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ロストクラウン  作者: 柿の木
第二章
36/175

7、彼女の選択




「つ、疲れた…」


 十七人目の訓練が終わると、フィルは砂場に座ったままがくっと頭を垂れた。

 悪人に始まり、手負いの砂獣、野良、言うことを聞かない依頼人などなど。

 挙句に嵐で吹っ飛んだフロート役だ。

 しかも本気でやらないと監督から「真面目にやってください」と冷たい一言が飛んで来る。

 だが回を追うごとに一期生たちの集中力は増したようで、最初の失笑はすでに聞こえない。

 一回一回カディが鋭く指摘をして、見ている方もそれなりに緊張感を保っている。

 フィルの小劇場も、無駄ではないのだろう。


「さて、次が最後ですね。リーゼ・スティラート。前へ」


「はい」


 やはり、想定訓練の最後は彼女だ。

 呼ばれたリーゼは、落ち着いた様子でフィルの向かいに立った。

 フィルも気合いを入れ直して立ち上がる。

 

「それでは、訓練を始めます。GDUより怪我人の救助依頼があった場合です」


 カディは一拍置いて、「GDU役はこちらがやります。貴方は怪我人役を」と最後の指示を出した。

 投げやりな感じで手を上下させ、座れと合図する。

 気合いを入れて立ったのに。

 リーゼが微笑んで、「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 同時に、カディが通信を入れる。


『…こちらGDU。R83地点にて救難信号を確認。付近の案内人は救助に向かって下さい』


『こちら認可番号3524、R83地点に救助に向かいます』


 リーゼがすぐに応答すると、カディは一呼吸置いて更に状況を説明する。


「怪我人を発見。意識は辛うじてあるものの、腹部を砂獣に食われ出血多量」


 地点を聞いた時から嫌な予感はしていたが、カディが付け加えた状況は、絶望的だった。

 R83地点は『リィンレツィア』ルート上で最も「女王宮」に近く、海淵と呼ばれる巨大な裂け目があちこちで口を開ける難所。

 言わずもがな、すぐに怪我人を運び込める街は付近には存在しない。

 カディが言ったのは、要するに「助けられない人間を発見した場合」だ。

 リーゼは大きな瞳を一度ゆっくり瞬く。

 彼女のことだから、わかっているはず。

 砂に膝をついて、リーゼはフィルの目を覗き込んで「大丈夫ですか」と静かに問う。

 フィルは苦笑して、状況に倣い首を振る。


『こちら認可番号3524、R83地点にて怪我人を発見。意識はあるものの、出血が酷く腹部に重傷を負っています』


『…こちらGDU。安全を配慮し、規約に基づいた勧告をします。怪我人の救助を断念して下さい。繰り返します。怪我人の救助を断念して下さい』


 血の匂いは砂獣を呼ぶ。

 助からない人間を連れて砂海を歩くのは、自殺行為だ。

 リーゼは自分の携帯通信端末から指を離し、フィルの首元に手を伸ばした。

 それで良い。

 連れて帰ることの出来ない人間を見つけた時、それが案内人ではなければ持ち物を、案内人ならば携帯通信端末を持って帰る。

 確かにその人が、砂海で命を落とした証として。


「…………」


 リーゼはフィルの携帯通信端末に触れ、それからそれを取ることなくふっと指先を落とした。

 

「馬鹿だな。それで良いんだよ」


 連れて帰ってくれと泣きついて来る人もいる。

 錯乱して人を道連れにしようとする人もいる。

 けれど、多くは違う。

 覚悟は、それを首に付けた時にしているから。

 

「生きて帰れ」


 笑顔で言う。

 彼女の金色の瞳に、強い感情が一瞬閃く。

 白い指先が、ぱっと自分の端末に伸びる。

 

『こちら3524、これより怪我人を連れてイグに帰還します』


「…な」


「怪我人は黙って下さい」

 

 リーゼは着ていた砂避けのローブを脱ぎ、それでフィルの腹部をきつく縛る。

 呆気に取られていたカディが『3524、勧告に従って下さい』と通信を入れた。

 

『GDUの勧告に強制力はないはずです。念のため、リィンレツィアルートを移動中の案内人は警戒を』


 見事に筋を通されて、カディがぽかんとする。

 けれどすぐに、彼は仕方ないと笑った。

 慌てたのは、フィルだ。


「いや、だって、途中で死ぬだろ!」


「まだ死んでないですよね。それに、死んでもらっちゃ、困ります」


 開いた口が塞がらない。

 その優しさは、砂海では命取りだ。

 けれど。

 リーゼはその小さな身体で、フィルを支え立とうとする。



「そこまで」



 ぱん、とカディが手を叩いた。

 息を飲むように見ていた一期生たちから、呻くような吐息が漏れる。

 フィルの腕を掴んでいたリーゼの手からも、力が抜ける。

 ミルクティー色の髪が、震える口元を隠した。

 フィルと膝を突き合わせるように、彼女も砂場に座り込む。


「…まさか、そんな答えを出すとは思いませんでした。けれど、貴女が言ったようにGDUの勧告はあくまで『勧告』。責任を、命でとる覚悟があるのなら、とやかく言えることではありません」


「………はい」


 先程までの勇ましさはどこへやら、リーゼは微かな声で返事をする。


「まあ、その人相手だからその選択をしたんでしょうが、大した度胸ですね」


 珍しく誉め言葉を口にして、カディはリーゼが選ばなかった選択について一期生たちに説明を始める。

 リーゼは、それも聞こえていない様子だ。

 フィルはそっと、俯いたままの彼女の頭に手を置いた。

 柔らかい髪を、宥めるように軽くぽんぽんと叩く。


「何で、撫でるんですかッ!」


「ひえッ、す、すみませんっ」


 ぱっと手を引っ込めたフィルに、真っ赤な顔をしてリーゼは眉を吊り上げる。


「子どもじゃ、ないんですからっ」


「ご、ごめんて」


 彼女は「まったく」と言いつつ、頬にかかっていた髪を耳にかける。

 影はないが、どこか不安そうにすぐ言葉を継いだ。


「…そんな簡単に、やられたりはしませんよね?」


「一応十年3rdやってるしな」

 

 砂海に「絶対」はないけれど。

 フィルは腹に巻かれたローブを解いて、リーゼに渡す。

 

「リーゼが困るんだろ? 命を懸けて連れて帰ってもらったことだし、簡単に死ぬつもりはないって」


「……そうですか」


 何故か恥ずかしそうに、彼女はそっぽを向いた。

 



  

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