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ロストクラウン  作者: 柿の木
第二章
35/175

6、想定訓練




「さて荷物と有り金、全部置いてってもらおうか」


 鼻先に突き付けられた模造刀とフィルを交互に見て、きょとんとしていた少女は堪え切れないといった様子で笑い出す。

 静まり返っていた一期生の間からも、微かに笑い声が聞こえた。

 フィルは空いている手で頬を掻く。

 笑い事ではない設定のはずだが。


「ストップ」


 少し離れて座っていたカディが頭を押さえた。

 一期生たちは慌てて口を閉じる。


「言いましたよね。これは想定訓練。ふざけていては話になりません。貴女は砂海で武器を突き付けられて脅されて、そうやって笑うんですか?」


 一人一人違う想定をして訓練する予定だが、初っ端からこれでは気が滅入る。

 そもそもこれでは茶番になりかねない。

 カディの言う通り、本気でやらなければ訓練にならないのだ。

 

「貴方も、もう少し真面目にやって下さい」


 しかも飛び火した。

 フィルは模造刀をくるりと回して肩に乗せ、心外だと息を吐く。


「想定訓練の相手をやれとは言われたけど、役者じゃねえんだから大目に見てほしいな」


「そうですが、多少工夫しても罰は当たりませんよ」


 訓練の流れは知っているが、想定の内容までは教えてもらっていない。

 訓練を始めます。貴方はまず悪役です。彼女の荷物を奪ってください。

 一番手の彼女も困惑しただろうが、こちらもなかなか驚く。

 それでも、頑張ったほうだ。


「だって、言うだろ? 悪い奴って可笑しくなるくらい定型文使うじゃん」


 カディは何とも言えない表情をして、「まあ、確かにそうなんですが」と唸った。


「とにかく、やり直して下さい。何のために武装しているのか、携帯通信端末を着けているか、きちんと意識して動いて下さい」


 少女は気を取り直して「はい!」と返事をした。

 フィルも改めて、彼女に武器を突き付ける。

 やっと、緊張が戻って来た。

 静寂の中、少女はぱっと腰から武器を取る。

 訓練のため配られた短めの木剣。

 

「応戦します!」

 

 宣言して、それをフィルに向かって突き出す。

 フィルは軽く手首を返して、その切先を払った。

 かんと乾いた音がして、弾かれた木剣が砂の上に落ちる。

 当てるだけのつもりだったフィルは、「えっと」と言い淀んだ。

 少女も落ちた武器を見て、固まる。


「…………」


 どうしよう、と心細げに見つめられて、思わず携帯通信端末を指さす。

 本当なら、待ってはくれない。

 応戦した時点で、命がない可能性だってあるのだが。

 彼女は「あ」と言って、首元に手をやった。


『えっと、今、襲われてて…。すみません、認可番号34……』


 そこでイヤホンを外してフレームを確かめる。

 こりゃ駄目だ。

 はあ、と深い溜息を吐いて、カディが終わりと手を振る。

 立ち上がって彼女に近づくと、


「認可番号は必ず憶えておくように言ったはずですが。それに、目の前で通信を入れようとする相手を放っておく悪人はいませんよ。いいですか?」


 項垂れる少女に低く告げる。


「これは訓練ですが、貴方は一度死にました。今のはそういう対応でしたよ」


「………はい」


「評価もそれなりになります。覚悟しておいて下さい」


 斬り捨てるような勢いのカディに、「まあ最初だったし」とフィルはつい口を挟む。

 意外にもカディはフィルをじっと見て、「そうですね」と答える。


「…わかりました。訓練は三日あります。この挽回は訓練でして下さい」


 泣きそうな顔の彼女はただ強く頷いて、同期たちの元に駆け戻った。

 

「厳しいんだか甘いんだか」


「これくらい言わないと真剣にならないんですよ。本気になれば、割と出来る子たちなんですけど」

 

 カディは立派に「先輩」の顔をして答えた。

 友人たちに慰められつつ、少女は目元に溜まった涙をぐいっと拭って顔を上げる。

 なるほど。

 落ち着いた頃を見計らって、カディは次の一期生を呼んだ。


「アルフ・アースト、前へ」


「は、はいっ」


 転がるように、あの少年が前に出る。

 緊張のためか、やや白い顔をした彼に、カディは次の状況を説明した。

 

「訓練を始めます。ルート上に『人喰い(マンイーター)』が現れたと救援要請が入った場合です」


「うわ…、なんつう想定」


 首を竦めたフィルに、平気な顔でカディが指示を出す。

 

「貴方は救援要請をして下さい。では、始め」


 肩に力を入れたアルフが「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 なるべく緊張が和らぐよう、フィルは「こちらこそ」と笑って答え、様子を見て通信を入れる。


『こちら認可番号1247。Y10地点にて人喰いと遭遇、交戦中。救援を要請する。繰り返す。Y10地点で人喰いと遭遇。救援を要請する』


 アルフはさっと首元に手をやって応答する。


『こちら認可番号3491。これよりY10地点に救援に向かう』


 模範解答だ。

 カディは軽く頷いて、状況を追加する。


「Y10地点到着。しかし救援要請をした案内人はすでに死亡。人喰いはルート上を離れ移動中」


 喰われたし。

 カディは容赦なく、「ほら、死んで下さい」と暴言を吐く。

 フィルは流石に聞き返す。


「…死体役、意味ある?」


「あるから言ってるんですが」


「人喰いと交戦してやられたら、普通死体は残んねえよ? 綺麗に喰われてるだろうし」


「食べ残しの設定です」


「……良い性格してんな、ほんと」


 こうなったら「食べ残し」演じ切ってやろうじゃねえか。

 半ば自棄になって、フィルは砂場に倒れ込んだ。

 目を閉じると、砂は褪せたような砂海の匂いがする。

 カディに促されたのか、アルフが「大丈夫ですか」とまず声をかけフィルを揺さぶった。

 無論、フィルは「死んだ」ままだ。


「……………えっと」


 困ったように、アルフはフィルの肩に手を置いたまま止まったようだ。

 救援に間に合わないなんて想定訓練は、なかなかやらないだろう。

 けれど、その事態は案内人をしていればいずれ巡って来るものだ。

 悩んだ末、アルフは決意の籠った声で言った。


「…人喰いを、追撃します」


 おおう。

 思わず、フィルは目を開ける。

 座っていたカディが、またも頭を押さえるのが見えた。


「アルフ、そこまで。途中までは非常に良かったのですが、貴方はそのまま遺体から離れるつもりですか?」


 その口調で、自分が間違ったことはわかったのだろう。

 けれど言い訳をすることなく、少年は小さく頷いて「その、つもりでした」と答える。


「それで人喰いを追撃する? 冗談はやめて下さいね」


 追い詰める口調のカディに、アルフは青褪めながら弱々しく「すみません」と謝った。

 カディの気持ちもわからなくはないのだが。

 フィルは身体を起こし、砂場に座ったまま間に入った。


「まあ、割とシビアな状況設定だったもんな。ほら、まずは深呼吸して落ち着け」


「は、はい」


「うん。で、アルフは『人喰い』って知ってるか?」


 少年は俯いて、微かに首を振った。

 だろうな、とフィルはカディをちらりと見た。

 彼は「一応入社時の確認講義で教えたんですけどね」と疲れたように肩を落とす。

 

「…『人喰い』について説明出来る人、いますか?」


 カディの問いに一期生たちは気まずそうに視線を逸らす。

 こういうのじゃなかったっけ、と囁きは聞こえるが、いまいち自信がないようだ。

 フィルは砂を払って立ち上がる。

 まあ、『タグなし』なら覚えていなくても仕方がないかもしれない。

 説明を始めようとしたカディを止めるように、聞き慣れた良く透る声が「はい」と答えた。

 手を挙げたのは、やはりリーゼだ。


「…GDUが危険度特級指定をした砂獣の中でも、人を好んで捕食するものを『人喰い』と呼びます」


 流石。

 簡潔な答えに、カディも深く頷く。


「では、せっかくですから貴方が補足をして下さい」


 弟子の活躍を喜んでいたら、いきなり話を振られる。


「…貴方、イグの『人喰い』騒ぎの時、もう『タグ付き』だったんでしょう。招集受けましたよね?」


 小さく言われて、フィルは仕方なく説明を付け加えた。 


「迷子なんかと比べたらずっと遭遇率は低いけどな。…最近だと、粛清の前の年か。『リィンレツィア』ルートの中継点のイグ周辺でかなり人が襲われて、生き残った案内人が『人喰い』だったって証言して大騒ぎになったんだ」


 イグ周辺は、砂海の北部に属するため大物の出現例が多い。

 そのためイグにはかなりの練度の自警団が存在するが、それもその騒ぎの時には壊滅寸前まで追い込まれた。


「迷子はまあ手強いけど、やってやれないことはない。でも『人喰い』ってのは次元が違うんだよな。その時は案内人も含めて五十人以上喰われた。結局ユニオンが1st三人と『タグ付き』の案内人を手当たり次第集めて、やっと討伐したんだ」


 イグの街の『人喰い』騒ぎは粛清の影に隠れてしまったが、あれに招集された案内人は忘れたくても忘れられない出来事だ。

 どこか他人事のように聞いていた一期生たちは、「五十人以上喰われた」の一言でどよめく。

 残念なことに、脅しではなく事実だ。


「…と、いう訳です。2ndでも一人で『人喰い』を追撃するなんて馬鹿なことはしません。自殺行為です。出来て救援、それも命懸けになりますけどね。案内人を続けていくのなら、きちんと覚えておいて下さい」


 カディの言葉に、アルフは目を泳がせた。

 酷く動揺したように唇を噛む。

 

「……遺体に関する訓練はまた別の人にやってもらいましょう。では、次」


 カディもそれ以上は言わず、訓練を進める。

 アルフは静かに頭を下げた。





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