紙。

 手渡されて、フィルはそれに視線を落とす。

 ガーデニア砂海案内組合の朱印がはっきりと押されている。

 GDUの正式文書だ。


 首都高等教育機関砂海研究課程卒業 リーゼ・スティラート を準砂海案内人として認可


 そう印された一文の下。

 見慣れた案内所名と名前が当たり前のように載っていた。



 認可砂海案内所 カンディード 

 正砂海案内人 フィル・ラーティア との雇用契約を認める


「…………」


 いや、認めてもらっても。 

 フィルは白くなりかけた思考を慌ててフル回転させる。

 そもそも、GDUに求人依頼をしていない。

 経営状態から言っても、新しい人材を育成する余裕はない。

 何故?

 フィルが視線を上げると、リーゼが自分の髪を耳にかけた。

 白い指先が、その左耳のイヤホンを指す。

 タグの付いていない、文書通り準砂海案内人の証。

 細い首には黒いチョーカー型の本体が、まるでアクセサリーのように着けられていた。


「……わかった」


「わかってもらえましたか」


「GDUの手違いだ」


「…………」 


 そうか、そうに違いないとフィルは深く頷いた。

これまで案内人を目指す者は自分で案内所なり師匠なりを見つけて弟子入りをして、ある程度知識や技術を身に付けてからGDUに認可をしてもらって来た。

 それが、砂海科の一期生に関してはいきなりの集団就職だ。

 就職については特別措置を講じたらしいが、GDUも混乱があったのだろう。

 何らかの手違いで、この砂海科一期生をフィルと契約したと正式文書を作成したのだ。

 眉を寄せてまたも不機嫌モードの彼女は、恐らくは緊張と期待を膨らませてここまで来たはず。

 ところが来てみれば就職先はガーデニアの中心地から離れた九区、所謂『旧区』にある小さな案内所で、出て来た男は自分のことを全く知らない。

 そりゃあ、感情が振り切れて不機嫌にもなるだろう。

 納得したフィルはなるべく彼女を刺激しないよう、ゆっくりと話す。


「あー、あのな、混乱するかもしれないけど、多分GDUが間違えたんだよ。俺、君を雇う予定はないんだ。俺からGDUに連絡して、ちゃんと対応してもらうから。向こうのミスだから、融通効かせてもらえるだろ」


「…………」


 リーゼの頬に、さっと朱が走る。

 可哀想だ。

 GDUの致命的なミスを心の中で罵って、フィルは携帯通信端末を操作した。

 砂海科を出たばかりとなればまだ十六歳の女の子。

 しかも案内人になるために来たのだから、その将来にも関わることを何故ミスする?

 コール二回で、GDUの受付が出た。


『はいはーい。こちらガーデニア砂海案内組合です! 本日の受け付けはラテ・リナイトラスが承っております』


「認可番号1247、フィル・ラーティアです。砂海科一期生の雇用に関して重大なミスがあったようなので連絡しました。至急、管理課のレイグさんに繋いでもらえますか?」


『あぁ、フィルさん、お久しぶりですー。でもおじさん、今首都に出張中で連絡付かないんですよ』


 ほんわりした声にそう言われて、フィルは思わず舌打ちをしそうになる。

 いや、受付の彼女に苛立ったわけではない。


『明日の夕方まで待って頂くか、もしくは私が用件を聞きますけどー?』


「ん、じゃあ頼みます。うちに砂海科一期生が来てるんです。GDUの文書持って。でも俺、その子を雇う予定ないんです」


『えっ? 違う子が来てるんですか?』


「いや、違う子じゃなくて……、そもそもうちでもう一人雇う余裕ないですから。求人出してないのに、新人が来てるって話です」


『…………え?』


「え? って、え?」


 何でそんなに不思議そうな声を出すのだろう。


『だって、フィルさんが弟子取るって、GDUで結構騒ぎになったんですよー?』


「へ」


『ちょっと待って下さいねー?』


 ラテの声が少し遠ざかり、通信にキーボードを打つ音が微かに入った。

 リーゼが身を乗り出すようにして、「あの」と言いかけるのをちょっと待てと手で遮る。


『あ、ありましたー。ちょうど二週間前ですね。追加の求人依頼期間ぎりぎりに、間違いなくフィルさんの通信端末から求人依頼が入ってます。砂海科の受け入れのために導入した電子音声での自動受付でしたから記録もばっちりですよー』


「……記録にあっても、俺の記憶にないんですが」


『そ、そう言われましても……。携帯通信端末をどこかで落とされたとか、誰かに貸したとか……。でも、フィルさんに限ってそれはないですよねー?』


「それは、ないです」


 落としたら即GDUに連絡しているだろうし、誰かに貸すなどもっての外だ。


『え、えっとー、どうしますか?』


 ラテもようやくGDU側とフィルの齟齬に気付いたらしい。

 どうしますか、と言われても。

 けれど一番困っているのは、彼女。

 リーゼだ。


「………とにかく彼女を連れてGDUに行きます。うちじゃ可哀想だし」


 今日の内に手を打ってどこかに拾ってもらえれば、同期たちと差も付かないだろう。

 そうフィルが言いかけて。

 突然、リーゼが立ち上がった。

 



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