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ロストクラウン  作者: 柿の木
第二章
31/175

2、弟子入り



「これとか、どうですか?」


「うん。いいじゃね」


「…あ、でもこれの方が」


「うんうん」


「…………」


「うん、良いと思う」


 フィルさん、と咎めるようにリーゼが低く呼びかける。

 フィルははっとして、眉を寄せた彼女に「ごめん」と素直に上の空を謝罪した。

 カウンターの向こうで、顔なじみの店主が苦笑する。


「…何か途中から面倒臭くなってません?」


「違うって! だってそこまで来たらもう後はリーゼの好みの問題だろー? リーゼが良いって思ったらそれで良いんだって」


 あの公開訓練から約一週間。

 改めて弟子入りをしたリーゼを連れて来たのは、旧区にある行きつけの店。

 デザートカンパニーからお見舞いと称して、報酬が送られて来たので丁度良いと思ったのだ。

 もっとも、買いに来たのは装飾品でもスイーツでもないけれど。

 

「そんなことないです。これ、メーカーによって値段はそんなに変わらないですけど、スペックはかなり違いますよ。叡力の最大出力とか叡力溶管の耐久性とか――…」


 リーゼは手にした叡力筒(えいりょくとう)を見比べる。

 叡力銃のカートリッジをそのまま小さくしたようなそれは、主に投げて使うタイプの叡力武具だ。

 透明な溶管の中に赤い叡力が半分ほど容れられており、銀の起爆装置で封がされ投げやすいよう銀のチェーンが付けられている。

 知らない人が見たら、変わったキーホルダーくらいには見えるかもしれない。

 リーゼの掌で包めるほどの大きさだから威力はほぼないに等しいが、閃光筒と催眠筒のバリエーションがあり、そのラインナップの通り砂獣を追い払うのに手頃なのだ。

 叡力銃を使わない案内人は、大抵これを幾つか持っている。


「フィルさん、聞いてます?」


「き、聞いてます」


 血は繋がっていなくとも、そこは「ティントの妹」と言ったところか。

 フィルは店内の奥の棚、鍵のかかったケースに展示されている叡力銃をちらりと見る。

 本当なら、叡力銃を買うことが出来れば一番良い。

 リーゼもこれだけ知識があるのだから、持っていて無駄ではないだろう。

 だが。


「やっぱ、結構するもんな。安いの買っても仕方ねぇし…」


 まだ購入する叡力筒を決められないリーゼは店主に何か訪ねている。

 叡力筒なら予備も含めて一揃え買ってもまだお釣りが返ってくるだろう。

 案内人は一度は使ったことがある実用品だし、それで叡力に慣れてから銃を見繕っても遅くはない。


「まあ、残りを叡力銃買うのに貯めておけばいいか」


「…叡力銃、買うんですか?」


 やや軽い方の叡力筒をしみじみ見ていたリーゼは、フィルの一言に反応して不思議そうに言った。


「欲しいだろ?」


「欲しいんですか?」


 フィルは「俺じゃなくて」と笑う。


「リーゼの叡力銃の話。仕事が入ったらちょっとずつ貯めていこう」


「私の、ですか?」


 ぱっと瞳を輝かせたリーゼはすぐに「でも、そこまでしてもらう訳には」と首を振る。

 聞いていた店主が「そこは甘えておけ」と口を挟んだ。


「大手じゃ案内人の装備は全部経費で落ちるぞ」


「…経費で落ちなくてすみません」


 痛いところを突かれてフィルは項垂れる。

 

「うちは弱小なんですから、経費で落ちないのは当然ですよ。私も、そこまで期待してませんから」


「リーゼさん、それは慰めですかね」


「事実ですよね?」


「あー、もう! とにかくっ、仕事入ったら叡力銃買うために貯金すんの!」


 そんな弱小案内所を好き好んで選んだ弟子は、ころころと楽しそうに笑って。


「…ありがとうございます。フィルさん」


 小さく、礼を言った。






 リーゼは店を出てから、幾度も腰のベルトに手をやった。

 彼女のベルトには飾り気のない焦げ茶色の四角いポシェットがつられていおり、中には熟考の末に選んだ叡力筒が収まっている。

 嬉しいのだろう。

 生き生きとしたリーゼの表情に、フィルも釣られて微笑む。


「何ですか?」


「いや、あんま高いお祝いじゃなくてごめんな」


「何で謝るんですか。私、充分、嬉しいです」


 昼を少し過ぎた時分。

 ガーデニアの中央区は人通りもかなりある。

 旧区とは違い洗練された新しい建物が多く、買い物客や観光客で賑わっている。

 あるいは初夏のイベント事が近いからだろうか。

 どことなく浮足立った雰囲気に、フィルは眩しそうに目を細めた。

 

「さて、飯食って戻りますか」


「いつものところですか?」


「そう。節約節約」


「私、ミックスサンドプレートが良いです」


 じゃ、それにしますか、とフィルは頷く。

 トラムの駅に向かって歩き出すと、思い出したようにリーゼが「フィルさん」と声をかける。


「ん?」


「あの、」

 

『こちら2583、リンレット・クロトログです。フィル、今良いかな?』

 

 

 唐突に入った通信が、リーゼの声に重なった。

 フィルの表情で、通信に気付いたリーゼは出鼻を挫かれた顔をしつつ「どうぞ」と応答を促す。

 フィルは「悪い」と謝って、リンレットに返事をする。


「どした、リンレット。珍しいな」


「………!」


 それを聞いて、リーゼはひょいと寄って来てフィルの右隣に立つ。

 

『ごめんね、突然。実は、お願いしたいことがあって』


「お願いしたいこと?」


 デザートカンパニーを辞めてフィルのところに戻って来た手前、リンレットからの通信が気になるのかもしれない。

 そういう話ではなさそうだと安心させたくて、フィルはリンレットの言葉を復唱する。

 けれどリーゼは難しい顔のまま離れない。


『うん。あのね、カディが――……』


「え?」


 右耳に入って来た言葉に、フィルは固まる。

 いや、まさか。

 

「怪我した?」




 



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