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ロストクラウン  作者: 柿の木
第一章
27/175

26、いつか砂海で



GARDENIA NEWS 1170.4.7


粛清の遺構、修復工事始まる


 今月5日、粛清の遺構で実施された強度耐久実験の結果、遺構は砂獣の攻撃で大破し、観客の安全性に問題があることが明らかになった。

 この実験の指揮を執ったのはデザートカンパニーのルレン・クロトログ氏だ。

 氏はGDUに実験の申請をし、その実験を案内人たちに公開することで、実験を兼ねた公開訓練とした。

 遺構で獲物となったのは、連日世間を騒がせていた迷子である。

 実験は早い段階で遺構にいる全ての人間が協力し合う体制で進められた。

 デザートカンパニーの案内人たちと観客たちの力で迷子を仕留め、そこへもう一匹が乱入してくるというハプニングもあったが、その戦いの成果で実験は実に有効なデータを残したと言えるだろう。

 

 採集されたデータを元に、砂海研究機関が本日より遺構の修復工事を開始した。

 建設当時から絶対安全と謳われていた防護ガラス、そして舞台周辺の防壁は更に強度を上げる予定だ。

 そのため来月に予定されているGDU主催の大会は、粛清の遺構が会場となることからその延期が懸念される。

 GDUからは明確な回答がないが、王室関係者が大会のためガーデニアを訪問するという話も一部聞かれることから、修復工事は迅速に進められると考えられる。

 

 さて今回の強度耐久性実験では先に述べた通り、デザートカンパニーの案内人を始め観客として来場していた多くの案内人が砂獣討伐に関わった。

 昨今、案内業界は多くの問題を抱え、GDUを始め案内人たちにはガーデニアのみならず国内から批判が集まっている。

 しかし今回公開訓練を取材した限りでは、その階級に関わらず確かな実力を有した案内人が見事と言わざるを得ない活躍をしていた。

 残念なことに途中危険を感じて避難する案内人も多い中、最後まで砂獣と対し活路を見出した彼らは、砂海で命を預けるに足る「案内人」であると言える。

 

 討伐に関わった全ての案内人に称賛の言葉を送るとともに、怪我をした案内人の一日も早い回復を願って止まない。


 




『フィーくん、フィーくん! おはろーッ!!』


「な、何でそんなテンション高いんだ」


 回線越しに遠慮なく大声を上げるのは、言うまでもなくティントだ。

 フィルは端末の電源を落として、微かに痛むこめかみを押さえる。


『え、だって昨日退院したんでしょ? おめでたいなーって思ってさ』


「…気持ちはありがたいような気もするけど、同時に悪意を感じる」


 怪我というのもおこがましいほどの軽傷だ。

 けれど退院したばかりの人間に、そんな大声で通信を入れるか?

 ティントは『やだな、フィーくんてば』と妙に作った声を出す。


『別に怒ってたりしないよ?』


「怒ってんじゃん!」


 もう二日も経った。

 ガーデニアニュースでもあの迷子討伐の件はすでに過ぎたこととして書かれている。

 フィルは何も変わらない案内所のデスクで頬杖をついた。

 旧式の電話のディスプレイが健気に「8:00」を知らせる。


『だってさ、フィーくん。僕も悪かったけど、フィーくんもフィーくんだよ。あれはあくまで試作品。正規品じゃないんだから、土壇場で切り札みたいに使わないでよね。GDUから直接連絡があった時はもう、ホント、心臓止まるかと思ったんだから』


「ああ、うん。撃つ時、嫌な予感がしたんだよな」


『だったら撃たないでよ』


「…すみません」


 これは意外と本気で怒っていそうだ、とフィルは視線を窓の外へ逃す。

 薄く雲がかかった空から、淡く陽光が落ちている。

 出発日和。

 誂えたような、始まりの日だ。




 重いトリガーを、それでも引いたのは何故か。

 フィル自身も未だにわからない。

 近くにすぐ逃げられそうもない男がいたから。

 リーゼが、「ここにいます」と言ったから。

 或いは、単純な判断ミスだったのかもしれない。

 

 圧縮した高濃度閃光弾に叡力エネルギーを特殊配合した簡易叡力分離システムとやらは、真っ直ぐ迷子の口の中へと撃ち込まれ。

 その叡力は一瞬で、凍結した。

 断末魔を上げることも出来ず、仰け反ったまま砂へと倒れ込んだ迷子はそれでもしばらく生きていたようだが、激しく悶えた末に、息絶えた。

 その後凪屋が調べたところ、迷子の気管は完全に凍りついており窒息して死んだのだろうと結論が出たそうだ。

 もっともそれをフィルが聞いたのは、意識を取り戻した病院で、だった。

 ティントの試作品は、二ヵ月前と同じようにフィルの叡力銃をほぼ破壊した。

 それでも撃てただけましだろう。

 ただ、その反動でフィルは後方へ吹っ飛び。

 フィルを助けようと無謀にも身体を張って受け止めようとしたリーゼを巻き込み、更に咄嗟に二人を助けようと飛び出した名も知らぬ男も巻き込んだ。

 結果、三人は抉れた客席に叩きつけられた。

 幸運にも、反動を諸に食らったフィルと一番後ろで二人を受け止めてしまった男が病院送りになっただけで、リーゼに関しては腕と足に青痣を拵えただけで済んだ。

 フィルも外傷としては大したこともなく、肩に打撲を負った男が一番重傷だったと言える。

 それも、あの迷子が先に客席を潰していたから、障害物によって深刻な傷を負わずに済んだ。

 しかもすぐに病院に担ぎ込まれたお陰で、討伐成功の大騒ぎから逃げることも出来たのだから、結果としては充分だろう。



『本当に反省してる? フィーくんが意識を取り戻すまでの一時間。本当に、大変だったんだからね』


「う、だから、悪かったって」


『もー、あの子なんて真っ青だよ。流石に騒いだりはしなかったけど、取り乱しちゃってさ。自分も怪我してるのに治療も突っぱねて君の手をずっと握ってさー。うん。何か、光景的に凄く死にそうだったよ、フィーくん』


「光景的に殺すなよ」


 目を覚ましたフィルに、彼女は色を失った唇を微かに震わせて何とか笑みを作って見せた。

 その後は、怒涛の説教フルコース。

 何考えてるんですか、で始まって、本当に信じられないです、で無限ループ。

 頭痛が残っているのも、怪我のせいか怪しいところだ。


『冗談で済んだから良かったけどさー。まー、しばらくはあの子にみっちり叱られなよ。それでフィーくんの怪我が減るなら、願ってもないしね』

 

「……、ティント、もしかして聞いてねえ?」


『何を?』


 フィルは「いや、大したことじゃない」と緩く首を振った。

 

『そ? そーいえば、君の叡力銃だけど、ちゃーんと直しといたから安心してね!』


「…ああ、ありがとな」


『君が斜め上の撃ち方するから、カートリッジとの接触部分が随分摩耗してたよー? まあ、その辺も吹っ飛んでたから総替えしたんだけど。フィーくんの癖に合わせて調節もしといたから、叡力の装填速度もちょっとは上がったんじゃないかな?』


「へえ。そういうとこは流石、天才だよな」


『まあねー。 今回は全面的にフィーくんが悪いとは言え、結果的に僕の試作品で君に怪我させちゃったわけだし。もうそろそろ届くんじゃないかな? おまけも付けといたから楽しみにしててね!』


 それじゃあね、とティントはあっさり通信を切った。

 その言い方からして、また不審な小包が届くのだろう。

 あの時は、彼女が受け取ってくれたわけだが。

 フィルは静かな案内所で息を吐いた。

 何も変わっていない。

 これが、日常だ。


「……レイグさんの仕事が早いのはありがたいことだよな。俺も叡力銃が返って来たらさっさと切り替えて仕事しねえと。端末も、買い換えたいし」


 リーゼがGDUに呼び出されたのが、昨日。

 退院するフィルに付き添いたいと渋る彼女を何だかんだと言い包めて、手放した。


 GDUから異動命令があって、デザートカンパニーに入ることになりました。


 その日のうちに通信を寄越した彼女を、フィルは上手く祝福出来たと思う。

 デザートカンパニーは、何と言っても大手だし環境も良い。

 ルレンやリンレット、カディもいる。

 願ってもない異動命令じゃん。

 良かったな、リーゼ。

 彼女は何も言わず、そのまま通信を切った。

 そう、これで良い。

 

 憧れている人が、いるんです。その人みたいな案内人になりたい。他の夢には、替えられないんです。

 

 リーゼは、そう言った。

 あの子の夢に触れることは、多分、フィルには許されないことだ。

 

「どこでだって、リーゼならやってけるさ。1stだって、きっと夢じゃない」

 

 嵐は過ぎて行くもの。

 それをこうして見送るのも、悪くはない。


 そう。

 今日は出発日和。

 いつか、あの子と砂海で会うこともあるだろう。

 その時、彼女が笑顔で、自分の道を歩いているのなら。

 それはとても幸せなことだと、フィルは思った。










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