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ロストクラウン  作者: 柿の木
第二章
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10、行方彼方




 砂上に座り込んだ少女は、震えながら砂避けのローブの胸元に短剣を抱いていた。

 鞘に収まってはいるが、どうやらそれを抜くような事態が起こったらしい。

 彼女の背を撫でていたリーゼが、フィルに気付いて白い顔に安堵の表情を浮かべる。


「フィルさん…」


「怪我は?」


「いえ、私たちは…大丈夫です」


 リーゼは友人を気遣いつつ、答える。

 だが、二人の無事を喜んでいる暇はなさそうだ。

 具合が悪いというアルフの姿は、どこにもない。

 リーゼはフィルが問う前に、視線を北東へと向ける。

 E03方向だが、ルートからはかなり北にずれている。

 

「…アルフくんが向こうに、走って行ってしまって」


「そりゃまた。あんま余裕なさそうだな」


 見渡した限り、少年の背は砂間に消えて影も形もない。

 離れ過ぎると、厄介だ。


「こちら1247、Aグループ二名の無事を確認。もう一名がルートを外れ北東方向へ移動したらしい。時間ないからE02から糸使って追跡する。カディ、二人の保護に来れるか?」


『了解』


 カディからの応答を確かめて、フィルはリーゼたちを振り返る。


「状況聞いときたいとこだけど、二人はカディが来るまで待機な。すぐ来てくれるだろうけど、周囲の警戒は怠んなよ」


「あの、私もっ…」

 

 立ち上がったリーゼは、はっと友人を見下ろす。

 けれど少女はリーゼを見上げて、「行って」とはっきり言った。


「だって、アルフくん、リーゼちゃんの声に反応したみたいだったし」


 彼女は引き攣った顔に何とか笑みを浮かべて、立ち上がった。

 ふらつきそうになった足元に力を入れて、手が白くなるほど握っていた短剣をベルトに戻す。

  

「フィル先輩、私、大丈夫です。カディ先輩が来るまでここで安全を確保しつつ待機してます! だから、アルフくんを、よろしくお願いします」


 少女はぱっと頭を下げる。

 リーゼを見ると、もう彼女はそうと決めたのか、「行きましょう」とフィルを促す。


「こういう場合、二人で残って欲しいんだけどな。ま、説得の時間も惜しいから行きますか。状況が状況だから緊急の場合以外は構ってやれないからな」


「そんなこと、わかってます」


 フィルはもう一度少女の様子を確かめて、仕方なく走り出した。

 今一度、カディに状況を連絡し直し、各方面への通達を頼む。

 まず目指すのはすぐ近くのE02地点。

 リーゼは何か言いたげだったが素直に後について来る。

 

「なんとなく想像はつくけど。何があったんだ?」


 E02地点に着くと、フィルは糸を取り出して訊く。

 糸は巻き尺のようなケースに入っており、その先端には特殊な金輪が付いている。

 それをフロートの胴にかけて固定し、白く細い糸を思いっきり引く。

 金輪が動かないことを確認して、「リーゼ?」とフィルは首を傾げた。

 フィルの手元を食い入るように見ていたリーゼは、「すみません」と我に返って謝る。

 円形のケースから適度に糸を出して、フィルは苦笑した。


「糸見んの初めてか。帰ったら詳しいこと説明してやるって」


 リーゼは頷いて「約束ですよ」と念を押した。

 フィルは糸を延ばしつつフロートから離れて、走り出す。

 その後ろを離れず走りながら、リーゼは何があったか話し始める。


「アルフくん、具合悪そうだなって思って声をかけたんです。そしたら、ちょっと、と言ったきりしゃがみこんでしまって。意識はあるみたいだったんですけど、返事がなくて、通信を入れました」


 言いにくそうに彼女は言葉を区切った。


「…彼、突然、剣を抜いて斬りかかって来たんです」


 近くにいた少女は悲鳴を上げ、けれど咄嗟に短剣を抜いた。

 夢中で払ったその切先は少年の手の甲に赤い筋をつけ、それでも怯まない彼との間にリーゼは割って入ったという。

 

「鞘に入れたまま剣で、利き手の肩を打ちました」


「やるじゃん」


 風に弛む糸を振り返って確認して、フィルはリーゼの判断を褒める。

 リーゼは喜ぶことなく、顔を曇らせた。


「その時、名まえを呼んだら反応したように見えたんです。でも、すぐに酷く怯えたような顔をして…」


「逃げてった」


「……はい」

 

 走りやすいコースを取りつつ、緩やかな坂を上り薄暗い砂海を見渡す。

 流れて行く砂、そして耳元を吹き抜ける風音。

 先程から何度も直接アルフに通信を入れているが、応答もない。

 代わりに、カディから通信が入る。


『……こちら2155、E02地点付近で待機中の一名と合流しました。そちらは見つかりましたか?』


「まだ捜索中。磁気酔いっぽいな」


『そうですか。……デザートカンパニー(うち)の『タグ付き』を動員しますか?』


「そうだな。駄目そうなら早めに呼んでもらった方がいいかも。連絡の準備だけはしといてもらえるか?」


『了解です』


 フィルは手元の糸を軽く引いて手応えを確かめる。

 この荒天で糸を失えば、こちらも一瞬で遭難者だ。

 リーゼはフィルの手を見ながら、「アルフくん、大丈夫でしょうか」と暗い顔をした。

 

「そう離れてはいねえと思うんだけどな」

 

 言いつつ、フィルはGDUに通信を入れる。

 コール二回できっちり受付が出た。


『はいはーい。こちらガーデニア砂海案内組合です。本日の受け付けはラテ・リナイトラスが承っております!』


「こちら1247、フィル・ラーティアです。忙しいとこすみません。至急認可番号3491の探知、お願い出来ますか?」


『3491の探知ですねー。少々お待ち下さい』


 ほんわりとした声は、それでも緊急性を理解して深くは追求しない。

 端末を操作する音を微かに聴きながら、フィルはリーゼに目配せをしてまた駆け出す。

 

『…お待たせしました。生体反応が確認出来ました。位置の特定には少し時間がかかりますけど、どうしますかー?』


「一応やってもらえますか? ついでに俺の位置確認もしてもらえると助かります」


『色々聞きたいとこですけど…、了解でーす。怖いおじさんに怒られない程度にして下さいね。特定出来たら折り返し通信差し上げます。どうぞ、お気をつけて!』


 まだ、生きてはいるようだ。

 浅い窪みの越え、更に砂地を上る。

 二人での捜索は、この辺りが限界だろう。

 糸の残りも、半分ほどか。

 リーゼも必死に目を凝らしている。

 自分たちがアルフを見つけることが出来なければ、彼の生存率は著しく低下するとわかっているのだろう。

 まともな判断も出来ないような状態の人間が何時間も生き抜くことが可能なほど、砂海は甘くない。

 

『こちらガーデニア砂海案内組合、ラテ・リナイトラスです。1247、フィルさん、位置特定が出来ましたー』


「さっすが、仕事が早くて助かります」


『3491の方が、やや北にいるようですが移動はしていません。距離はフロート一区間程度。恐らくは、もう目視出来る距離だと思います』


 近い。

 息を詰めてフィルの反応を見ていたリーゼに、「行こう」と声をかける。

 目視出来る距離。

 けれど、見えない。

 風で低くなっていく砂丘を駆け上がる。


 下った先は砂紋が消けた窪み。


 

「いた」



 一拍置いて隣に立ったリーゼが、ひゅっと息を飲んだのが微かに聴こえた。

 フィルは躊躇いなく叡力銃を構え、


 撃った。






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