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ロストクラウン  作者: 柿の木
第一章
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2、三流の事情




『はろー、はろー、フィーくん! 応答せよー!』


 右耳に飛び込んで来た声に、完全に寝落ちしていた彼は弾かれたように姿勢を正した。

けれどその声が聞き慣れたものだと判ると、何だとばかりに椅子に寄りかかる。

とっくに明けた夜は気配もなく、窓から白い光が射し込んでいた。


『フィーくん? フィル・ラーティアくん? こちらティントです! 応答せよ! はろー、はろーッ!』


「んな大声ださなくても聞こえてるっての!」


『何だ、良かったー。まだミイラにはなってないみたいだね。携帯通信端末 (カラー)の調子はどう? 通信状態は良好かな? 雑音とかない? 壊れるとホントにミイラか砂獣の餌になっちゃうよ?』


 呑気な声で畳みかけるように怖いことを言われて、フィルは眉を顰めた。

 思わず、首元に手をやる。 

 携帯通信端末は案内人の身分証であり、同時に大事な仕事道具だ。

 端末の本体はその機能上チョーカー型になっており、イヤホンと揃って黒色だ。

 イヤホンのフレームには銀字で所有者の名とGDUの認可番号が印されており、その下部には銀のタグが付いている。

 フィルのタグには、三本の線が流れるように刻まれていた。

 それが、所謂身分証に当たる。

 砂海での情報のやりとりから所有者の生存確認、果ては遺体の身元確認まで、携帯通信端末なくして砂海は渡れない。

 フィルは最後にイヤホンを押さえて、異常がないことを確かめる。


「良いんじゃねぇの? ってか砂海のど真ん中でも通じるくらいだからガーデニアで通信状態悪くなったら終わりだと思うけど」


『そうだけどねー。実は君の携帯通信端末を勝手にこちらから操作出来るようにしてみたんだ。それ自体は上手くいったんだけど、その後エラーとか起きてないか確認したくてさー』


「オイ」


 何言ってんの、とフィルは低く突っ込んだ。 

 携帯通信端末はGDUが認可した案内人に支給するもので、GDUの専用の回線が使われている。

 一般に使われる通信とは異なるのだから、そもそもティントがフィルの携帯通信端末に通信を入れること自体が可笑しいのだが。


「何してくれてんだ! お前からの通信受けれるようにされた時だって、バレてGDUの怖ーいおじさんに小一時間説教食らったんだぞ!」


 すみません。ごめんなさい。 

 でも、ティントが。


 子どもの時分でもしなかった言い訳を、あんなに必死にしたのはあれが初めてだ。

 前科がありそうなおじさんにタイマンで凄まれてみろ、とフィルは痛みそうな頭を押さえた。


『そりゃあ仕方ないよー。だってそれ、性能良いのに案内人同士かGDUとしか通信出来ないようになってたんだもん』


「えっ!? 何に対して『仕方ない』って言ってんの?」


『まー、昔のことはいいじゃん。僕からの通信のことだって、半ばもう公認じゃない』


 あっけらかんと言い切られて、フィルは反論のしようもなく口を噤んだ。

 そうなのだ。

 通信の一件も結局やったのがこの「ティント・ディナル」だと判明した時点で、仕方ないと放免されたのも事実。

 ガーデニアの砂海研究機関で叡力機工学を専門に研究をしている彼は、ガーデニアのみならず国内に名が知られている所謂「天才」だ。 

 GDU支給の特殊な端末とはいえ、専門の、しかも天才の手にかかれば犯罪すれすれの行為も訳ない。

 その上、ティントは天才と同時に「変人」であることが周囲にしっかりと認知されている。


 あー、あの人がやったんなら悪意はないだろー。どうせ興味本位だろー。


 めっきりお固くなったGDUも、そう判断したのだ。


『それはそうとねー、フィーくん! 今ちょっとおしゃべりして良い?』


「……暇だから、別に良いけど」


『そー? 良かったよ。ちなみに僕は今研究室で学会誌に載せる論文を書き上げろって、美人の編集担当さんに迫られてるけどね』


「…………あ、そう」


『ほら、前に君が教えてくれた閃光弾の裏ワザ! きちんと分析して実用化しようと思っててさー。今理論をまとめてるんだ。興味ある? あるよね?』


「いや、別に」


 フィルが会話を流すと、ティントは『そーお? じゃあ本題に入るけどね』とあっさり引き下がる。

 ティントの専門分野は案内人に少なからず関係があるのだが、その研究段階から説明されてもフィルにはさっぱりだ。

 尤も腐れ縁が災いして、彼の研究の手伝いをさせられることもある。

 天才といえど、研究に失敗は付き物。

 ティントの試作品で恐ろしい思いをしたことは数知れない。

 認可を受けない『野良』と呼ばれる案内人たちが闇で請け負う仕事の方が、よほど良いのではと思うレベルだ。

 よもやまた手伝えと言うのではないかと身構えたフィルに、ティントはのんびりと言った。


『ガーデニアニュース、見た? 春だよね』


「は? ああ、うん。春だな」


『ね、始まりの季節だよ! だからね、フィーくん。君は、今年こそ、GDUの昇格試験を受けて、2ndに、上がるべきだと、思うんだ!』


「……ほ、本題って、それ?」


『そーだよ』


 何、気の抜けた声出してるの、とティントはやや不機嫌な声で言った。


『いい加減やる気出しなよ。君ね、二十三にもなって未だに3rdって、そんなことじゃお師匠さんが心配するよ?』


「……わかってるって。そのうち受けるよ」


 フィルのタグに刻まれた三本線。

 それは案内人の間で言うところの、『タグ付き』の『3rd』。

 GDUの認可を受けた正式な案内人の中でも、三流ということだ。


『そのうちねー。フィーくん、タグ付きになったの何歳だっけ?』


「十三」


『十三歳でタグ付きってねー、最年少記録だよ? 未だに破られてないでしょ。それなのにフィーくんてば十年も3rdのまんま。もう3rdの古株じゃんか』


「あはは、『3rdの主』とか言われてるしなー」


『笑い事じゃないでしょ』


「……すみません」


『君のこと知らない案内人が聞きかじった情報だけで君のこと「燃え尽き症候群の模範例」だの「昔天才今ただの人」だの「ヘタレ」だの「びびり」だのと……。挙句アイツまで君のこと悪く言いだして』


「あの、ティントさん?」


『ホント、信じられないよ。ガーデニアの市議だか何だか知らないけど、フィーくんが僕の親友だって知っててそういうこと言うんだから。自分は砂獣が怖くてガーデニアから滅多に出ない癖に偉そうに』


 ああ、なるほど。

 フィルは合点がいって、耳に飛び込んでくるティントの罵詈雑言を聞き流した。

 GDUの昇格試験が近くなるとティントは毎回それとなくフィルを嗾けるが、今回は『アイツ』の発言が関わっているらしい。

 『アイツ』、つまりティントの実父だ。

 早くに母親を亡くしたティントは幼い頃から父親と折り合いが悪く、父親が子連れの若い女性と再婚した頃にはもう関係は修復の仕様がなくなったらしい。

 嫌いな相手ほど無関心を貫くティントが、父親相手だと冷静ではなくなる。

 道理で、常より厳しい訳だ。


『……――踏ん反り返って金儲けのことばっか考えてる奴の方がよほど不良でしょ。××で××××なんだよ、アイツは』


「ティ、ティント、そろそろ戻って来い」


 回線の向こうで、ティントは深く息を吐いた。


『そういうわけだから、今年こそ2ndに上がってよ。確かに1stに上がれるのは案内人の中でも一握りの人間だけだけど、2ndに上がるのは難しくない。フィーくんだったら尚更でしょ?』


「……そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどな。試験受けんのだってタダじゃないし、焦って階級上げる理由も、もうないし」


『………』


 大きな会社に案内人として勤めていたら、階級は給与に反映する重要なステータスなのだが、フィルは師匠が亡くなってから一人でこの案内所を切り盛りしている。

 師匠の代から懇意にしてくれている常連の多くは、フィルの階級など気にも留めない。

 3rdの主をやっているのも、それなりの事情と実情があってのことだ。


『そーだよね。そう言うと思ってたよ。だからね、フィーくん。僕は裏ワザを使うことにしたんだよ!』


「裏ワザ、って例の閃光弾の?」


 何か言いかけたティントが唐突に黙り、代わりに微かに女性の声が聞こえる。


 ディナルさん。もう10分経ちます。『ちょっと』って言いましたよね?

 さて、いい加減端末の前に戻って来てもらいましょうか。何? 嫌? ふざけているとかち割りますよ。


 恐ろしい単語がちらほらと耳に入って来た。

 美人の編集担当さんは、どうやら切れたらしい。


『……ごめんねー。怖いからそろそろ切るよ。とにかく、そういうことだから。じゃ、またね、フィーくん!』


「そういうことって、どういうこと?」


 ぷつりと切れた通信に、フィルは苦笑しながら問いかけた。

 勿論、返答はない。

 ガーデニア名物でもある冬の終わりの嵐が過ぎ、砂海もせっかく落ち着いたその春にどうも雲行きが怪しい。

 フィルはゆっくりと立ち上がった。

 二つのデスクの間をするりと抜けて、案内所の入り口に向かう。

 ガーデニアではもうこの地区でしかお目にかかれないような木製の扉は、がたの来た端末とは対照的に未だに砂の侵入を防いでくれている。

 フィルはその扉を内側からノックする。

 反応はないが、そのまま扉を押し開けた。





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