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ロストクラウン  作者: 柿の木
第二章
34/175

5、訓練砂場の朝




 外はまだ明けきらない薄闇の空。

 足元に広がる砂を昼のように照らしているのは、高い天井に幾つも取り付けられている照明だ。


「流石、やることのスケールが違うな」


 フィルはそれを見上げて、呟いた。

 デザートカンパニーの地下施設である訓練砂場は、実際に砂海の砂を敷き詰めているという。

 広さは遺構の舞台より一回り狭いくらいだろうか。

 それでも屋内の施設としてはかなり広大だ。

 ぽつぽつと集まり出した一期生たちと手元の時計を確認しつつ、「砂海研究機関と共同で建設した訓練場ですから」とカディがつまらなそうに答える。


「外壁は全て耐叡力壁なので、叡力銃の射撃場としても使ってますよ。空調と送風機の設備もあるので、実際の砂海に極力近い環境を作り出せます」


「…マジか」


 スケールが違うどころの話ではない。

 ライバル社を自負する凪屋にも、ここまでの施設はないだろう。

 少し離れたところで同期とおしゃべりをしているリーゼも、何度か確認するように辺りを見渡していた。

 カディは折り畳みの椅子に座ったまま、淡々と続ける。

 

「それでもここで磁気酔いは起こらないんです。同じ砂海の砂なんですが。まあ、あれはいまいち原理が解っていないですし、仕方ないんですけど」


「いやいや、磁気酔いまで再現すんのはちょっと」


「甘いですね。磁気酔いがどれだけ怖いか、知らないわけじゃないでしょう? 症状も人によって千差万別。訓練出来るならそれに越したことはありませんよ」


「…あの訓練を計画しただけあってエグイこと仰る」


 訓練出来ると言われても、磁気酔いは勘弁願いたい。

 要するに、それはそういう類のものだ。

 眉を寄せたフィルに、カディは鼻で笑う。

 

「さて、一期生たちも集まったようですし、始めましょうか」




 訓練砂場に集まった一期生たちは、リーゼを含め十八人。

 あの公開訓練で減ったそうだが、それでもなかなかの人数だ。

 椅子から立ち上がり、彼らを集めたカディが早々にフィルを紹介する。

 彼が端的に、「他社ではあるが訓練内容を鑑みて協力を依頼した」と説明すると、一気に視線が集まった。

 集まると幼さが目立つ彼らは、好奇より不安の勝った顔をしている。

 入社してだいぶ扱かれたのかもしれない。

 簡単に挨拶をしようとしたフィルは、一期生の一人と目が合って言葉を止めた。

 砂海で会った時、カディが連れていた少年だ。

 彼は、フィルが気付いたとわかってぱっと顔を綻ばせる。


「あの時の、3rdの!」


 彼の声音は酷く嬉しそうなものだったが、「3rd」と聞いてざわめきが一気に広がる。

 少年は言ってから失言に気付き、慌ててフィルに向かって頭を下げた。

 まあ、タグを付けている以上隠しておけるものでもない。

 挨拶ついでにさっさとバラしておこうとさえ思っていたのだから、良いのだが。

 一期生の連帯感という奴か。

 一度広がった喧騒はあっという間に砂場に木霊する。


「静かに」


 打つように、カディが一喝した。

 ぴたっと声が止む。

 

「確かに彼は3rdですが、貴方がたが『タグ付き』になった時最初に付けるのも3rdのタグです。その意味で、自分たちのすぐ上の階級がどれほどの実力を持っているのか学ぶ良い機会になるだろうと思い、彼に訓練の手伝いを頼みました」


「…………昨日は『頼んでません』とか言ってたけどな」


「何か言いましたか? フィル・ラーティアさん」


「いえ、何も」


 微妙な表情の一期生たちの中、リーゼが心配そうにこちらを見ている。

 フィルは改めて名を名乗り、「まあ、一緒に訓練するんだくらいに思ってくれれば良いよ」と軽く付け加える。

 一期生たちはとりあえず納得はしたのか、緊張の抜けた表情で「よろしくお願いします」とばらばらに頭を下げた。

 カディが軽く息を吐いて、「それでは」と訓練について説明を始める。


「今日は、携帯通信端末(カラー)の使用法を確認しつつ、砂海で起こり得る様々なトラブルを想定して訓練を行います」


 彼は自分の携帯通信端末の本体を首から外し、一期生たちに見えるよう掲げる。

 黒いチョーカーには操作盤が付いており、砂海で通信を入れる場合や個人同士が通信をする場合、あるいは自社の回線でやり取りをする場合など、その時々によって操作盤で回線を設定し切り替える必要がある。

 慣れれば指先で簡単に回線を切り替えられるが、やはり一期生たちはまだ覚束ないらしい。


「まず、携帯通信端末の回線を訓練用の回線に切り替えます」


 カディが回線番号を言いつつ見えるように操作をすると、一期生たちは慌てた様子で首元に手をやった。

 何人かは首から本体を外して設定をしている。

 こればかりは慣れだから仕方ない。

 様子を見て、カディは本体を首に付けて通信を入れる。


『今日の訓練ではこの回線を使います。雑音が入るとか音が小さいとか、異常があれば言って下さい』


 さっと視線を走らせたカディは、特に手が上がらないことを確認して頷く。

 

「それでは各自五分程度準備運動をして下さい。それから砂場を十周ランニングします。訓練で怪我をしないようにしっかりと身体をあたためて下さい」


 その流れには慣れているらしい。

 一期生たちは威勢良く返事をして各々柔軟を始める。

 それを見届けて、カディは椅子に座った。

 何だかんだ言いつつ、足を庇っているのは確かだ。


「怪我しないように、な」


「…何か言いたいことでもあるんですか?」


 本気で睨まれて、フィルは肩を竦めた。

 詳しくは聞かなかったが、彼ほどの案内人が砂海でなければどこで怪我をしたのやら。

 黙り込んだカディに倣って、フィルも一期生たちに視線を向けた。

 タイミングを計ったように、周りを気にしつつ少年がこちらに歩いて来る。


「あの…」


 彼はフィルの隣のカディを窺うように見てから、早口に「先ほどはすみませんでした」と頭を下げる。


「それに、砂海でも…。ちゃんとお礼もしていなかったと思って。あの時は、本当にありがとうございました」


「いいって。砂海じゃ困った時はお互いさまだし、新人の間は失敗する権利があんだから、あんま気にすんな。ええっと」

 

「アルフ・アーストです。訓練、よろしくお願いします」


 強張った表情をようやく緩めて、少年はもう一度深く頭を下げた。







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