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ロストクラウン  作者: 柿の木
第二章
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1、悩める彼と砂場の獣




「でも、カディさんが気にするほどの案内人じゃないですよね?」


 カディはその言葉に顔が強張るのを感じた。

 砂海科一期生のための特別講習を担当している同僚は、大量のプリントを抱えているせいか、カディの反応に気が付かなかったようだ。

 軽い口調で、「階級関係なく、何か引っかかる同業者っていますけど」と笑う。

 

「カディさんはデザートカンパニーのエース。あまり意識しちゃ相手が可哀想ですよ」


「いえ…、まだまだです。ルレンさんと比べたら、一人前になった気すらしません」


「あの人と比べたら誰だってそうですよ」

 

 広い廊下を『タグなし』の数人が楽しげに駆けて来た。

 夕食も終わり、彼らにとっては待ちに待った自由時間だ。

 ひょいと軽く頭を下げてすれ違って行った彼らを見送って、同僚は深く溜息を吐いた。


「…元気ですねぇ。こっちは自分の仕事と並行してぎりぎりのスケジュールで教育係を持ち回りしてるって言うのに。噂の砂海科も、やっぱりピンからキリまでですし、これまでとは違って教育にも時間が掛かりますね」


「そうですね。早く個々に指導出来る形に出来ると良いんですけど」


 話題が変わったことにほっとしつつ、カディは頷き返した。

 実際、砂海科一期生たちの指導はデザートカンパニーの2ndたちが仕事のスケジュールを調整しつつ行っている。

 中にはもう個々の指導を始めたいレベルの『タグなし』もいるが、多くはまだ砂海で経験を積むには早すぎるとルレンが判断したためだ。

 これから明日の特別講習の原稿を作らないと、とぼやく同僚と階段の前で別れた。

 彼も疲れが出ているようだが、自分も思っていた以上に疲弊しているようだ。

 カディは訓練企画書を持ったまま、廊下を真っ直ぐに進む。

 頭を切り替えよう。

 カディも明後日から一期生たちの訓練を受け持っている。

 それも貴重な休みを返上する形で組んだ、三日間の集中訓練の予定だ。

 効率的な訓練を行うため、幾つかルレンに相談したいこともある。


「あ、カディ!」


 良く透る声に、カディは振り返った。

 軽い足取りで追いかけて来たのは、リンレットだ。


「リンレットさん。………どうしたんですか?」

 

 彼女は長い栗色の髪を一本に結い、砂海に赴く時と同じような機動性の良い服を着ている。

 腰のベルトには、愛用の短刀、ではなく訓練用の模造刀がささっていた。

 リンレットはにこっと笑う。


「明日お休みだから、これから訓練砂場(さじょう)で父さんと手合わせするの。ね、カディもどう?」


「良いんですか?」


 もちろん、と彼女は髪を揺らして頷く。

 ルレンには何度手合わせをしてもらっても足りない。

 これでも目を掛けてもらっていることは自覚していたが、忙しいルレンはなかなか捕まらないのだ。

 一期生たちの訓練計画のこともあるが、手合わせの機会があるのなら逃したくはない。


「ほらほら、行こ? 今日こそは父さんから一本取ってやるんだから!」


 勇ましく言い放ったリンレットに続いて、カディも意気揚々と歩き出した。




「あー…っ! もう! だめ、一回交代!」


 リンレットは模造刀とくるりと回してベルトに乱暴に差し込んだ。

 汗で額に張り付いた髪をうっとおしそうに手の甲で拭い払う。


「おいおい、だらしないな。まだ三十分も経ってないぞ?」


 人工的に作られた砂場で、ある意味砂獣より質の悪いものがからからと笑う。

 彼が持っているのは模造刀ですらなく、中庭から拾って来たらしい木の枝だ。

 それでもルレン・クロトログが持つと、それは凶悪な武器でしかなかった。

 リンレットは父親をじろりと一瞥した。


「父さんみたいな化け物と一緒にしないでよ。私はね、繊細なの!」


 ルレンはそれを聞いて、背を丸めて吹き出す。

 リンレットはむうっと目をつり上げた。


「もーっ! カディ、やっちゃって良いよ」


「…了解です」


 背中を押されて、カディは模造刀を構えて砂場に踏み込んだ。

 ルレンがにやりと笑う。

 

「お、今度はうちのエースの登場か。いいぞ、成長ぶりを見てやろうじゃねえか」


「よろしくお願いします」


 カディは口調だけは丁寧にそう言って、ぐっと足に力を入れた。

 そして、飛び込む。

 常の相棒より遥かに軽い模造刀を、鋭く前へ突き出す。

 確かに間合いに捕えたと思ったのに、ルレンは手にしたしなやかな枝で、カディの模造刀を往なした。

 それも、折角だから触れてやろうという動き。

 一瞬で最初と同じだけ、距離を取られていた。

 足元に砂煙が上がったカディとは対照的に、ルレンの動きに砂は沈黙したままだ。

 

「おう、今のはなかなか良いな。突きの後の隙が少なかった」


 うんうんと頷くルレンに、カディは返す言葉もなく突撃する。

 今度はその足元を払ったが、ひょーいっと飛び越えられてカディは奥歯を噛んだ。

 長身でカディと比べて遜色ない体格のはずなのに、ルレンはカディには絶対出来ないようなことを平気でしてのける。


「…く!」


「ほら、がっつくのは悪い癖だって前に言ったろ?」


 するりと枝で、模造刀の一閃を流される。

 ついでにぴしりと頭を打たれて、カディは呻いた。

 この人の強さは、どこから追って行けば良いのかわからない強さだ。

 けれどその圧倒的な差は、どこかカディを安心させた。

 カディの一太刀、一太刀に、ここにいたら当たってたな、と示すようにルレンの枝が触れて行く。

 無理の効くぎりぎりの動きを誘導されているようだ。

 いつの間にか流れていた汗が目に入るのも構わず、カディは夢中でルレンを追った。

 足元の砂が心地良く沈む。

 袈裟がけに下ろした太刀筋に、ルレンが笑った。


「ほれ、もうちょっと頑張れ。フィルは十六ん時にはもうオレから一本取ってみせたぞ?」


 思わず、かっとなった。

 右手へと後退したルレンに追いつこうと踏み出す。



「おい、馬鹿!」








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