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ロストクラウン  作者: 柿の木
第一章
20/175

19、砂上に舞う




 どぉっ



 砂を打って、金色の巨体が舞台に流れ込んで来た。

 陽光を反射する金色、うねる蛇のような体。

 やはり頭部は砂に潜ったままで、けれどあの時は見えなかった鰭の付いた尾が宙を薙ぐ。

 大きい。

 席を埋める案内人たちが思い思いに声を上げる中でも、迷子が尾を振ると風を切る重い音が響いた。


『こちら615、ルレン・クロトログだ』


 唐突に通信端末に入った声に、歓声が止んだ。

 砂海で使われる回線を使って、遺構にいる全ての案内人に通信を入れているのだ。

 携帯通信端末を付けている者は、その言葉を聞き逃すまいと沈黙する。


『今回の迷子討伐は、単なるショーではない。砂海科一期生、そしてガーデニアの全ての案内人のためのものだ。よってここにいる皆に、これより討伐メンバー用の回線を開放する。無駄な横槍はもっての外だが、討伐メンバーへの助言は惜しまないで欲しい』

 

 舞台では、リンレットが迷子を誘うように動き、壁沿いに散った残りの四人が攻撃を始めている。

 砂が舞い、彼らのやり取りが微かに聞こえた。

 それを見下ろすように、誘導口近くにルレンが立っているのが見える。

 フィルの席から表情までは見えないが、どこか面白がるような雰囲気だ。

 到底、娘たちを手助けしようという気配は感じられなかった。

 ルレンは静かに回線番号を通信で告げる。

 砂海で普段使う回線とは違う、恐らくは凪屋の広報部が討伐ショーで使う回線なのだろう。

 隣の酔った男も慌てた様子で端末を操作している。

 フィルも回線を切り替えた。 


『……ちゃん、フォローを!』


『予想より硬いですっ! 僕の剣じゃ傷も付かない!』


 今、目の前で迷子と対峙しているタグ付きたちの声が、生々しく耳に入ってくる。

 もう歓声を上げる案内人はいない。

 現実的に戦闘のやり取りを聞いてしまえば、他人事と楽しめないのが案内人の性だ。


『おう、リンレット。意外と苦戦してんな』


『父さん!? ホント硬いんだ、この子。トリと言わず今から手伝ってよ!』


『ん? まー、そう言わずに頑張れ。今、回線を開放したからいろいろ助言も貰えるだろ』


『…………え?』


『だから、言っただろう? 公開訓練だって』


 戸惑った様子で、彼らは互いに視線を送り合い、顔を上げた。

 先程までの歓声はなく、観客は一様に鋭い視線で迷子とタグ付きたちの戦いを見守っている。


『じゃ、今、皆、これ聞いてるの?』


『そういうことだ。ちゃんと一期生たちも聞いてるから安心しろ』


『そ、そういう問題じゃないと思うんだけど』


 この展開はリンレットたちも知らなかったのだろう。

 けれどあの人は、最初からそのつもりだったに違いない。

 良い勉強をさせると言うのも、あながち一期生たちだけに向けた言葉ではないのだ。

 どん、と迷子が砂を打った。

 距離を取った男が右手に構えたのは、対砂獣用にアースト社が製造したボウガンだ。

 矢に取りつけられたワイヤーは特別製で、砂獣の動きを止めるために使う。

 だが、一人の人間が押さえつけられるような大きさではない。

 万が一ワイヤーが撃ち込まれれば、撃った人間の方が危険に晒される。


『撃つな! 引き摺られるぞ!』


 誰かが、通信端末で叫ぶ。

 ボウガンを構えていた彼は、舌打ちをして飛び退いた。


『……皆、焦らないで』


 リンレットの静かな声が入り、討伐メンバーはさっと壁際まで退避した。


『舞台の砂は砂海ほど深くはないから混乱してるんだよ。何とか頭を砂から出させて、そこを叩こう。こうなったら、父さんの手なんか、絶対借りないんだから!』


 威勢良くリンレットが言い放ち、観客が湧いた。

 回線に『援護してやるよ』と次々声が入る。

 フィルの近くからも叡力銃を構えた案内人が数人連れ立って、駆けて行く。


「……とんでもないことになったな」


 茫然と呟いたフィルは、思わずホルダーの叡力銃に触れた。

 金色の鱗が、叡力を弾いて火花を散らせる。

 リンレットが舞うように双剣を振い、緩く結われた長い髪が肩から流れる。

 あのルレン・クロトログが、愛娘の危機を黙って見てはいないだろう。

 きっと最悪の事態には、ならない。


『全然頭出て来ないじゃん! 誰か誘導弾撃てよ』


『こんな狭いところで? 撃ったら舞台に居る奴ら死ぬと思うけど』


『叡力切れました。観客に戻ります』


 絶え間なく入る通信に、フィルは息を殺した。

 舞台には、砂に潜ったまま尾を振り上げる迷子。

 それを何とか躱しつつ、攻撃を続けるリンレットたち。

 砂獣も馬鹿ではない。

 誘導され、狭いところに閉じ込められたことは判っているのだろう。

 更に攻撃されれば、暴れ回るのは当たり前。

 早々に決着を付けなければ、不利になるのは人間の方だ。

 ごう、と砂を薙いだ尾鰭の風圧で、人影が舞台の壁に叩きつけられた。

 髪は短いが身体つきを見る限り女性だ。

 すぐに近くにいた男が駆け付け、彼女は支えられて身体を起こした。


『エイダちゃん、大丈夫?』


『……大丈夫、です』


『フォローするから、退避を! 皆も援護して!』


『大丈夫ですっ! まだ、戦えます!』


 きん、と響くほどに彼女が叫ぶ。

 すでにフォローに動き出していたリンレットは、動きを止めることなく『退避して』と繰り返した。


『私だけ逃げるなんて、出来ません』


 公開訓練?

 けれどここにいるのは命のある砂獣で、約束されたシナリオは何一つない。

 いつの間にか、フィルは叡力銃を強く握っていた。

 目立つな、と言われている。

 もう表舞台には到底立つことの許されぬ立場だ。

 それを、このタグと共に受け入れたはず。

 ましてこれは討伐ショーだ。

 けれど。

 だから?

  

『……入場口上空で発音するよう誘導弾を撃てますか?』

 

 淡々とした口調で通信を入れたのは、カディだ。

 フィルの席からも、彼が入場口脇の階段を駆け上がり、アックスを構えて舞台を見下ろすのが見えた。

 確かに、ルレンを除いて、今一番攻撃力のある武具を持っているのは彼。

 纏う空気は、鋭い。

 出る気だ。

 

『冗談よせ。こんな狭いとこで誘導弾撃つ馬鹿はいねぇよ』


『無理でしょ。距離なさ過ぎる。他の方法考えよう』


 距離。

 フィルはさっと目測で距離を計る。


『貴方たちには言ってませんよ。まさかこの状況で逃げ出したりはしませんよね? で、出来るんですか? 出来ないんですか?』


 明らかに、そうと判る攻撃的な口調。


 それで何になるんですか。


 耳の奥に残る少女の声が重なる。

 痛いほどの胸の重みを飲み込んで、せり上がって来たのはフィル自身信じられないほどの衝動だった。

 フィルはさっと叡力銃をホルダーから抜いた。


「合図を」


 隣の男が、フィルの動きに気付いてぎょっとする。


『10カウントします。敢えて言いますけど、しくじらないで下さいよ』

 

 叡力カートリッジを入れ替えると、フィルは座席に立った。


「敢えて言うけど、そっちこそしくじんなよ」

 

 銃口を、すぅっと入場口の上空に向ける。


「おい! やめろ! 3rdごときが首突っ込んで良いことじゃねえぞ。討伐ショーって言ったってな、あそこにいる案内人は皆命張ってんだぞ」


「だからだろ」


 腕を引かんばかりだった隣の男は、気押されたようにフィルから離れた。

 カウントが減る。

 右手に替えた赤い叡力カートリッジを持ったまま、カディのカウントに耳を澄ます。

 誰も口を挟まない。


『4……3……2……1』


 くっと引き金を引く。

 反動を受け流して、一瞬でカートリッジを入れ換えた。

 弾き飛ばされるように誘導弾のカートリッジが落ちる。

 追い撃ち。




 零。



 

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